『ぷれぜんと』
(シンジ誕生日記念)

by イイペーコー



 水無月上旬のとある夜の事。
 時計の長針があともう少し移動すれば、今日という日が終わり、そして明日という日が到来する。

 かつては常に緊張感を張り詰めた日々を送っていた少年少女達ではあったが、全ての戦いを無事に終えて平穏な日常に埋没するようになってからは、真夜中に非常召集が掛かる事も勿論無くなり、安眠を貪る事が出来るようになっていた。

 新学年――つまりは中学3年生になったアスカであったが、既に他国で大学を卒業している以上、学業的に在学し続ける意味はない。
 更に言えば、使徒との戦いを終えた今となっては、日本に居続ける意味も存在していない。
 事実、ドイツ支部からは弐号機パイロットの返還要請が何度もネルフ本部へと届いており、ネルフ本部の上層部がそれをことごとく拒否しているのは、当の本人――惣流・アスカ・ラングレーの個人的な希望を汲み取っての事である。

 客観的には日本国内に――更に言えば葛城ミサトのマンションに居続ける意味は全く無くとも、それはアスカにとっては決して譲る事の出来ない最終防衛ラインであるのだろう。


「明日は月曜日か――そろそろ寝た方がいいわよね」


 夜更かしを好みたがる年頃である。
 特に何かをするという目的がなくとも、就寝が深夜に及ぶ事は珍しくはない。
 つい30分ほど前までは、同居人である彼と共にぼんやりとテレビを眺めていたのだが、その彼が自室に戻った途端、所在無いといった様子で、彼女もまた自身の部屋へと向かうより他なかった。

 余談であるが、“彼”という代名詞を用いたものの、そこに深い意味は存在していない。
 彼――碇シンジが、単なるheからone's boyfriendに格上げとなる日が遥か彼方の遠い将来なのか、或いは目前に迫った決定事項であるのか、未だ窺い知る事はできない。

 当人達は単なる同居人兼同級生兼元同僚という関係を主張しているようであるが、周囲の目から見れば、限りなく彼氏と彼女の関係に近い間柄である。
 恋人未満という表現から未満という文字が、遅かれ早かれ消える事には間違いないというのが共通見解であった。

 その証と言えようか――他の誰にも見せていない彼女の部屋の枕元に置いてある写真立てには、相田ケンスケに頼み込んできょうかつして撮影させた碇シンジの写真が飾られている。
 優しげな笑顔を浮かべたその彼の写真は、目下の所、彼女にとって一番の宝物と化しているようである。


「おやすみ、シンジ」


 罷り間違っても同居人にその台詞を聞かれる訳にはいかない。
 快活な物言いを覗かせている日常の彼女からは想像できない程の小声でそう呟いた後、可憐なその唇を写真立ての中の彼の頬へと押し当てる。

 どうやらその行為は日課になっているのだろう。
 ゆっくりと唇を離した後も熱い視線を写真の彼へと向けて、しみじみと見つめてしまう。
 当の本人――碇シンジに対して、直接的に面と向かってその蕩けそうな視線を向けてあげれば、いかに彼が生粋の鈍感少年であるとはいえ、陥落してしまうのは間違いないのだろうが――如何せん惣流・アスカ・ラングレーは色恋めいた事に限定すれば意外な程に不器用であった。

 口を開けば罵詈雑言が零れて止まらず、甘いキスの代わりに痛恨の一撃と化す右ストレートや踵落としが炸裂してしまう。

 一方の彼が天然記念物並に鈍感であり、一方の彼女はギネスブック級に素直になれない性格の持ち主である。
 これでは、あと一歩踏み出せば鴛鴦夫婦と周囲から呼ばれる程の恋人同士になれる路線が目に見えていても、なかなかにその一歩を歩み寄る事はできないのかもしれない。


 閑話休題。
 就寝前の日課を終えたアスカはゆっくりとベッドに横になり、室内の電灯を消そうと手を伸ばしたその時であった。

 ふと――何気なしに彼女の視界に映ったのは、壁に貼り付けてある文字カレンダーである。
 普段ならば気にもせずにそのまま灯りを消していた所であろう。
 しかしながら、今夜の彼女は何故かそのカレンダーに視線が注がれ、ぼんやりとではあったが思考を巡らせ始めていた。

 一応はこれも虫の知らせと言うべきなのか――或いは今も弐号機の中から我が子を見守っている母の愛情が彼女の背を押したお陰なのか。
 明日という日を何故か気に留めて――ぽつりぽつりと思いついた事を口にし始めた。


「6月6日の六曜は赤口か。
 勿論、結婚式をするなら大安吉日がいいわよね…」


 江戸後期に中国から取り入れられ今では日本の暦注のひとつとなっている六曜にまで既に精通しているあたり、今後も日本の文化や習慣に馴染んでいこうという姿勢の表れなのかもしれない。
 それはさておき、思わず純白のウェディングドレスを身に纏った自身の姿を想像してしまったのだろう――その妄想の世界で、隣に並び立つ純白のタキシード姿のシンジが優しく微笑みかけてくれたのは言うまでもあるまい。
 眠気はすっかりと覚めてしまったのか、思わず恍惚とした面持ちで宙を仰ぎ見た。
 そして再び視線をカレンダーへと向けて、そこに書かれた情報を目に留めていく。


「6月6日は――おけいこの日、いけばなの日、そして楽器の日か。なんとなくシンジの日っぽいわね。
 ――って、あれ?
 何か大事なコトを忘れているような……」


 無意識の内の危機感ほど、人はその動きを俊敏にさせるのかもしれない。
 つい先程までゆったりとベッドに横になっていたというのに、尋常ならぬ早さで飛び起きると、壁に掛かっているカレンダーの前へと駆け寄って、ピンポイントにカレンダーの6月6日のマス目を凝視した。


「あああーっ?! 明日って、シンジの誕生日じゃないのよっ!
 うっかり忘れていたわっ?!」


 思わず大きな声を上げてしまってから、慌てて自身の両手で口を塞ぐアスカ。
 しかし、時既に遅しなのかもしれない。
 天に轟けとばかりに叫んだその声は、臨終近い御老体も驚いて飛び起きてしまう程の大声であったのだから。


「し、シンジに聞こえちゃったかしら……」


 思わず頬を染め上げて、その頬を隠すように両の手の平を添えて。
 動物園の白熊のように、そこらを右往左往してしまう。


「ああ、そんな事よりも明日よっ!
 よりによってシンジの誕生日を忘れてしまうなんて――。
 こんな事なら、あぶり出しにしないで、ちゃんと赤のサインペンで印を付けておけば良かったわ」


 他の同居人――ミサトやシンジにカレンダーの6月6日の欄に印を付けている事を見られてしまったら恥ずかしいと考えたのであろう。
 アスカはわざわざリンゴのしぼり汁を用意して、一見しただけではカレンダーに何が書かれてあるのか判らないようにあぶり出しで文字を書き入れたのである。

 余談であるが、そのあぶり出しで書かれた文字は“愛するシンジが生まれた日(はぁと)”であった。
 他人には見られないと安心したのか、随分と大胆な書き込みであった訳であるが――肝心のアスカ本人まで気が付かなかったのでは本末転倒であろう。


「ど、どうしよう――誕生日のプレゼント」


 悔やまれるのはこの土日にシンジと一緒に映画を観に行ったり、買い物に行ったりと、出費が多かった事であった。

 財布の中身は実に淋しい限りの状態であり、明日の夕方になれば出張中のミサトが帰宅するであろうから、お小遣いの補充も可能となるが、それからではプレゼントを買いに行く余裕が残っていない可能性が高い。

 無論、エヴァのパイロットとして得た収入はかなりの金額であり、彼女名義の銀行口座にはそれ相応の預金残高が残されているが、18才になるまでは自由に引き出す事ができない仕組みになっていたのである。


「こんな時に限ってミサトったら出張しちゃうんだから――」


 ぼやいてみた所で事態が好転する訳はない。
 ならば次善の策を講ずるしかあるまい。


「リツコに事情を話してお金を貸してもらう――とか。
 ああ、でもやっぱりダメね。
 将来の姑の有力候補に、こんな所で借りを作る訳にはいかないし」


 公然の秘密であるが、ゲンドウが赤木リツコと再婚するのは時間の問題であると言う。
 そうなれば、彼女はシンジの義母となる訳である。
 自身にとっても、未来の義母の心証を悪くしてしまうのは、好ましくないと考えたアスカであった。

 未だに恋人同士の関係にすら発展していないと言うのに、シンジと結婚するという将来だけは決して揺るがぬ決定事項のように考えているツッコミ所は、この際棚の上に高々と上げておくべきであろうか。


「それなら、お金じゃ買えない物をプレゼントしてあげようかな。
 例えば――アタシの手料理をご馳走してあげるとか――って、今日の明日じゃ流石に無理よね…。
 こんな事なら日頃からヒカリに料理を教わっておけば良かったなぁ。

 それなら、日頃の感謝の気持ちを込めて、肩を揉んであげるとか――って、ちっちゃい子供が母親にしてあげるプレゼントじゃないんだから、これもパスよね。
 ああ、どうしよう?」


 再び、動物園の白熊の歩行モード。
 部屋の中の同じ場所を行ったり来たりしながら考え込んでしまうアスカであった。


「それなら――アタシのファーストキスをプレゼントしてあげる――とか。
 ――って、ああん、ファーストキスなら既にあの時あげちゃってるしっ!」


 以前、シンジの母親の命日の夜に、半ば奪うように彼の唇に自身の唇を押し当てた事を思い出した。
 精神状態が不安定な事も手伝って、更には無意識の内に照れ隠しの行動に走ってしまい、大切なファーストキスの後であったというのに、うがいをしてしまったという苦い思い出であった。


「アレは拙かったわよね……シンジを傷付けちゃったし。
 でも、形はどうであれ、既にアタシのファーストキスはシンジに捧げてしまった後なんだし、今更キスをプレゼントに――って言うのは流石に図々しいわ。

 そ、それなら、乙女のもうひとつの初めてを誕生日に合わせて、シンジにあげちゃうとか?

 でもでも、まだアタシとシンジは恋人同士になってないんだし!
 そうよ、告白もまだして貰っていないのに、流石にそれはまだ早すぎるわ。

 それなら――どうしよう?

 お金を掛けずに、シンジが心から喜ぶようなとびっきりのプレゼントをどうやって準備したらいいの?」


 両手で頭を抱えて一頻り悩みに悩んだ末に、アスカは名案が浮かんだようで、絵的に表現するなら、まさしく頭上で100ワットの電球が光ったように表情を輝かせた。


「あ!――そっか、その手があったわね!
 言ってみれば、“予約券”みたいなものだし――しかも、お金は掛からないし!」


 何かしら思いついたシンジへのプレゼント。
 その発案を後押しするように、彼女の部屋の壁掛け時計は午前零時の時を刻み、暦が変わりシンジの15回目の誕生日が到来した事を告げたのであった。

 こうなると直情径行であり、即断即決のスタンスを有している彼女がこのまま大人しく就寝できる筈はない。


「据え膳は急げ! いきり勃つ日が安全日――って言うもんね!」


 激しく、そしてかなり怪しく勘違いして覚えてしまっている格言はさておいて、何かしら思いついたそのプランを実行すべく、アスカは自室のタンスを開けてごそごそと何かを探し始めたのであった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 一方――その蒼い瞳の美少女の思い人である碇シンジ。
 彼女より早く自室に戻って、既に床に就いているのかと思いきや――いや、ある意味確かに床の上で鎮座していたのであるが、なにやら擦りあげるような怪しげな物音が部屋の中から聞こえてくる。
 更には時折であるが、息を荒くしつつ、「ああ、アスカぁ…」と彼もまた恋するその少女の名を口にしている。

 コレはその――はい。
 極めて健全な――そして実に青少年特有の自発的発散行為の真っ最中であるかもしれない(汗)

 これ以上は諸般の事情もあって、現在進行形で行われている彼の営みについて描写する事が出来ない。
 賢明な読者の皆さんならば、その事情を察して下さる事だろう。


 ――と、その時であった。


 なんというタイミングであろうか!
 今まさに、耐えに耐え、極まった快感を解き放とうとするかのように、苦悶に満ちた面持ちを覗かせるシンジが、今ひとたび恋して止まない少女の名を口にしつつ、最後のヒトコスリをしようとした、まさにその時。


「シンジ〜、まだ起きてる?」


 それは、いつもならばノックなどせずに扉を開けて彼の部屋へと押し入っていくアスカにしては珍しい行動パターンであったのだろう。

 例の名案とばかりに思いついたプレゼントを手にして、紅潮しているその頬を覗かせつつ、彼の部屋の前で、ノックをしながら声を掛けたアスカであった。


「ああああアスカぁ? ちょ、ちょっと待ってっ!」


 第一種緊急事態の発動である。

 そもそも、シンジにしてみれば、アスカが既に就寝した事を見越した上での行為であったのだろう。

 閉じられた扉が邪魔をして、彼の部屋の中の様子を窺い知る事は出来ないものの、かなり動揺してしまっている事を如実に語っているように、なにやら蹴飛ばしたりしてしまっているのか、激しい物音が洩れ聞こえてくる。

 おそらくは――何度も“愛用”している彼女の水着姿の写真を隠したり、辛うじて直前で留まったものの、部屋の空気を入れ替える為に窓を開けたり――と、なんとも慌しい様子を思い浮かべる事が出来よう。
 その度にベッドの柱に膝を打ち付けたり、タンスの角に足の小指をぶつけたりしているのだろう――呻くような悲鳴が耳に届いた。


「ちょっとシンジ、大丈夫?」


「う、うんっ! 大丈夫だから、もうちょっと待ってね!」


 決して大丈夫ではないだろう。
 特に――臨界点まで達していた“主砲”を発射せずに格納しなければならない苦悶に満ちた彼の心情を慮ると、思わず合掌をせずにはいられない。


「ど、どうぞ――入ってもいいよ」


 ようやくどうにか準備が整ったのだろう。
 自ら部屋の扉を開けて、つい先程までは脳裏にその姿を浮かべていた当の本人であるアスカを部屋の中へと招き入れるシンジであった。


「ごめんね、シンジ――こんな夜更けに」


「ううん、そんな事ないよ。
 それで、何の用事なのかな?」


 先程までのアヤシイ行為を悟られないようにしようと努めているせいか、妙に棒読みの物言いになってしまっているシンジであったが、アスカの方も例のプレゼントを渡す事に気持ちが傾いている為か、いつもと異なる彼の様子に気が付いていない模様であった。


「あのさ――コレ、なんだけど」


 先程から頬を赤く染めたまま、俯き気味に手にしていたシンジへのプレゼントを彼の方へと差し出すアスカ。


「え? これって――アスカのプラグスーツだよね?」


 第六使徒戦では自らも身に付けた事のある真紅のプラグスーツ。
 言わば間接キスならぬ、間接的に素肌を重ね合ったような経験であった。
 その思い出が脳裏を過ぎり、未だ元気一杯の彼の局部は、一層に自己主張をしてしまいそうになってしまう。

 ソレを懸命に抑制しつつ、シンジは差し出されて思わず手に取った彼女のプラグスーツを見つめながら、更に口を開いた。


「あの――つまりは、これを明日洗濯しておけって事?」


 想像する限りにおいて、真っ先に思い浮かんだ他の使用目的を別にすれば、他に彼女の意図を連想する事は出来なかったシンジである。
 小首を傾げる彼の様子を見つめつつ、“ああ、やっぱり困った表情のシンジって可愛いわ…”と思い浮かべながら、準備していたその言葉を口にするアスカであった。


「シンジ――誕生日おめでと。
 そのお祝いに、アタシの分身とも言えるこのプラグスーツをシンジにあげるわ」


 そのプレゼントの本当の意図は、プラグスーツの内側に油性ペンでしっかりと書き記してある。

『もしもアタシのハートを掴んでくれたなら、この“中身”の方は来年の誕生日にプレゼントしてあげるわよ』――と。

 但し、日本語ではなくドイツ語で――ではあるが。

 流石に直接的に彼に対してその気持ちが伝わってしまう事は恥ずかしいと思ったのだろう。
 そのドイツ語で書かれた言葉の意味を知りたければ、辞書や翻訳ソフトを使えば、たとえその知識の無いシンジでも理解できる筈である。


「え? こ、これを――アスカのプラグスーツを僕にくれるの?
 でも、これをどうすれば――」


「ああん、もう、そんな恥ずかしいコトを聞かないでよ!
 それじゃ、おやすみっ!」


 そう言い終えるが早いか――赤く染まっていた頬を更に紅潮させながら、アスカはシンジの部屋を後にして、自室へと駆け戻って行ったのであった。

 そしてぽつねんと残されたシンジは、彼女からプレゼントされたばかりのその真紅のプラグスーツをまじまじと見つめながら、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。


「恥ずかしいコトって――えっと、そのっ。
 つまりは、“恥ずかしいコト”に――使っていいという事なんだよね?」


 その問い掛けに答えてくれる者が居る筈も無い。
 ただはっきりと認識できるのは、再び彼の――その中性的な容姿からは想像も出来ない猛々しい戦艦大和級の主砲が歓喜の雄叫びを上げていた事であった。





 そして――更に10分後。





 プラグスーツの内側に書き記した言葉の意味を、シンジが調べ終えた頃合いだろうと思い込んだアスカが、再び彼の部屋の扉を開けてその中へと足を踏み込んだその時。


「ねぇ、シンジぃ……って、え?!」


 彼女の記憶にも懐かしく残っているシンジと初めて出会った時の彼の姿を思わず連想してしまったその格好――真紅のプラグスーツを素肌の上に纏い――部分的にとある身体の部位を剥き出しにしている彼のあられもない姿を目の当たりにしてしまったアスカであった。


「あ、アスカぁ?! ど、どうして――はううっ!」


 先程と繰り返しになるが、諸般の事情もあって、これ以上は詳しく触れる事は罷りならない。
 天をも突かんばかりに鋭角的な角度を有していた彼の“主砲”が、はたして発砲したのか否か。
 仮に――そう、仮に発射を遂げたならば、若い青少年ならではの素晴らしい勢いを有した大量のエネルギーが、どこへ着弾してしまったのか。

 何度も何度も繰り返しになるが、これ以上は一切触れる事はできない。



 ただ――その瞬間はナニが起こったのか理解できず、呆然としていた彼女が我に返り。
 そう、肩を異様な程にワナワナと震わせて。
 更には怒りのオーラを全身から発して仁王立ちしていたアスカという名の活火山が大噴火してしまった事は付記しておこう。


「ナニを考えてんのよっ! このエロバカシンジっ!」


 まさに瞬殺。
 稲妻の如く宙を斬った踵落としが炸裂してしまった事は、もはや言うまでもあるまい。


「うううっ、もうお嫁にいけないわよう〜。
 このバカっ――こうなったら、ちゃんとセキニンをとって貰うんだからねっ」


 唯の屍と化してしまった彼の襟首を掴んで引っ張り上げて、そう主張して見せたアスカであったが――既に意識を失ってしまったシンジの耳に届く事はなかった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「――というコトがあったのよ。
 ね、ミライ、判った?
 貴女のパパはどうしようもないスケベなオトコなんだからね」


 ちょうど30回目となるシンジの誕生日の夜。
 未だ仕事から帰宅していない彼を待ちつつ、15年前の苦い思い出を――そう、実際に苦い味であったその――げほんごほん(汗)

 ――言い直そう。15年前の何とも恥ずかしい思い出を愛娘に聞かせるアスカであった。


 シンジが18才になったその日に結婚して碇アスカとなった彼女は、その翌年には長女のミライを出産したのであったが――容姿についても、そして性格についても母親とそっくりの彼女ミライは、異性に対する好みまでも、母親の血を色濃く引いてしまったようで。

 その結果、幼い頃は勿論の事、小学校の高学年となった今でも、“パパ命”のスタンスは変わっていない。
 それどころかその切なる想いは更に深まる一方であり、学校のクラスメート達からは“ファザコン娘のミライ”と、呼び名に枕詞までも付けて貰っている有様であった。

 そんな娘の行く末を案じたのか、或いは本気で恋敵ライバルとして心配し始めたのか。
 アスカはシンジの情けない過去の一件を娘に話し、幻滅させようと考えた訳であった。


 だが、しかし。
 アスカは肝心な事を失念していた。

 そう――自分自身の遺伝子を見事なまでに継いでいる彼女である。
 その思考パターンもまたアスカと同様であったのだ。


「ママ、貴重な情報をありがとっ!
 それなら早速、パパへの誕生日のプレゼントの中身を変更しなくっちゃ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいっ、ミライっ!
 ひょっとして――まさかっ?!」


 その“まさか”をすぐに想像出来たアスカは、やはり腹を痛めてファザコン娘のミライを産んだ母親であったという事であろう。


 その夜、帰宅したシンジの姿を見るなり、自身のスクール水着をプレゼントしようとしたミライと、それを阻止しようとしたアスカとの間で、激しい戦いが繰り広げられた事は言うまでもあるまい。

 それもまたある意味、碇家恒例となった日常の出来事であった。





- おわり -


[Return]