※この作品は『マーキング』の続編にあたります。 お手数ではございますが、同作品からお読み下さいませ。 |
『マーキング 2』 by イイペーコー |
『ほら、シンジっ! ぼけぼけっとしてないで、早く帰るわよ! アタシ、もうお腹がぺこぺこなんだから!』 それが自分の物だと主張するように赤い丸印のマーキングを周囲の物に付けてしまうアスカの困った習慣について、何らかの効果的な対策を加持からアドバイスして貰えそうだったシンジであったが、それを遮るかのように割り込んできたアスカのその一言によって聞きそびれてしまい、そのまま彼女に引き摺られるように強引に帰宅の途についたシンジを他所に、その帰路の途中、彼女――惣流・アスカ・ラングレーは、すこぶる御機嫌であった。 まるで、かねてから欲しいと狙っていた玩具を手に入れる事に成功した子供のような、天真爛漫という四字熟語がぴったりと当てはまる無邪気な笑顔を覗かせて、その喜んでいる胸の内を露にして見せている。 「アスカ、今日は随分とゴキゲンだね。 何か良い事があったの?」 ネルフ本部から自宅マンションの最寄り駅までの列車の車中で、そう訪ねたシンジであったが、彼女は「うふふ、ナイショよ、ナイショ」と答えるばかりで、まともに取り合う様子は無い。 アスカの事だから、おそらくは加持に関係する事だろうと思い浮かべたシンジであったが、ふと、先ほどネルフ本部内の職員用休憩室で加持と交わした会話の一部分が脳裏に蘇った。 『シンジ君――確かに日本に来る前だったなら、アスカは俺の言う事を一番に耳を傾けていたかもしれないな。 しかし、今ではアスカにとっての“一番”は俺じゃないだろう。 灯台下暗し――とは良く言ったもので、当人自身は分かっていないみたいだけどね』 彼が告げた言葉をそっと反芻し、その意味を思い浮かべるシンジであった。 (やっぱり、加持さんが言う通りに、アスカは加持さん以外の誰かの事を好きになってしまったのかな……) 途端に胸を針の先で突付かれたような痛みを感じてしまい、シンジは憂いを帯びたその面持ちのまま俯いてしまう。 通勤・通学で混み合う時間帯は既に過ぎ去り、車内は数えられる程にまばらな乗客しか乗り合わせていない。 そんな周囲の人達の目から見れば、自分達はどのように映っているものなのか。 一方の美少女はこの世の春とばかりに満面に笑顔を浮かべ、彼女の隣に座っている少年は落ち込むように俯いているその光景は、ある種異様であり、違和感を漂わせているのだろう――と、俯いていた顔を上げて周囲の座席に座っている乗客の様子を窺ったシンジであったのだが――。 (あれ? 笑ってる?) 顔を上げたシンジは、通路を挟んで正面に腰掛けていたOL風の女性の乗客3人と視線が合った。 すると、その女性達はそれまで顔を引き攣らせつつ必死に声を押し殺しながら、シンジの方へと視線を向けたまま、互いにひそひそとなにやら話し込んでいたのであるが、彼と目が合った途端、堪え続けてきた堤防が決壊してしまったかのように3人揃って声を上げて笑い始めたのである。 どうやら残業の後の帰路の途中ではあるまい。 程好く頬が赤く染まっている様子から、仕事帰りにアルコールの類をそれなりに摂取しておりテンションもやや高めになっていたのだろう。 周囲の乗客の目を省みず、けらけらと笑い声をあげながら――それでいて、その女性客達はシンジの顔から視線を逸らさずに居る。 類稀な美少女の傍で落胆の様子を覗かせて俯いて座っていたその様子によって違和感を与えさせていたとしても、ここまで滑稽な対象として見られてしまう訳はあるまい。 (そんなに僕の顔っておかしいのかな……) 思わず頬に手を添えつつ、小首を傾げたシンジ。 その仕草が更に彼女達の笑いのツボをくすぐってしまったようだ。 ひとりは座席を手で叩きながら、ひとりは両手で腹を押さえながら、そしてもうひとりは両足をばたばたとさせながら派手に笑い続けたのであった。 更に周囲に視線を向けると、少し離れた座席に座っていた恋人同士と思しき若い男女や仕事帰りと思しき中年の男性、更には夜遅くまで塾通いをしているのか、小学生高学年ぐらいの男の子達数人が、同様にシンジの方を見ながら微かに笑みを浮かべている。 なぜ、見ず知らずの他人から視線を浴びつつ、薄笑いをされなければならないのか。 短気な者ならばすぐに激高してしまう所であろうが、シンジはと言えば周囲のその視線から目を逸らすようにおどおどと落ち着かない様子のまま再び俯いてしまったのであった。 そうこうしている内に列車はマンションからの最寄り駅に到着し、ようやくシンジは周囲からの奇妙な視線から逃れる術を得たのである。 「おーい、少年っ! セイ春真っ盛りだね!」 列車から降りようとしていた間際。 先程まで大笑いをしていた女性客3人の内のひとりが、シンジの方へと向かって声を掛けた。 「ねえ、その“セイ春”の“セイ”の字って、リッシンベンの方?」 「やぁねぇ、それだとまさにサカっちゃってるってワケ!?」 幾分か酔いが回っているその女性客達が発した何やら怪しげな会話を背に受けて、駅のホームに降り立ったシンジは、ますます落ち着きがなくなってしまう。 彼女達が声を掛けた相手は、はたして自分なのか――おどおどと視線を泳がせながら周囲の乗降客の様子を窺うシンジであったが、周囲に“少年”と呼べる年齢層の男性は皆無であり、明らかに先程の彼女達の発言はシンジに向けられていた事を示していた。 (あのお姉さん達、どうしてあんな事を言っていたんだろう?) 走り去る列車を見送るように視線を向けながら、その場に佇んでしまうシンジであったのだが、そんな彼をずっと放置したままにできるアスカではない。 「ほら、なにをぼけぼけっとしてんのよ」――と、荒げた声を上げつつ彼の腕を掴むと、ぐいぐいと強引に引っ張っていく。 この時に少しでも洞察力を発揮できる余裕がシンジにあれば、いつもとは異なるアスカの胸の内を察する事が出来たのかもしれない。 そう――半ば彼の腕に自身の腕を絡めつつ、脇目も振らず歩いていく彼女の頬は、かつてこの地に四季があった頃の紅葉を思わせる程に赤く染まっていたのであった。 さて――列車内で何故か周囲からの視線を集め、その理由は全く判らぬものの、なにやらからかわれた感のあったシンジであるが、それはその後も同様であった。 空腹を訴えるアスカの要望に応えるべく、夜遅くまで営業しているスーパーに立ち寄ったシンジとアスカであったのだが――店内に入った途端に居合わせた客や店員達から奇異の色を帯びた視線を集めたのである。 普段ならば人前で決してシンジと手を繋いだりしないアスカであるが、今夜に限っては、“夜は何かと物騒だから”と理由を付けて、繋いだ手と手を離そうとしなかった。 注目を浴びているのは、西洋のお人形のように綺麗な顔立ちをしているアスカと手を繋いでいるからだろうか――と思い浮かべたシンジであったが、その視線は“どうして平凡な少年がこんな美少女と”というような疑問の念の類ではない。 シンジに向けられ続けている視線に込められた周囲の意図をあえて言い表すならば、虫も殺さぬ人畜無害のような大人しい顔をしているのに、随分と大胆な事をしているものだ――という雰囲気であった。 すれ違いざまに舌打ちをする男性もいて、基本的に小心者のシンジはさすがに心穏やかに買い物に専念できる筈も無い。 落ち着かない胸中を滲ませてきょろきょろと周囲に視線を向けながら、何度か繋いでいる手を離そうと、小声でその旨をアスカに伝えるシンジであったのだが、その度に「検討の余地なし!」と一蹴されてしまう。 それでもどうにか買い物を終えて、アスカと共にようやく家路についたシンジであったが、その途中においてもすれ違う通行人から訝しむような視線を向けられ続け、今日は厄日なのだろうかと思い悩む彼の姿がそこにあった。 それだけに我が家と言えようミサトのマンションに帰り着くと、思わず安堵の溜め息を漏らしたシンジである。 その後、アスカから急かされながら晩ご飯を準備してようやく彼女の空腹を満たし、先に彼女に入浴を勧め、その間に洗い物を済ませると、ようやくシンジは落ち着きを取り戻す事ができた。 悲しいかなすっかりと身に染みてしまった主夫気質の表れとでも言うべきか、台所に立って料理したり、洗い物をしていたりする時が最も落ち着ける様子であった。 アスカの物という証である赤い丸印を消さないように洗い終えた彼女のスプーンやフォークを食器棚に仕舞い終えた頃、先に入浴をしていたアスカが風呂から上がり、それから少し遅れてシンジは浴室へと向かった。 ようやく一日分の汗と汚れを洗い流して、心身共にリフレッシュできる訳である。 お風呂は命の洗濯よ――という保護者であるミサトの言葉を実践するように、最近では好んで入浴の時間を長めに取っているシンジであった。 いそいそと脱衣所に入ると、身に付けていた服を脱ぎ、男にしておくのが惜しいと思える細いウェストラインを覗かせて、更には中性的なその面持ちには明らかに不釣合いと言えよう長大な突起部を露にしつつ、浴室へと足を踏み入れる。 辺りは先程までアスカが使っていた事もあって、うっすらと湯気が掛かっている。 そんな中、シンジは風呂用の椅子に腰を下ろし、洗面器で湯船から湯を汲み取って何度か身体に掛けると、彼専用のタオルにボディソープをたっぷりと含ませて、丁寧に身体を洗い始めた。 首筋から肩、両の手。 薄い胸板や背中、そして腰。 更には体毛などなくつるつるの状態で一見しただけでは男性のものとは思えない艶かしさすら感じさせる脚部からつま先まで丁寧に洗い終えた。 勿論、男の子として大事な所も一層に丁寧に――排尿機能を別にすれば、彼自身が定期的に刺激を与える以外、現時点においては用途のない部位であり、不測の事態に備えている訳ではあるまいが、それはもう丁寧に洗うシンジであった。 続いてサラサラとしたその髪に適度に刺激を与えるような指遣いで頭皮をマッサージしながらシャンプーしていく。 そのテクニックは馴染みにしている理髪店の店員の技法を見様見真似で覚えたものであるが、後に彼のその特技を知ったアスカは、毎晩のように彼に髪を洗わせる事になるのである。 余談であるが、シンジの指遣いのテクニックが洗髪のみに特化している訳ではない事を知るのは、やはりアスカただひとりなのであるのだが――それはまだまだ当分先の事である。 閑話休題。 洗髪を終え、洗顔をしようとして――ふと、シンジは浴室の壁に備え付けられている鏡に目を向けた。 「あれ? なんだろ、これって?」 立ち籠める湯気にも曇らないように加工されていたその鏡は、水も滴る美少年の姿をくっきりと映し出していたのであったのだが、その彼の右頬の部位には赤い丸印が描かれていたのである。 綺麗な丸印というより楕円気味。 いや、楕円というよりも、それは――。 「唇のかたち――かな?」 指先でその唇状の模様をなぞり、そのまま軽めに擦ってみたシンジであったが、薄く滲んだだけであり、簡単に落とせそうになかった。 そこで洗顔用のクリームをそのチューブから出して手に取り、洗面器のお湯を少々浸しながら、頬を中心に入念に顔を洗っていく。 ようやく付けられていた赤い唇状のマークを洗い終えた所で、今日の帰宅途中に、列車の車内にいた乗客や、スーパー内での客や店員達から奇異の視線を浴びた記憶が蘇った。 「そっか――さっきの赤いマークって、見ようによってはキスマークのように見えたし、それで周囲の人達が怪訝な顔をしていたのかな。 それにしても、いったいいつの間にあんな赤いマークが僕の頬に付けられて――って、あ?! 赤くて丸いマークという事は、ま、まさか――」 消し終えた赤いマークは、見ようによっては――ではなく、どう見てもキスマークそのものであったのだが、それはさておいて。 シンジの脳裏に浮かんだのは碧眼の美少女――アスカであった。 しかも、とても怒っている面持ちの様子の彼女を思い浮かべてしまう。 その為だろう。 彼の耳に幻聴と思しき声が彼の背後から上がったのである。 「シンジ。アンタ、なに勝手にアタシのマークを消してんのよ」 狭い浴室に彼女の甲高い声が響き渡った。 幻聴でありながらこれほどに鮮明に聞こえるものだろうか。 シンジは思わず背筋を大きく震わせて、おそるおそる振り返ろうとする。 ここは浴室っ――うん確認。 そして僕が入浴中だって事はアスカも知っている筈。 だから、ここにアスカが入ってくる事なんてありえないし――ああ、でも振り返るのが怖いよっ。 もしも幻聴じゃなくって、本当にアスカの声だったりしたら――。 そして――青ざめた表情で背後を振り返ったシンジの目に映っていたのは。 「なにシケた顔してんのよ。 ほんと、シンジってば、いつもぼけぼけっとしているんだから」 いったいいつの間に――しかもシンジに気付かれずに入ってきたのであろうか。 彼の背後で両の手を腰に添えて仁王立ちしていたのは、水着姿のアスカであった。 かつてネルフ本部内のプールで身に付けていた事のある赤と白のツートンカラーが目に眩しいビキニタイプの水着を着用している。 「ひいいっ!? あああ、アスカっ。 こ、ここってお風呂場なんだけど」 反射的にタオルで股間を隠しつつ、シンジは思わず尻餅をついてたじろいだ。 「そんなの判ってるわよ。 どう見たってここがトイレには見えないわ」 「いや、そうじゃなくって。 今は僕が使っているんだけど」 それも見れば判る事だろう。 腰にタオルを巻いただけの格好の彼の姿を見れば、浴室の掃除の最中ではなく、入浴中である事が容易に窺える。 「そんな事は百も承知、二百も合点よ」と、日本の言葉に馴染んでいる事を窺わせる強調表現を添え、更にアスカは言葉を繋いだ。 「だって仕方ないでしょ。 シンジが悪いのよ。 アタシのモノだという事を示すマークを勝手に消してしまうだもん」 「え、あの、でも――さっき消した赤いマークは、僕の頬に付けられていたんだけど」 アスカの赤い丸印は彼女が所有権を主張するものに付けられる。 その赤い丸印が碇シンジの頬に付けられていたという事は――。 「だーかーらー! 碇シンジはアタシのモノなのっ! 頭のてっぺんから足の爪先まで、そう、髪の毛1本に至るまで、全部アタシのモノなの! いい? 判った?!」 聞きようによってはストレートに愛の告白である。 相変わらず堂々と胸を張ったままであるが、さすがに恥ずかしい思いも感じているのだろう――アスカの頬は真っ赤に染まっている。 「ど、どうして?」 なんと答えたら良いものか――と悩んだあげく、シンジが口にしたのはその一言であった。 アスカに対して恋焦がれる想いを持ちながらも、彼女の方から自身へ向けて好意を持たれる可能性など全く考えていなかったのだろう。 彼女が発した言葉の意味をそのまま受け止める事はできずに、ただただ動揺して疑問符を浮かべるばかりであったのだ。 「アンタねぇ、乙女のファーストキスを奪っておいて、責任を取らないつもりだったの?」 「はぁ?」 シンジの脳裏に蘇るのは苦い記憶である。 母親の命日の夜、確かにシンジはアスカと唇を重ねた経験があった。 しかし、それはファーストキスという甘美な表現には程遠いものであったと言えよう。 「だって、アスカは“ひまつぶし”だって言っていたし。 それに終わってから――」 そう――キスを終えてから、アスカはこれ見よがしにうがいをして見せたのである。 シンジが仄かに抱いていた彼女への淡い恋心は、あの瞬間に諦めの方向性へと向かっていたのかもしれない。 「ああもうっ、いちいち御託を並べたりしないの! アンタ、アタシのコトが好きなんでしょ! 好きじゃないなんて言ったら承知しないんだから!」 そう言い終えるが早いか――浴槽を背にして尻餅をついた格好のシンジを押し倒すように抱きつくと、アスカは彼の首筋に唇を押し当てたのである。 「ひゃうぅっ」 少女のような声をあげつつ、シンジは背を弓なりに反らしてしまう。 無理もあるまい。 アスカはただ唇をシンジの首筋に添えているだけではない。 歯を僅かに立てて彼の柔肌を噛みつつ強く吸い上げたのだ。 思い人であるアスカが自身の首筋にキスをしているというシンジ的にはありえない状況下にあり、パンク寸前の思考回路がかろうじて留まっているのは、その行為が痛みすら覚えるものだったからであろう。 その首筋への強烈なキスは長く長く続けられた。 まるで吸血鬼が獲物を襲っている光景にも見えなくもない。 そしてようやく、アスカがシンジの首筋から唇を離すと、くっきりとキスの名残が彼の白い肌に刻まれるように付いていたのであった。 「やっぱり口紅より、こっちの方がいいわよね。 これなら簡単に消えたりはしないし」 紅潮した頬をそのままに、どこか満足そうな微笑を浮かべつつ、アスカはそう言った。 シンジはぐったりと全身から力が抜けたままの有様ではあったが、その彼女の言葉に反応すると、ゆっくりと視線をアスカに向けながら口を開いた。 「口紅って――それじゃ僕の頬に付いていたあの赤いマークは……」 「今頃気付いたの? 勿論アタシのキスマークよ。 加持さんにはあっさりバレちゃったみたいだけど、アンタがネルフの休憩室で眠っていた隙に頬に付けさせて貰ったの。 光栄に思いなさいよ、唇に加えて、頬と、そして首筋へのファーストキスもアンタに捧げたんだからさ」 シンジの腹部の辺りに腰を下ろし、所謂マウントポジションの体勢を取ると、アスカは14才としては発育著しい豊かなその膨らみを彼に見せ付けるように胸を張った。 彼女の大切な部分を守っている紅白のビキニから、その豊かな果実が零れてしまうのではないかと錯覚してしまう程に大きく揺れて、シンジは思わず生唾を飲み込んでしまう。 しかし、これほどにあからさまなアプローチを受けてもなお、シンジのネガティブな思考は、この置かれている境遇を簡単に受け入れようとはしなかった。 「で、でもっ、アスカは加持さんの事が好きじゃなかったの?」 「もうっ! この口はまだそんなコトを言うの?! それならそんなつまんない事を言わないようにアタシの唇で蓋をしちゃってもいいんだけど――その前にやるべきコトを済ませて貰うわ」 「え――? ちょっと、アスカっ」 浴室のマットの上に完全に押し倒された格好のシンジに覆い被さったアスカは、かつてドイツ支部で受けていた戦闘訓練の経験を活かして、実に手際よくシンジの両腕をタオルで縛り、そのまま蛇口に括りつけて拘束してみせた。 そして迷う事無く彼の肩口を甘噛みすると、そのまま強く唇を押し当て続け、またひとつシンジの白い肌に赤黒く痕を付けてしまったのであった。 「ねえ――アスカ。 どうしてこんな事をするの?」 刻まれていくキスマークは、彼に痛みと共に否応無く異性への性的な欲求を植え付けていく。 それを懸命に堪えながら、アスカに問い掛けるシンジであった。 その問い掛けにアスカは口を尖らせつつ、視線を逸らした。 「だって、シンジってば最近ますます格好良くなってさ。 アタシだけが見つめていられるようにずっと情けないシンジでいてくれれば良かったのに。 それなのに格好よくなってきちゃったから、他の女の子達もシンジのコトを狙い始めているみたいなんだもん。 だから――シンジの身体にアタシのモノだっていう印を付ける事にしたの。 他の女の子達が手を付けられないように。 だからこうやってマーキングするの」 肩口から胸板へと唇を滑らせ、今度は彼の淡いピンク色の乳輪の付近にキスマークを刻むアスカであった。 歯止めを失ったのか、それとも今まで彼への好意を素直に示す事がなかなかできずに我慢し続けてきた反動なのか。 「アタシは好きよ――シンジのコト。 だからね、絶対にアタシのモノにしちゃうの。 そう――他の女の子に取られないように、全身にマーキングするんだから」 「ちょっと待って、アスカっ。 そんな事をしなくても、僕はアスカの事が――痛っ」 アスカが強く噛んでしまったのか、シンジは僅かに顔を顰めて口篭ってしまう。 そしてされるがまま、胸板に数箇所、もう片方の肩、更にはくるりと身体を裏返しにさせられうつ伏せの状態で背中に数箇所――マーキングと称したキスマークを付けられ続けていく。 地肌が少女のように白いシンジだけに、その痕はかなり目立ってしまうと言えよう。 はたしてアスカは本気で彼の全身にキスマークを付けようとしているのか。 だんだんとキスマークを付けていく部位がシンジの身体の下の方へと移ってゆき、遂には腰の辺りまで辿り着いてしまい、アスカの手がシンジの腰に掛けられたタオルの結び目に添えられると、ここが限界とばかりにシンジは強引に身体を捩った。 「お願いだから、ここまでにしてよ、アスカっ! そこから先は、まだ僕達には早すぎるよ! それ以上されたら、我慢できなくなっちゃうから!」 高ぶっていく情欲に流されまいと、シンジは思わず声を荒げてしまう。 あまりに大きく響き渡ったその声に、アスカはびくんと身を震わせつつ、身体を起こした。 「だってシンジが――」 「だってじゃないっ!」 普段の軟弱な姿はそこになく、つい先程までされるがままであった筈のシンジは、やや乱暴気味にアスカを払いのけて立ち上がると、両手を拘束していたタオルを強引に引きちぎった。 アスカが培ってきた経験年数には足下にも及ばないものの、彼もまたそれなり訓練を受け続けたおかげで見掛けに反して筋力が付いていたという事であろう。 しかし、無理に手首に巻かれていたタオルを引きちぎった為だろう――彼の手首の辺りは左右共に痛々しくも赤黒く内出血した様子が窺えた。 その手首の痛みを堪えつつ、シンジはアスカの両肩を掴み、正面から彼女の目をじっと見つめると、神妙な面持ちを浮かべつつ口を開いた。 「僕みたいに情けない男はアスカに相応しくない」 「ちょ、ちょっと、シンジ」 弱気で受け身一方だった姿から一転し、強引な振る舞いを見せて立ち上がって正面から自身を見据えていたシンジに圧倒されつつあったアスカであったが、開口一番にそう言い放った彼の物言いに異を唱えるように口を挟んだ。 「アンタ、アタシの気持ちを聞いたでしょ。 それなのに、なんで――」 「――アスカ。黙って僕の話を聞いて。 相応しくないって言ったのは、あくまでも現時点の僕ではダメだっていう事だよ。 そして自分を変えようとしなかったら、一生掛かっても僕はアスカに相応しくないままだと思う。 正直に言うとね、アスカの事は諦めようと思っていたんだ――とても、加持さんには勝てっこないって思っていたからさ。 情けないよね、本当に」 「シンジ……」 「でも、もう絶対に諦めないよ。 こんな形で諦めちゃだめだって気付かされる事自体、情けないとは思うけどさ。 けれど、きっかけはどうであれ、僕は絶対にアスカに相応しい男になってみせるよ」 力強くそう宣言したシンジ。 心なしかいつもの優柔不断な様子は薄れ、凛々しさすら感じられる。 そんな彼の様子に改めて惚れ直してしまったのか、頬をほんのりと赤く染め、うっとりと彼の面持ちを見つめてしまうアスカであった。 「だからさ、これ以上、こんな事をするのはやめようよ。 アスカはそんなつもりは無いんだろうけど、こんな風に身体中をアスカにキスされたら、僕はきっと我慢できなくなってしまうと思うんだ」 「それってアタシとセックスしたくなっちゃうって事? アタシ、シンジなら勿論ヴァージンを捧げてもいいわよ」 「だめだよ、アスカ。 女の子がそんな軽々しい事を言っちゃいけないと思うんだ。 きちんとお互いに責任を取れるようになるまでは――」 理路整然と道徳的なスタンスを覗かせるシンジであったのだが。 状況を整理すれば、浴室という狭い密室に相思相愛である事を把握し合ったばかりの男女が二人っきり。 しかも、一方は裸身にタオルを巻いただけという格好で、もう一方は目に眩しい水着姿。 更には、身体のあちこちをキスされた状態で――意中の少女の口から“セックス”やら“ヴァージン”のように生々しい単語を聞いてしまっては、いかに道徳や倫理を口にしても、彼の分身は敏感に反応して青少年ならではの鋭角的な主張を見せてしまう。 しかも、時を同じくして――。 耐えに耐え、我慢に我慢を重ね続けていたタオルの結び目が緩んでしまい、引力には逆らえる訳がない事を、その身をもって示すように、はらりと解け落ちてしまったのであった。 「なっ?!」 「ひぃぃっ?!」 急に身軽になってしまったような感覚にシンジが違和感を示す声をあげ――彼の中性的なその容姿に全くもって相応しくない長大なソレを至近距離で直視してしまったアスカが悲鳴に近い声をあげたのは、ほぼ同時であった。 そして間髪置かずに、充分にしなりを利かせたアスカの後ろ回し蹴りが宙を切る! 「えっち、ヘンタイっ、チカンっっ!」 まさにそれは乾坤一擲。 一撃でシンジを沈めて見せたアスカであった。 そして浴室のマットに倒れたシンジ。 気を失いぴくぴくと身を震わせているが、ある意味、この2人にとっては日常茶飯事に近い痴話喧嘩のようなものと言えようか。 気を失いつつも、局部的には猛々しさを誇らしげに覗かせるソレに、アスカは慌ててタオルを覆い被せて隠すと、脱兎の如くその場から駆け出して自室へと駆け戻った。 そして、ベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めると、ふるふるとアスカは肩を震わせる。 「無理無理無理っ! 絶対にムリよっ! あ、あんな大きなモノが入るワケないじゃないっ! オトコのヒトのって、みんなあんなに大きいの?」 その問いかけに答えてくれる者など居る筈がない。 初めて見てしまった先程のシンジの局部が、日本人としての標準的なサイズを大幅に逸脱した代物である事を知る由もないアスカであった。 何かと耳年増っぷりを発揮している日頃の姿はどこへやら。 アスカは、頭隠して尻隠さずという言葉を実践するかのように、タオルケットを頭からすっぽりと被り、可愛いビキニ姿の臀部を覗かせながら、そのまま寝付いてしまったのである。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 明けて翌朝。 シンジはいつも以上に苦戦を強いられていた。 日頃からなかなか起きてくれない難敵の眠り姫。 今朝は明らかに目を覚ましている状態であるというのに、アスカはタオルケットを被ったままベッドから起きようとしなかった。 体感的に朝は時の流れを早く感じるものである。 このままぐずぐずとしていては、学校を遅刻してしまうかもしれないとシンジは焦ってしまう。 結果――シンジは彼女の部屋へと足を踏み入れ、そのままベッドのすぐ傍まで歩み寄ると、その場に跪いて口を開いた。 「ねえ、アスカ。 このままだと本当に遅刻しちゃうよ。 お願いだから起きてくれないかな」 相思相愛である事を互いにはっきりと感じ取り、そして迎えた翌朝である。 シンジは勿論の事、彼に背を向けるように壁に向かって横になっているアスカもまた頬を紅潮させていた。 「朝ご飯も出来ているよ。 今朝はアスカが大好きなしじみのお味噌汁にしたんだ。 だからさ、早く起きて一緒に食べようよ」 優しく耳元で囁く彼のその言葉に、思わず陥落しそうになったのか、一瞬振り返りつつ身を起こしかけたアスカであったが、すぐにプイと拗ねるように彼に背を向けて横になってしまう。 「だって――よく考えたら、昨日の夜、アタシはシンジのコト、好きだよってちゃんと言ったのに、シンジは言ってくれなかったんだもん。 だからアタシは、今日一日、ずっと拗ねていじいじする事にしたの」 「そ、そんなぁ――アスカ。意地悪を言わないでよ」 「意地悪なのはシンジの方でしょ。 あ〜あ、アタシってば可哀想。 勇気を振り絞って告白したのに、なんだかはぐらかされてしまったし」 「えっと――その……」 「でも、シンジは優しいから、ちゃんと自分の気持ちを言ってくれるって信じているわよ。 うん、大丈夫。 シンジがきちんと言ってくれるまで、アタシはこのままずっと待っているから」 つまり――シンジが「好きだ」と言うまではテコでも動かないというつもりなのだろう。 時折、チラチラとシンジの表情を窺おうとするかのように振り返るものの、すぐにまた彼に背を向けてしまうアスカであった。 昨日までは全く想定できていなかったシチュエーションにシンジは戸惑い、必死にこの状況をどう乗り越えれば良いのか頭を悩ませた。 たとえば加持ならば、このような状況においても、実にスマートに、そして大人の男性の余裕を感じさせつつ、的確な対応ができるものであろう。 しかし、碇シンジは百戦錬磨の彼とは異なり、色恋については初心者マークどころか仮免許すら覚束ないほどの有様であり、言葉ひとつ選ぶにしても大きな戸惑いを禁じえなかった。 「えっと、あのっ、その――す」 好きだ――という一言がなかなか口から零れ落ちようとしない。 その一言に抵抗があると言う訳ではあるまい。 昨夜は、ずっと恋焦がれていた意中の少女から好意を示され、天にも昇ってしまいそうな程に喜び、その夜はなかなか寝付く事ができなかったシンジである。 けれど、「好きだ」と口に出して言ってしまったら、その瞬間がピークとなって、後は坂道を転げ落ちるだけではないのか――という彼が持つ本質的なネガティブの思考が働いてしまう。 そんな彼の目に映ったのは、時折こちらを振り返って、シンジの表情を窺おうとしているアスカの面持ちであった。 頬を赤く染め、シンジの言葉に期待している様子も窺えるが、いつもの強気な視線はなく、心なしか不安そうな内心を覗かせている表情であった。 (何を悩んでいるんだよ――僕は。 昨日の夜、誓ったばかりじゃないか。 アスカに相応しい男になってみせるって。 それなのに僕の言葉を待っているアスカを不安にさせてどうするのさ) 一瞬であるが、シンジは僅かに俯いて苦笑いを浮かべ、そしてすぐに顔をあげてアスカに視線を向けると、凛とした表情を見せながら口を開いた。 「僕はアスカの事が好きだ。 今は未熟で何も自慢できるものがない僕だけど――。 アスカを好きだっていうこの気持ちは絶対に誰にも負けないよ」 その瞬間――アスカはその蒼い瞳を大きく見開いて、被っていたタオルケットを瞬時に払い除け、昨夜寝付いてしまった時と同じ水着姿のまま、ベッドの上で身を起こして正座すると、神妙な面持ちを浮かべて、シンジの目を正面からじっと見つめた。 「冗談とかじゃないわよね? それとも同情とか、そんなつもりでもないのよね?」 「こんな大事なことで冗談は言わないよ。 僕はアスカの事が大好きだ」 「信じて――いいの?」 「僕を信じて。 生涯を通してアスカを愛していく事を誓うよ」 聞きようによってはプロポーズかと思えるようなその言葉――それは普段のシンジからは想像もできない殺し文句であった。 不器用な彼であったが、不器用さ故に、そのストレートな言葉には真実味が充分に感じ取れたという事だろう。 アスカは見惚れたように瞳を輝かせ、高まって止まない喜びを必死に堪えているのだろう――肩を僅かに震わせながら言葉を返した。 「ありがとうシンジ。 アタシ、シンジと両思いになれて本当に嬉しい……」 その彼女の言葉にほっと胸を撫で下ろし、そしてようやくシンジは我に返った。 壁掛けの飾り時計に目を向けると、時計の針は既に危険地帯にまで進んでいる。 アスカは必ず朝から入浴するし、きちんと朝ご飯も食べる。 それらに要する時間を考慮すれば、もはや切羽詰った時刻であった。 折角、相思相愛となり彼氏彼女の関係になれて、初めての登校だというのに、いきなり遅刻はしたくなかった。 「アスカ、僕も想いが伝えられて本当に嬉しいよ。 それはともかく、このままだと遅刻しちゃうし、とりあえず早く起きてお風呂に入ってくれないかな?」 時計の方を二度三度見ながら焦っている様子を示すシンジに、アスカはあえて不機嫌な表情を作って見せた。 「シンジってば、アタシと恋人同士になれた事より、学校の方が気になるってワケ? ふーん、そうなんだ。 シンジにとって、アタシってその程度の存在なのね。 きっと、アタシが他のどこかの馬の骨にそそのかされても構わないんだわ」 「そ、そんなことないよ! そんなこと、あるわけないっ! 絶対にっ!」 咄嗟に浮かんだ妙案を実行すべきかどうか、アスカは僅かに躊躇した。 しかし、この絶好の機会を逃すのは惜しいと考え――作為的に誘うような目線をシンジに向ける。 (今日の時間割は確か――うん、間違いないわ。 これなら、学校のみんなにシンジがアタシのものになった事、そしてアタシがシンジのものになった事をアピールできるわね) 実に秀逸な思考回路を有する彼女である。 もっと有意義な事にその類稀な能力を活かすべきなのであろうが、目下のところは、碇シンジをどう攻略すべきか――という点にのみフル稼動で活用中なのである。 「大事な彼女を他の男に取られたくないわよね?」 「もちろんだよっ! 絶対に誰にも渡すもんか!」 今までのシンジなら決して言えなかったであろう独占欲に満ちた言葉も、今なら迷う事無く主張できる。 そして、それもまたアスカの計算通りであった。 「それなら――シンジもアタシの身体にマーキングすべきよね。 他の誰も触れた事のないアタシのこの肌に、シンジのモノだという証を刻みつけて」 そう言ってアスカは、身に付けているビキニの胸の辺りを僅かにずらした。 元々、布地の部分が狭く、露出度の高い水着である。 あともう少し布地をずらせば、彼女が主張する通りに誰もまだ触れた事のない、綺麗なピンク色の突起部が見えてしまいそうであった。 「ええっ!? ま、まさか、僕がアスカの肌にっ、ききき、キスマークを付けるって事なの?」 「もちろん、その通りよ。 シンジの肌には、昨日の夜、たっぷりとマーキングさせて貰ったし。 だから今度はシンジの番。 ほら、早く付けないと、遅刻しちゃうわよ?」 「い、今、しなくちゃダメ?」 「当然でしょ。 今、アタシの身体にシンジのモノだという証を付けてくれなかったら――そうね、女心と秋の空って言うし、他の男の人の方を見ちゃうかもね」 常夏と化した第三新東京市において、秋の空という表現が正しいのかどうかはさておき、無論、加持を含めた他の男性など既に眼中にないアスカである。 そんな彼女の内心を察する事ができたなら、シンジも常識的な判断が出来た筈なのであるが――。 「判ったよ、アスカ。 アスカの白い肌に、僕のものだっていう証を付ける」 しっかりとそう宣言すると、シンジはすっと立ち上がり、アスカの胸元に顔を埋めながら彼女をベッドに押し倒した。 もしも――このまま最後まで求められたなら、アスカは全てをシンジに捧げるつもりであった。 昨夜、見てしまった彼の長大な“持ち物”を思い出し、貫かれるその激痛を想像すると恐怖すら感じたアスカであったが、本当の意味でシンジに全てを奪われたいという気持ちの方が勝ったのである。 熱い彼の息が肌にかかり、そこだけ一層に体温が上がってしまったように感じて、アスカは思わず身を震わせる。 そして、遂にシンジの唇がアスカの胸元の柔らかな肌を捕らえ、静かに――そして生々しく、刻んでいく。 その刻まれていく心地良い痛みを感じながら、アスカはシンジの頭に両の手を添えて、彼の髪に指を通しながら、そっと抱き締めた。 叶うものならこのまま時が止まって欲しいと願いながら。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ その日――辛うじてではあるが、遅刻をせずに登校できたシンジとアスカである。 つまりは、キスマークを付けるという行為以上の事はなかったという事であろう。 その為か、明らかに満足そうな笑みを浮かべつつも、どこか拍子抜けしたような複雑な表情を時折覗かせるアスカであった。 そして、「どこまで見せればその気になってくれるのかしら」――と教室で意味深な独り言を呟いて、傍に居たヒカリに疑問符を浮かべさせてしまうのであった。 一方のシンジの方は、この世の春とばかりに満面の笑顔を浮かべて、トウジやケンスケなど親しい友人達と談笑している。 アスカに付けられたキスマークの大半は身に付けた制服で隠す事ができたが、首筋のものだけはシャツで隠す事ができず、絆創膏を張って誤魔化している様子である。 そして両の手首についてしまった縛られた痕跡は包帯を巻き、「エヴァの訓練でちょっと怪我をしてしまったんだ」と苦しい言い訳で友人達の追及を乗り切ったのであった。 そして――相思相愛となった2人は恙無く、その日を終えようとしていたのであるが、油断は大敵、勝負は下駄を履くまで判らない――という所であろうか。 6時限目の授業を迎え、シンジを含めた男子生徒達は隣のクラスへ。女子はその場に残り、隣のクラスからの女子生徒達を迎え入れていた。 男女を分けて行う授業。 それは勿論、体育の時間である。 男性陣が居なくなり、少女達だけになると、決まって話題になるのは色恋めいた内容のものである。 少女達の中で一際注目度の高いアスカは、いつもこんな時には話題のターゲットになってしまうのであるが、今日もそれは同様であったようだ。 「ねえ、惣流さん。 本当のところ、碇くんとはどんな関係なの?」 各々、体操服に着替えるために身に付けている制服を脱ぎながら、早速、そう問い掛けてきたのは隣のクラスの少女である。 彼女としては興味本位の質問ではなく、密かにシンジの事を狙っているのだろうと密かに分析済みのアスカは、ゆっくりと優雅に制服を脱ぎながら、そしてタイミングも計りつつ、意識して落ち着いた物腰で答えた。 「ご想像にお任せするわ」 普段のアスカならば血相を変え、頬を赤く染めつつも、シンジとの関係を否定していた所である。 いつもとは異なる彼女の態度に違和感を覚えたのだろう。 アスカの傍に居たヒカリは、その違和感の理由を知りたくて、アスカの様子をまじまじと見つめ始めた。 そんな彼女の反応も計算通りであったのだろう。 アスカは、上半身はブラ1枚だけというあられもない格好になると、あえてヒカリの方から良く見えるように、彼女の正面に立った。 しかも今日は中学生には不釣合いな布地の部分が極めて狭く、胸の谷間を強調するようなブラを着用しているアスカであった。 「ねえ、アスカ――その胸元のあたりの赤い発疹みたいな痕はどうしたの? 虫に刺されたにしては痕が大きすぎるみたいな気がするんだけど」 頃合い良し、と判断したのだろう。 そのヒカリの問い掛けに、アスカは零れんばかりの笑顔を意識的に作って見せて、その赤く痕が付いてしまった胸元を、シンジを狙っていると思しきその少女に見せつけながら、爆弾を投下したのであった。 「ああもう、シンジったら。 見える所には付けないで――って、あれほど言っておいたのに。 彼ったら、今日、体育の授業がある事を忘れていたのね。 ほんとに困ったものだわ」 それは決して大声を上げた訳ではなかったが、教室中に聞こえるような凛とした響きであった。 すると、一瞬にして凍り付いてしまったかのように、更衣中であった少女達の動きがぴたりと止まり、一斉に視線をアスカに向けた。 ああもう、シンジったら――って? 見える所には付けないで――ってナニを? ごくりと少女達は一斉に生唾を飲み込んだ。 そして皆を代表するかのように、おそるおそると言った様子で、問い掛けるヒカリであった。 「ね、ねえ、アスカ――まさかとは思うんだけど。 そう、アスカに限って、決してそんなコトはないと信じているんだけど――ソレって、ひょっとして、キスマーク、なの?」 「やあねぇ、ヒカリ。 そんな恥ずかしいコトを聞かないでよ。 みんなの前で答えられる筈がないじゃない。 だから、後で教えてあげるわね」 「恥ずかしい、コト?」 「――という事は、惣流さんと碇くんって、やっぱり?!」 「しかも、行き着く所まで行っちゃってる?!」 ざわざわと少女達が次第にボリュームを高めながら口々にアスカとシンジの関係について、騒ぎ始めたその時であった。 隣のクラスで同様に体操服に着替えている最中の男子生徒達が声の主であろうか。 爆発的な絶叫が響き渡ったのである。 まさに阿鼻叫喚が木霊する有様と言えようか。 流石に壁一枚を隔てていては、断続的に続いているその悲鳴のような声の詳細までは判らなかったものの、「なんだこの大量のキスマークは!」や「こ、この手首の縛られた痕は?! 既におまえらそんなプレイまで?!」――等々、大方の内容について、その場に居合わせた少女達は一様に理解できたようで、皆揃って頬を赤く染め上げて俯いてしまっている。 その周囲の様子を満足そうに見回して、ダメ押しするようにアスカは口を開いた。 「いけない――アタシったら、シンジの胸とか肩にも痕が残るぐらいに付けてしまったんだったわ。 気持ちが高ぶっちゃうと我を忘れてしまうアタシの悪い癖ね」 その瞬間。 隣の男子達のクラスに負けるものかと言わんばかりに絶叫が響き渡った。 もはやその混乱たるや容易に収拾できる有様ではなかった。 日頃は落ち着いた物腰を見せているヒカリまでも、委員長の役目も忘れてアスカの両肩をがっしりと掴み、彼女の胸元のキスマークを凝視した後、「不潔よ、不潔よ、不潔よ〜!」と絶叫の輪に加わってしまったのである。 結果――その後、どんなにシンジが否定しようとも、次の客観的評価は揺るがないものとなったのである。 『惣流・アスカ・ラングレーと碇シンジは鉄板の恋人同士である』 『しかも、かなり前から肉体的にも深い関係にある』 『最近は普通のプレイでは飽き足らず、SM的な領域まで足を踏み入れている』 更に噂に尾ひれがつくのは世の習いである。 ――しかも、アスカ自ら偽情報を流している節もあり、噂は留まる所を知らない。 『そもそもアスカとシンジは親同士が決めた許婚の関係であった』 『結婚は時間の問題。 その為に碇シンジの父親は法改正に向けて暗躍している』 『公には明らかになっていないが、実は既にアスカはシンジの子供を出産している』 ――等々、アスカの情報操作の巧みな部分は、将来においてネルフの貴重な戦力となる事だろう。 兎にも角にも、この騒動をきっかけにして、アスカを口説こうとする輩や、シンジを誘惑しようとする女の子の姿は、さすがに一掃されてしまったのであった。 これでようやくアスカも安心して、マーキングなどする事も無く、仲睦まじい日常を満喫していると思っていたのであったが――。 「アスカ――もうこれ以上は勘弁してよ……。 明日の体育は水泳なんだよ」 「うふふ、勿論、そんな事は百も承知、二百も合点、三百も無問題よ! 今度はもっと凄い所をマーキングして、みんなを驚かせてあげるんだから!」 「あううっ、だ、だめだってば! パンツだけは脱がさないで〜〜!」 どうやら、碇シンジの白い肌が、元の綺麗な状態に戻る日は当分先になる模様である。 ひょっとすると、惣流・アスカ・ラングレーの白い肌も、以下同文――なのかもしれない。
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次回発表を予定しているのは「マーキング 3」です。 「マーキング 3」はX指定作品となる為、当サイト内では公開できません。 何らかの方法を用いまして公開させて頂く予定です。 なお、今回の「マーキング 2」は、元々は完全にお蔵入りしていた作品でした。 とある事情からX指定作品である「マーキング 3」を書く事となり、付随する形で「マーキング 2」も発表する事になった次第です。 |
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