『ショタコン・アスカさんの遠大な野望』 by イイペーコー |
海は広いな、大きいな。 ――という歌声が聞こえてきそうな程に前後左右の視界には大海原が広がっている。 太平洋上をひたすらに日本へと向かうその艦隊の中の一隻――オーバー・ザ・レインボーの甲板には、軍籍の船には似つかわしくない可憐な美少女の姿があった。 “可憐な”と表現したものの、正確には“一見する限りでは”――と前置きすべきなのかもしれない。 遥か遠くの上空を射抜くように睨み続け、背後には怪しげなオーラを漂わせているその様子を推し測れば、その少女が見た目通りの麗容なだけの人物ではない事が窺えるだろう。 彼女はただひたすらに待ち続けていた。 甲板上において小高い位置にある見通しの良いその場所を陣取り既に2時間が経過している。 彼女の付添い人である男が、「アスカ、彼が到着するまでにはもう暫く時間が掛かるぞ」と声を掛けたものの、その声が耳に届いていないのか、アスカと呼ばれたその少女は頑としてその場から離れようとはしなかった。 「もうすぐ会えるのね――シンジくんっ」 目に見えなくとも語尾にハートマークが付いていたのだろうと思える程に甘く、そして熱の篭った声を洩らしたその少女の名は、惣流・アスカ・ラングレー。 現時点においては世界中で3人しか存在していない特別に選ばれたパイロット――人類にとっての最終決戦兵器であるエヴァンゲリオンの適格者のひとりである。 年の頃は今年の誕生日を迎えれば14才になるという。 繰り返しになるが見た目には頗る付きの美少女であり、印象的な彼女の蒼い瞳は見るものを惹きつけるチャームの魔法が掛けられているようにも思えたし、西洋の血が4分の3、倭の国の血が4分の1というクォーターである彼女は、その絶妙なバランス加減によって、西洋と東洋の血筋の良い所取りをしているかのように整った容姿であった。 そして折からの強い風にあおられてその紅茶色のさらさらとした長い髪を躍らせている様は、高ぶってやまない彼女の胸の内を如実に表しているようにも思える。 そう――彼女は、恋をしているのである。 まだ会ったことすらないという少年に恋焦がれている状態にあったのだ。 きっかけはアスカの付き添いである男――加持リョウジが彼女にとある少年の写真を提示した事であった。 その少年の名は碇シンジ。 彼もまたアスカ同様に適格者として選ばれた少年であった。 「それにしても、サードチルドレンがアタシ好みの幼い少年だったなんてっ! 写真を見ただけで判ったわ! あのあどけない表情っ! くるくるとした円らな瞳っ! そしてきっと間違いないわね! そう、ぷにぷにとした柔肌よっ! ああ、早く柔らかいシンジくんのほっぺにすりすりと頬擦りしたいわ〜。 そう――二次元の道まっしぐらで、彼氏いない暦約14年のこのアタシだけど、碇シンジくんとの運命的な出会いによって、真っ当な道を歩むコトになるのね! むしろ、シンジくんとの出会いのために、神様はアタシに今まで二次元の甘美な世界に浸り続けるように命じていたに違いないわ!」 遠巻きにしているものの周囲の乗組員達に聞かれては困ると思ったのか――歪みに歪みきったその主張は、慣れ親しんでいるドイツ語や英語を避け、日本語で叫んでいたのであった。 「――しかし、俺も一応は日本人なんだから、その主張の一言一句まで全部理解できてしまう事までは考えなかったんだろうな」 苦笑いを浮かべつつ深い溜め息を洩らす加持であった。 当の本人であるアスカは自身のマニアックな嗜好について周囲には隠し通していると考えているようであったが、彼女の世話役として務め続けている彼にしてみれば、百も承知の内情である。 そう――惣流・アスカ・ラングレーは、自分自身がローティンという年齢でありながら、幼い少年をこよなく愛するショタコンの嗜好を有しており、更に言えばその対象もアニメやマンガ等の二次元キャラに限定して愛情を注ぎ続けている有様であったのだ。 その個人的な趣味を反映してか、今回のネルフ本部への異動を本人はすこぶる喜んでいたのだ。 建前的には、ようやく使徒戦の最前線に立てる――と。 しかしその実は、オタクの聖地であるニッポンの地の――そう、何度も夢見てきた第三新秋葉原の地を踏むことが出来ると、身震いする程に感極まっていたのだ。 そんな彼女のマニアック気味な守備範囲を緩和させる為に、少しでも同年代の異性に興味を持って欲しいと願いつつ、半ばダメもとで、加持は密かに入手していた碇シンジの写真をアスカに見せた訳なのであるが――。 「ううむ、まさか現在の14才になった碇シンジ君の写真を見る前に、一緒に紛れ込んでいた彼の幼少時の写真を見てしまうなんてなぁ…。 なんとか上手く説明しないと、もうじき彼本人が出迎えにやってきてしまうし――いくら母親譲りの美少年とはいえ、6〜7才頃の幼い少年をイメージしているアスカにしてみれば期待を裏切られた格好になるだろう。 そもそも6〜7才ぐらいの幼い少年を異性のターゲットとして本気で狙おうとしている突っ込み所はともかく、さて――どうしたものか」 彼の写真を見せた昨日の晩から自分の世界にどっぷりとハマってしまったアスカに対して、何度か情報の訂正を試みた加持であったのだが、既に幼い無垢な少年シンジとの対面に向けて心ここに在らずと化していた彼女は聞く耳を持ってくれず現在に至っている。 今まで二次元のキャラクター、それも半ズボンが似合うような幼い少年のキャラにしか興味を持っていなかった彼女が、現実世界の少年にここまで反応してしまうとは、洞察力に長けた彼であったがさすがに想定していなかったのだろう。 とにかく現在の彼女の有様では話を聞いてくれる状態にない。 ならば、実際にシンジと対面した際に出た所勝負でフォローするより他ないと考える加持であった。 それから約30分の時間が過ぎた頃――相変わらず、宙を見上げたまま待ち構え続けているアスカの目に一機のヘリコプターが視界に入った。 待ち人来たり――である。 元より円らなその蒼い瞳を更に大きく見開いてその機体を確認すると、アスカは素早くヘリの着艦予定ポイントへと移動を開始した。 階段を駆け下りる最中、身に纏っているワンピースの裾がひらひらと宙を舞うが全く気にする素振りはない。 気分は彦星の到着を待つ織姫のようなものか。 いやいや或いは巌流島で宮本武蔵の到着を待ち構えて殺気立っている佐々木小次郎の心境に近いのかもしれない。 なにしろ生身の男を相手に恋を語った事など一度もない彼女である。 此所で逢ったが百年目とばかりにその少年を目の当たりにしたならば、うっかり誤って討ち果たしてしまいそうな雰囲気すらある――ようだ。 そんな彼女の様子を見つめながら、やってきた碇シンジがアスカの意に反して14才という彼女と同じ年令である事実が伝わってしまったならば、本当に勢い余って彼を亡きモノにしてしまうのではないかと心配する加持であった。 「アスカの戦闘能力は軽視できないからな。 すぐにフォローできるように間合いを詰めておくか」 既にヘリの着艦ポイントのすぐ傍に陣取っているアスカの背後に立ちながら、黙したまま、すまん葛城――と胸の中でそっと詫びる加持であった。 そんな彼の心配を他所に、いよいよ碇シンジと――そして一緒に同行しているのであろうネルフ本部の作戦部長、葛城ミサトを乗せたヘリはみるみる内に接近し、ローターによる強烈な風を周囲に拡散させながら、予定通りの時刻に着艦を果たしたのであった。 そして――甲板に居た誘導員の内のひとりが手早く機体に近寄り、ヘリのドアを開け放つ。 未だ止まらぬローターの音によって辺りは実に騒々しい。 そのお陰で生唾をごくりと飲み込んだアスカのその音はかき消されてくれたのであった。 (きたっ!) 思わず拳に力を込めるアスカの視界に、ようやく機内から姿を見せた人影が映る。 まず現れたのは、これからアスカの直属の上司となる葛城ミサトである。 尉官クラスが着用する正装を身に纏い、日頃だらしないという噂のある日常生活の様子など全く窺い知る事が出来ぬ程に、凛とした雰囲気を漂わせている。 そんな彼女の背後に隠れるようにしながら、小さな人影が現れた。 その瞬間、激怒するであろうアスカから彼の身を守る為に、加持はすっと前に出て、いつでも彼女を取り押さえる事ができるポイントを陣取った。 しかし――次の瞬間。 幾重にも緊迫した修羅場を潜り抜けてきた加持をもってしても、思わず硬直してしまい、言葉を失ってしまう。 ずっとミサトの背に隠れたままであったその人陰は、彼女に促されながら、おそるおそるといった様子でその姿を見せたのであるが――。 「久しぶりね、アスカ――元気だった? ――で、早速だけど、紹介するわ。 この子が初号機のパイロットである碇シンジ君よ」 及び腰のその少年が逃げ出さないように彼の小さなその背中を支えながら、そう告げたミサトであったが、少々、顔が引き攣っている。 紹介したものの、その少年が選ばれしサードチルドレンである事を信じてもらえないかもしれないと危惧しているのであろう。 その理由は一目瞭然であった。 「は、はじめまして――あのっ。 ぼくっ、僕がそのっ」 そう口を開いたのは――ミサトによって紹介された碇シンジという名の――幼い少年であった。 身の丈は120cmぐらいであろうか――とにかく小さい。 細身のその身体は抱き締めれば折れてしまうのではないかと思える程であり、また、男の子の格好をしていなければ、幼い少女ではないかと勘違いしてしまう程に愛らしい容姿をしている。 (おいおい――碇シンジ君の年齢は14才じゃなかったのか? これじゃまるで、アスカの嗜好にぴったりの幼い少年じゃないか) ようやく思考回路が働き始めた加持であったが、さすがに冷静な判断を導くまでには至っていない。 とにかく情報を得ようと、ミサトに話しかけようとしたその時であった。 それまで、シンジの姿を見た途端にメデューサの魔眼に射抜かれて石化したかのように固まっていたアスカであったのだが――ぎぎぎぎ、と擬音が聞こえてきそうな様子で、からくり人形が動くような固い動作で両腕を伸ばしたかと思ったその瞬間。 相対距離にして2メートルはあったシンジとの距離をアスカは一瞬にしてゼロにしていた。 どこぞのサイボーグ戦士の加速装置と同等の能力を持っているのかと疑う程の瞬間移動である。 「ひっ!」 その迫り来る彼女の迫力に幼いシンジは思わずたじろいでしまうのであるが、その場から逃げだす事は叶わなかった。 何故なら、その次の瞬間にはシンジのその小柄な身体は、すっぽりと隠れるようにアスカに抱き締められてしまっていたのである。 「えっ、あのっ、そ、惣流さん――?」 もぞもぞと身動きしようとするものの、成長著しいアスカの胸の谷間に顔を埋めた格好のシンジは、左にも右にも逃れる事ができず、くぐもった声を上げつつ、ようやくその柔らかな谷間から抜け出るように顔を上げた。 そしてその状況を察した途端、シンジの頬は真っ赤に染まってしまう。 (お、女の子の胸にっ――はさまれちゃった) このようなシチュエーションはシンジにとって初めての事なのだろう。 気が動転しているのか、あうあう――とくぐもった声を洩らした後、そのまま呆然として固まってしまう。 その一方のアスカ。 こちらはある意味、違った意味で気が動転していたようだ。 「おっ、お姉ちゃんはっ! お姉ちゃんはねっ?!」 事前に考えていた格好の良い挨拶のセリフなど、既に空の彼方へと消え去ってしまったようだ。 本能のままに高ぶるその想いを言葉にしようとするが、理路整然とした言葉にならない。 そしてあまりにも彼女の嗜好のツボをクリティカルに貫いたと言えよう、いたいけなその幼い少年を前にして煩悩に歯止めが効かなかったのか――彼をその胸の中で抱き締めたまま押し倒してしまうアスカであった。 それはもう見事な抑え込み――どうやら武術に長けている彼女は柔道の道にまで精通していたのかもしれない。 (お、おっ、押し倒しちゃったー! な、ナニやってんのよっ、アタシっ?!) 綺麗で格好の良いお姉さんを演出し、幼い彼のハートを掴もうとしていたその作戦は初手から大きく失敗してしまったようだ。 兎にも角にも胸の中で彼を抱き締め続けていては、会話もままならない。 ようやく、その少女らしからぬ見事な双丘の谷間からシンジの顔を開放し、再び目と目を合わせたアスカであったのだが――。 僅かに乱れてしまった彼の黒髪。 震わせている儚げな小さい肩。 頬を赤く染め上げて恥らいつつも、どこか怯えすら窺えるその面持ち。 そして――ボタンがひとつ外れて開かれた胸元のシャツの合せ目から僅かに垣間見せた彼の白いや・わ・は・だ。 嗚呼、またしてもド真ん中ストレートの絶好球っ。 ぬぉぉぉぉぉっ――とアスカは(頭の中で)叫び声をあげつつフルスイングっ。 男・岩鬼の渾身の一打かと髣髴とさせるような場外アーチを脳裏に描きつつ、興奮のあまりに赤き血潮が迸る。 「アスカ、貴女その鼻血――」 「い、言わないでよっ! 折角、状況描写では遠まわしに“赤き血潮”が――って表現したのにっ」 いやいや的確なミサトのセリフに助けられた感もあろう。 それはさておき、唐突に始まってしまった14才の少女と、見た目6〜7才の少年との悩ましい抱擁の図をいつまでも放置できる訳もあるまい。 この場にはミサトや加持だけでなく、空母の乗組員達が何人も居合わせているのだから。 「ええと、アスカ。 貴女がシンジ君を熱烈歓迎してくれたのはもう充分に判ったから、そろそろシンジ君を解放してくれないかしら? このままだと話が進まないしね」 プライドの高いアスカである。 幼いシンジの姿を見た途端に、場合によってはサードチルドレンとして認めないと激しく拒絶するのではないかと危惧していたミサトであったが、思いもよらぬ予想外のアスカの反応に驚きを隠せない。 本来ならば、予想外の人物――そこに加持リョウジが居合わせている事にも驚くべき所なのであろうが、それよりも完全に意表を突いた格好のアスカの言動によって、すっかりと毒気を抜かれた様子のミサトであった。 「まあなんだ――おそらくは込み入った話になるのだろうし場所を変えよう。 それでいいな、葛城」 「なんで加持君がこんな所に居るのかまだ聞いてないけど――まあ、いいわ。 艦長への挨拶が終わったら事情を説明するから場所を確保しておいてくれる? ――って、こらっ、アスカっ! アンタは、いいかげんシンジ君から離れなさいっ!」 放っておけば何時間でもそのままシンジを押し倒したまま抱擁し続けてしまうのかもしれない。 そんな雰囲気を漂わせているアスカを半ば強引にシンジから引き剥がしながら、大きく溜め息を洩らすミサトであった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「そんな――嘘だろ。 シンクロ率がたとえ一瞬でも400%にも達した事自体信じられんが、それによって14才の少年が見た目6〜7才程度の身体に変化するなんて、そんな説明が信じられると思うのか?」 士官室の小部屋を借りて、シンジやアスカと共にそこへ場所を移したミサトは、同行していた加持に対して、これまでの経緯を説明していた。 「そりゃ私だって信じられないわよ。 加持くんもJAの暴走の一件は聞いているでしょ? あの時、シンジ君には初号機でJAを抑えて貰ったの。 けれど、なかなか暴走を止める事ができなくて――結果として、JAの内部に侵入していた私はそれなりに窮地に追い込まれたのよね。 その時シンジ君は、私をなんとか助けたいって思ったらしいんだけど、その際に瞬間的に異常なぐらいシンクロ率が高まってしまって、ほんの僅かな間なんだけど400%にまで達してしまったのよ。 その時、私はJAの内部に居たから詳しい状況は判らないんだけど、モニターしていた発令所の説明では、一瞬、初号機のエントリープラグ内からシンジ君の身体が消えてしまって、その直後には幼くなってしまったシンジ君がエントリープラグ内のシートに座っていたというワケ。 ――プラグスーツが脱げて全裸になった状態でね」 「ぜっ、全裸っ!? こんなあどけないシンジくんのっ、う、生まれたままの姿を発令所の職員達は見ちゃったって言うの!?」 「アスカ――そんな所に反応しないでよ。 驚いたりすべき所は別でしょうが」 テーブルを挟んで向かい合うように座って情報交換をしているミサトと加持からは少し離れて、アスカはゆったりとしたソファに深々と座り――そして自身の膝の上にシンジを座らせ、彼を背後から抱き締めている格好である。 恥ずかしいから、と何度か彼女の膝から降りようとしているシンジであったが、アスカは決して首を縦に振らず、「大人しくお姉ちゃんのお膝に座ってなさい」と一蹴されてしまっていたのだ。 しかしながら、事細かにミサトの口から事情が説明され、これでようやく開放して貰えると思ったのだろう。 シンジは彼女の膝の上で抱き締められた格好のまま、宙を見上げるように顔を上げてアスカと視線を合わせながら口を開いた。 「ね? 惣流さん、これで判って貰えたでしょ? 僕、こんな身体をしているけど、本当は君と同じ14才なんだ。 だから、こんな風に小さな子供扱いをするのは――」 「違うでしょ、シンジくん」 恥ずかしいから止めて欲しいと主張しようとしていたシンジの言葉を遮り、内心では、“ああ、こんな風に下から見上げているその顔も可愛いわ”――と思い浮かべつつ、彼の小さな唇に自身の右手の人差し指をそっと押し当てながら言葉を繋ぐアスカであった。 「さっき教えたばかりでしょ。 アタシの事は“アスカお姉ちゃん”って呼びなさい」 唇で触れてしまった彼女の人差し指の感触に反応して頬は勿論耳たぶの辺りまで赤く染めつつ、シンジはなんとか反論の余地を見い出そうとするかのように再度口を開いた。 「だからっ、僕、本当は14才なんだよ。 同い年の女の子に“お姉ちゃん”は変だと思うし…」 「ふふっ、顔を真っ赤にしちゃって。 シンジくんは、オマセさんなのね」 そう言いながらアスカはシンジの口もとに添えていた人差し指を僅かにずらし、今度は彼の頬をつんつんと突付いて見せた。 (ああっ、やっぱりぷにぷにと柔らかいっ! こ、このまま頬擦りしてもいいかしらっ?! 出会って早々にソコまでしちゃうとハシタナイ女の子だと勘違いされちゃうかもっ) そもそも初対面で抱き締めて自身の胸の中に彼の顔を埋めさせ――あげくには押し倒してしまった経緯を考えれば、今更の心配であろう。 なにはともあれ、あれこれと脳裏で少々ヨコシマな思考を浮かべながら至福の笑みを覗かせるアスカであった。 彼の(幼い頃の)写真を見てからずっと心惹かれてこの瞬間を待ち続けていたのである。 念願叶った今、もう絶対に誰にもこの柔らかな頬を――そう、碇シンジを誰にも渡すものかと主張するように、小さな彼の体を背後から抱き締め続けているその両の手に力を込めていく。 「何度も言うけどっ、僕は本当に14才なんだよっ! だから同い年の女の子からこんな風に抱き締められたら――」 そう――14才の少年なら局部的に元気一杯になってしまうであろうし、一度元気になってしまったならば、出すものを出さないと収まりが――げほんごほん。 身体は小さくなっても頭脳は同じ――つまりは煩悩も同じである。 そんなシンジの苦悩を知る由もなく、アスカは更に彼の身体を抱き締めるその手に力を込めてしまう。 つまりは、一層にシンジの背中には、彼女の柔らかい膨らみがこれでもかと押し付けられている状態である。 「またまた、シンジ君ったら、そんなコトを言っちゃって! どこかの名探偵の少年じゃあるまいし、14才の男の子がこんな小さな身体になるワケがないじゃない。 ミサトまで一緒になってアタシ達をからかっているんでしょ?」 「いや、だから――冗談なんかじゃなくって――」 なんとか彼女の誤解を解こうと更に口を開こうとしたシンジであったのだが、我が道を突き進むアスカの耳には届かない。 「そうだ! ねえ、シンジくん。 ちょっとお姉ちゃんと付き合ってくれる?」 「え? 付き合う?」 小首を傾げるシンジの仕草を間近で目の当たりにして思わず赤面してしまったアスカは、照れ隠しのように思わず大きな声を上げて反応してしまう。 「や、やあねぇ! 付き合うって、別にそういう意味じゃないわよっ! もう、シンジくんってば、本当にオマセさんっ!」 小さな彼の肩をぽんぽんと――結構な力を込めて叩くアスカ。 彼女にしてみれば親愛の情を深めるようなコミュニケーションの一環であろうが、シンジにしてみれば幼児虐待のようなものである。 顔をしかめて「痛いよ、惣流さん」と口を尖らせて抗議の姿勢を見せてみたものの、ツンデレに釘宮ならぬ、ヌカに釘といった様子でアスカに悪びれる様子はない。 それどころか“痛がる仕草も可愛い♪”とショタコンに加えてSの守備範囲まで足を踏み入れてしまいそうな雰囲気すら感じられる。 「と・に・か・くっ! シンジくんに見せたいものがあるの! 大人は大人同士ってコトで、ミサトの事は加持さんに任せておいて、アタシ達は場所を変えましょ」 「え、あ――うん」 思い立ったが吉日のスタンスである彼女はとにかく行動が早い。 ミサトの同意を待つまでも無く小柄なシンジの身体を背負うと、さっさとその場を後にしてしまう。 その彼女の背中へと「シンジくんに手を出しちゃダメよ、アスカ」と声を掛けたミサトであったが、おそらくはその注意の声はアスカに届いていなかっただろう。 一抹どころか、大いに不安を感じてしまうミサトであった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ シンジを背負ったアスカが向かったのは周囲からの邪魔が入らない狭い密室――ではない。 ヘリを飛ばして空母を離れ、とある輸送船へと向かったのである。 そしてその輸送船に着艦してヘリから降りると、アスカは相変わらず背中にシンジを背負ったまま、甲板から階下へと向かう階段を駆け下りた。 その先で2人を待っていたのは、巨大なプール状の格納スペースに横たわる赤い巨人であった。 「弐号機って赤いんだね」 まるで子供のような――いや、実際に見た目は幼い子供であるが、とにかく見たままの感想を口にしたシンジに対して、アスカもどこか子供っぽいと言えようか、自慢げに胸を張りながら口を開いた。 「そうよ、まるでお姉ちゃんの燃える乙女心を示すかのように真紅のカラーリングなの。 ふふっ、格好いいでしょ?」 おいおいそこは、「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮零号機や初号機はプロトタイプとテストタイプ――」とか、「この弐号機は違うわ。これこそ実戦用に造られた、世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ。制式タイプのね」などと主張すべき所だろ――と、天の声が聞こえてきそうな所である。 それはさておき、ここはミサト達の監視下を離れた輸送船の上。 しかも着艦早々に人払いをさせておいたので、辺りに人影はない。 「ちゃーんすっ」 背負っていたシンジを降ろし、彼の背に合わせてその場に屈むと、心の中でそう呟くつもりが、思わず口に出してしまっていたアスカであった。 その彼女の言葉に小首を傾げているシンジをよそに、アスカは元から詰まっている間合いを更に詰め、そのままキスでもしかねない程まで顔を近づけた。 「あ、あの、惣流さん?」 「もう、“惣流さん”じゃないでしょ? アスカお姉ちゃんよ」 更に接近。相対距離は約20cmから間を詰めて、あと10cmという所であろうか。 「あ、あの、だから、その――あ、アスカお姉ちゃん? ちょっとお話しするには近すぎると思う…んだけど」 「ああ、良い響きだわ。 ねえ、シンジくん、もう一回呼んでくれる? “アスカお姉ちゃん”って」 更に更に接近。 もう既に互いの息が肌に感じられる程に大接近している。 今度、シンジくんが“アスカお姉ちゃん”って呼んでくれたなら、そのままキスしちゃおうかしら――と幼い少年のハジメテを奪う気満々のアスカであった。 (アタシだってハジメテなんだから無問題っ――) 「あ、アスカお姉ちゃん――」 身を震わせながら――そしてその穏やかならぬ空気を感じ取ったのか。 身体は小さくとも、多感な14才のセイ少年の碇シンジである。 美しい少女から唇を奪われそうになっているその局面をどこか喜んで受け入れそうな節すらあった。 (に、逃げちゃダメだ。そう逃げちゃダメなんだ。 うん、きっと逃げなくてもいいんだよね?) 彼の脳裏に浮かんだのは、第五使徒戦を経て、どこか親しくなりつつあった蒼髪の少女の姿。 特にシンジの身体が幼い少年のように小さくなってからは、秘められていた母性本能が開花したのか、なにかとシンジの身の回りの世話を焼く姿を見せていたファーストチルドレンの綾波レイであったのだ。 (ご、ごめんね――綾波) 脳裏に浮かんだレイの姿が何故か怒っているように思えて、心の中で謝ってしまうシンジであった。 そして2人の唇が今まさに重なろうかとしたその瞬間である。 「「 え?! 」」 激しい衝撃波によって輸送船の船体は大きく揺れ、その煽りを受けてアスカとシンジはその場で転倒してしまう。 「こ、この衝撃波は――まさか?」 踏んだ場数は少なくとも使徒との実戦経験のあるシンジは、そのただならぬ揺れに警戒を深めた。 「アスカお姉ちゃん、甲板に戻ろう!」 「え、あ、ちょっと待ってよ、シンジくんっ!」 先に駆け出したシンジの後を追うように階段を駆け上がり、格納庫から甲板に出たアスカであったが、その彼女の視界に映ったのは、打ち砕かれて沈み行く駆逐艦や巡洋艦の姿であった。 それも一隻や二隻どころではない。 あっと言う間に船体を折られて海中へと沈んでいく艦影の姿が見受けられる。 「これって――まさか?」 「そうだよ、アスカお姉ちゃん。 これは使徒の攻撃だよ」 そう答えたシンジの横顔にアスカは目を奪われてしまう。 そこに先程まで頬を赤く染めながらあたふたとしていた幼い少年の面影は無い。 海上に白い航跡を残しながら進む使徒と思しき物体を、凛とした姿勢で睨みすえるその様子は“男”の顔であった。 (か、かっこいい……) 日頃は守られるべき存在の幼い少年でありながら、非常時においては引っ張っていくような逞しさを覗かせる。 それはまさに二次元の世界の少年に惹かれ続けてきたアスカにとって、この上ない理想像と言えよう。 (やだ……胸の、動悸が止まらないっ。 アタシってば、本当にシンジくんに惚れちゃったのかもっ) 高まって止まない胸のときめきを感じつつ、アスカは熱い視線をシンジに注ぎながら、密かに思いを深めていった。 (今なら――隠し持っている大切なフィギュアの数々も。 大好きなキャラを模した抱き枕の数々も。 そして、長きに渡って通販を駆使して集め続けた数え切れない同人誌も捨てられる。 この子と――碇シンジくんと共に同じ人生を歩めるのならば、昨日までのオタクなアタシとサヨナラしてもいいっ。 この小さな手とずっと手を繋いでいられるのなら――) 「アスカお姉ちゃん――弐号機の内部電源は充電されてる?」 「え、あ、うん。 たぶん、1〜2分ぐらいなら動くと思うわ」 「1〜2分か――ぎりぎりミサトさん達の居る空母まで持つかどうか。 でも、迷っている暇はないと思う」 「う、うん」 導かれるように――シンジの言葉を待つアスカであった。 元より幼い身体になる前から色恋めいた点に関して言えば鈍感な彼である。 蒼髪の少女からの熱心なアプローチにも気付けずにいる有様であり、アスカの熱い視線の意味にシンジが気付ける筈も無かったのであるが、彼女が自分の言葉を待っている事は鋭敏に察したようだ。 ずっと使徒に向けていた視線をアスカへと向けて、シンジは意を決した面持ちを浮かべて口を開いた。 「アスカお姉ちゃん、一緒に弐号機で戦おう。 海の上でノーマル装備のままで戦うのは危険だけど、使徒とまともに戦えるのはエヴァだけなんだ。 このまま使徒を放置していたら被害は増える一方になってしまうよ。 だから――」 「そうね――シンジくんと一緒なら大丈夫。 アタシ、絶対に使徒なんかに負けはしないわ!」 使徒との初陣に向けて緊張感の高まる中、アスカの胸中にはひとつの確固たる野望を抱いていた。 とりあえず将来のために速やかに日本国籍を取得。 そして、使徒戦役で大活躍し、世界を救ったヒロインの座をゲット。 その功績として日本国の民法の改正を要求して――。 「シンジくんの年令が7才と仮定して、アタシとシンジ君の年の差は、14才−7才で、7。 現在の日本の男性の結婚可能年令は18才。 一方、女性の結婚可能年令は16才っ。 つまり、アタシが結婚できるのは16才−14才で2年後っ。 というコトは、7才+2年後は9才っ! そうっ! 世界を救ったヒロインとして、民法の改正を要求するわっ! 男子の結婚可能年令は9才からにすることっ! これで法的にもなんの問題も無く、シンジくんの筆下○しを堂々とっ――」 そんなヨコシマな野望を描きつつ、初陣に臨んだショタコン少女のアスカさんであったそうな。 こうして――弐号機を駆使したアスカとシンジの活躍により、見事に第六使徒を殲滅し、国連軍太平洋艦隊は無事に新横須賀港へと入港を果たしたのであった。 その新横須賀港で、シンジを出迎えに来ていた綾波レイが、惣流・アスカ・ラングレーと対面を果たし、出会ったその瞬間から終生のライバル同士である事を悟った両者であったと言う。 「ふーんだ、アタシなんて、ついさっきまでシンジくんとペアルックだったし。 そのペアルックのプラグスーツに着替える為に、お互い裸を見せ合った仲だもんね」 「問題ないわ……既に碇くんは私の身体の全てを熟視しているもの。 更に言えば、碇くんは私の胸の形も直に触って確認しているわ」 「な、なんですって! ちょっとシンジくんっ! お姉ちゃんは、そんな話聞いてないわよっ!」 どうやら――アスカのシンジ少年を巡る乙女の戦いはまだ始まったばかりであるようだ。 彼女の遠大な野望が成就する日が到来するのは、まだまだ先の話なのであろう。
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いつになるかは判りませんが、続編(ユニゾン編)を書いてみたいと思います。 |
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