※この作品は『溶けてしまいそうなアタシを』及び『溶けてしまった僕』の続編となります。
 お手数ではございますが、同作品からお読み下さいませ。



『後日談』



by イイペーコー



 不覚を取ってしまった。
 まさか、シンジにじっくりと寝顔を見られてしまうなんて。
 しかも――俗に言う生まれたままの姿という状態で。

 そもそも、シンジが悪いのよ。
 アイツってば、高校に入ってから身長も少し伸びたし、部活を始めたせいか筋肉も付いちゃっているから重いのなんのって。
 お風呂場から寝室までシンジを運ぶのに随分と時間と体力を費やしたり、更には純情可憐な乙女としては恥ずかしくて直視できない局部までも目の当たりにしてしまう破目になったりと、アタシは体力的にも精神的にも疲労困憊となってしまった訳で。

 それにしても、シンジってば、可愛い顔して随分と凶悪的なモノを――って言うか、男のヒトのアレって、みんなあんなに大きいものなのだろうか。
 あんなモノが本当にアタシのナカに――って。
 ううっ、絶対に無理よっ。


 か、閑話休題っ。


 ――というワケで、シンジをベッドに寝かせた頃には、アタシはすっかりと疲れてしまっていて。
 さすがにお互いに裸のままだと問題だとは思ったのだけれど、朝、目覚めた時に慌てふためくシンジの様子を見てみたいという誘惑に負けて、ついついそのままの格好でベッドインしてしまったのだ。
 もっとも、“ベッドイン”と言ってもまさにその言葉通りで、単に一緒のベッドで床に就いたという点以外に深い意味などある筈はなくて。

 へっへっへー、朝イチでシンジを叩き起こして、『優しくしてって言ったのに、あんなに激しくスルなんて…』とか、『責任、取ってくれるわよね?』とか、色々とからかってやるんだ――などとフラチな発想をしてしまったのが、そもそもの間違いだったワケで。

 よくよく考えれば、アタシよりもシンジの方が朝は強いのだから、どちらが先に目を覚ますかなんて考えるまでもなかったと言うのに。

 今になって振り返ってみると、昨夜はチャンスだったんだから、アタシだってシンジの寝顔をじっくりと見ておけば良かった。
 そうしておけば、目が覚めてから、もう少し精神的な余裕があったのかもしれない。


「おはよう、アスカ――」


「ん――おはよ……」


 包まれるような心地良い温もりの中、ようやく目を覚まして、その日最初に目にしたのがシンジの優しい笑顔で。
 元々寝起きは良くないアタシは、ぼんやりと、ほんの一瞬だけ妄想を発展させてしまったのだ。

 あれ? アタシとシンジってば、いつの間に結婚したんだっけ?――と。

 それからきっかり3秒後。
 アタシは自分の置かれている状況を否応なく思いだした。

 シンジの腕枕をすっかりと占領。ええ、それはもう完全制覇。
 ついでにそのっ――互いに素足を絡め合っていると言うか、何と言うか。
 かろうじてタオルケットで大事な部分は隠せていたけれど、その大事な部分も素肌同士で密着状態。

 ヘタするとアタシが眠っている隙に色々と見られてしまったかも。

 そう考えた途端、自分でも顔が真っ赤に染まってしまった事が判ってしまうぐらい熱くなって、アタシはつい声を荒げてしまったのだけれど――。


「ちょっと、シンジっ!
 アンタ、まさかアタシが眠っているのをいいことに――!」


 そのまま、あらん限りの罵詈雑言を並べてしまいそうな勢いのアタシを制したのは、たった一言。
 そう、シンジのこんな一言だった。


「好きだよ――アスカ」


 ああん、もう、反則っ。
 いつからアンタはジゴロのようなセリフを吐くようになったのか――と。
 正座させて小1時間ぐらい、本当は説教しなければならない所なのに、悔しいかな、ふにゃぁ――と擬音が聞こえてしまうぐらい顔が緩んでしまったアタシだった。


「そ、そんなコト、判っているわよっ!」


 必死にそう強がって見せたものの、目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだし。
 きっとその時のアタシは蕩けそうな程に目尻を下げてしまっていたコトだろう。
 兎にも角にも、いくら日曜日とは言ってもいつまでもベッドでごろごろとしている訳にもいかない。

 ――いや、別にごろごろしていても問題ないと言えば、問題はないのだけれど。
 今日は月に1回のネルフへの出頭日。
 まあ、健康診断とか、その他簡単な検査だけで終わってしまうのだから、さして重要性はないのだけれど、さすがにサボる訳にはいかない。

 そんな訳で先にシンジをベッドから叩き出して着替えさせ、アタシは素早くタオルを身体に巻いて、そのまま浴室へ直行。
 のんびりと朝風呂を堪能した後にキッチンへと向かうと、そこにはアタシ的世界で一番エプロンが似合う男のシンジが朝ご飯を作ってくれていた。

「勝手に台所を借りたよ」――などと満面に笑顔を浮かべて言ってくれちゃって。
 どうしてくれんのよ、頬が緩みっぱなしで元に戻らなくなっちゃうじゃない。
 まあこの際、一昔前に流行った“たれぱんだ”ならぬ“たれアス○”みたいになってしまっても、それはそれでいいのかもしれないけどね。
 シンジは見た目で態度が変わってしまうヤツじゃないって判っているから。

 そして久しぶりのシンジお手製の朝ご飯。
 冷蔵庫にあった食材であり合わせで作ったと言うわりには、そこにはアイツなりの一工夫があって。
 最近、ヒカリに教えて貰って人並に料理が出来るようになってきたアタシだけれど、やっぱりシンジには敵わないって思うわ。

 ――なんて御託は不要ね。
 なんて充実した朝のひとときだろうか。

 そして、こんな朝を毎日迎えられたなら、どれだけ幸せだろう。
 いっその事、ミサトには内緒でシンジと同棲してしまおうか。
 いやいや、どうせなら、シンジのお義父さんに頼み込んで、民法を改正させて男子も16才から結婚できるようにして貰おうかしら。

 ある日、突然、「惣流・アスカ・ラングレー改め、碇アスカになりました」――とクラスで発表したら、どんな反応が返ってくるだろう。
 それはもうきっと蜂の巣をつついたような大騒ぎになるに違いない。

 ――なんて、思い浮かべてしまったアタシだったが、さすがにそれは妄想に過ぎないという事ぐらいは認識している。

 いくら碇司令が相当な権力者だとは言っても、個人的な事情で法律を変えてしまうような非常識な人ではあるまいし。

 まあ、順当に行けば、高校卒業してすぐに――どんなに遅れても大学卒業後ぐらいには、アタシが碇姓を名乗るか、シンジが惣流姓を名乗ることになる筈だし、慌てずにゆっくりと進んでいけばいいわ。

 アタシはシンジを愛しているし。
 シンジも勿論、アタシのコトを――なのだから。


 さて――こうしてまったりといつまでも朝のひとときを堪能し続ける訳にはいかない。
 朝食の後、アタシとシンジは部屋を後にして、ネルフ本部へと向かったのだった。

 ちなみに、出掛けに“いってきますのキス”を強引に奪ってしまったコトは、門外不出の内緒なのだ。
 しっかりとシンジにも口止めしておいたし、今夜、日記に書き記しておくとしよう――昨日の分も含めて。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 急転直下の展開で、僕はアスカの彼氏になる事ができた。
 今でも夢の中の出来事のような気がしてしまい、朝から何度も自分の頬を抓ってしまった僕だった。

 それはもう、天にも昇ってしまいそうな気分で。

 できる事ならこのままデートに出かけたいという衝動に駆られたのだけれど、さすがにネルフの用事をすっぽかす訳にはいかない。

 アスカが暮らしているマンションを後にして、一旦、僕の部屋に立ち寄って学校の制服に着替えると、僕たちは二人仲良く、ネルフへと向かったのだった。

 途中、電車の中で、ついつい何度もアスカの寝顔を思い出していると、何故か彼女はすぐにその事を気付いてしまうようで「ナニをニヤついているのよっ!」とその度に怒って、僕の頬を抓り上げた。

「本物がすぐ隣に居るんだから、頭の中でアタシのコトを妄想するんじゃない」――との事で。
 ご尤もなのだけれど、どうしてすぐに僕がアスカの寝顔を思い浮かべている事に気付く事ができるのだろうか。

 その理由を聞いてみたいような、聞くのが怖いような。
 この分だと、そのつもりはこれっぽっちも無いけれど、万が一でも浮気なんかしたら、すぐにバレてしまうのだろうなぁ。

 ああ、またなんか、アスカってば、じっと僕を睨んでいるし。
 並んで座っている電車の座席という状況で。
 それはもうとっても至近距離。
 しかも何やらご機嫌ナナメの様子。


「シンジ。アンタ、気付いてないかもしれないけど、さっきから思っている事を全部口にしているわよ」


「へ?」


 思わず呆けた声を上げたその瞬間。
 アスカの握り拳が僕の頭をしたかかに痛打していた。


「これっぽっちもその気がなくても、浮気なんて考えたら許さないんだからね!」


 ホントに浮気なんかしたら死刑なんだから!――と付け加えつつ、頬を赤く染める彼女の様子を目の当たりにして、これは迂闊なことは言えなくなったと実感した僕だった。
 そして、今度は決して口にしてはならないと気をつけながら、そっと脳裏でこう思い浮かべたのだった。

 でも、アスカが大好きな加持さんは、割と女癖が悪い方だと思うけどなぁ。


 すると、アスカはまるで僕の思考が耳に届いたかのように、急に顔をこちらへと向けると、半眼でじろりと睨みつけながら口を開いた。


「アンタ、間違っても加持さんみたいな人になっちゃダメなんだからね!
 ああいうヒトは女を不幸にするの。
 いい? 判った?」


 あうっ。
 思ったことを口にしようがしまいが、結局は筒抜けなのじゃないだろうか。
 女の子って怖い生き物だ――と、しみじみ痛感した車中の出来事だった。






 ちょっとだけ居心地の悪かった電車での移動。
 しかし、冷静に考えれば、それはアスカの嫉妬心が原因である訳で。
 そう考えると、肩身の狭い思いをした事なんてすぐに消え去って、にんまりと喜んでしまう僕は意外と単純な性格をしているのかもしれない。

 そしてネルフ本部に電車は到着して、僕らはその入口にあたるメインゲートへと向かったのだけれど――。


「なによ、コレっ!?
 なんでアタシのカードだけ、エラーになっちゃうのよ!」


 仲良く並んでゲートを通過する筈が、何故かアスカのIDカードは、何度スロットを通しても、機器からはけたたましいエラー音を響かせるばかりで、ゲートは開いてくれなかった。

 何か強力な磁気を出す物とIDカードを一緒にしていたのだろうか。
 以前と違って、めったにここには来ないから、管理がずさんになっていたのかもしれない。
 割とアスカって、細々とした整理整頓は苦手な所があるし。


「とにかく、このままじゃアスカが中に入れないし、僕が先に行って、ミサトさんか誰か呼んでくるよ」


「ちょっと待ちなさいよ、シンジっ。
 良い方法があるから、一旦、ゲートから外へ出て頂戴」


 手招きする彼女の様子に僕は小首を傾げながらも、その指示に従った。
 やはりここに独りで残るのは心細いのかもしれない。
 それなら電話で伝えれば良いか――と思いつつ、ゲートを再びくぐってアスカの傍へとやって来た僕だったのだけれど。
 アスカの提案は僕の考えを遙かに逸脱したものだったんだ。


「要するに中へ入れれば問題ないワケでしょ。
 だから、ほら、こうやってぴったりと密着して、シンジのIDカードで2人一緒にゲートをくぐればいいのよ」


 とにかくアスカは思い立ったが吉日という人だから、僕が同意するよりも早く行動に移ってしまう。
 素早く彼女は僕の背後に回り込むと、そのまま背中から僕を抱きしめるように、ひしと身体を擦り寄せてきたのだった。
 勿論、そんな体勢を取れば、成長著しいアスカの二つの、そのっ、ええと――や、柔らかな膨らみは、否応なく僕の背中に押し付けられる格好になってしまう訳で。

 またしてもからかわれているのかな?――と、苦笑いを浮かべた僕に、彼女はそっと僕の耳元へと口元を寄せると、静かにこう言ったのだった。


「こんなことするのって、シンジだけなんだからね」


 誰に対してでも軽々しくこんなスキンシップをしてしまう女の子なのだと、僕が勘違いしてしまう事を心配したみたいで、その声はどこか不安そうな色合いを帯びていた。
 僕の事をからかうよりも、その事が真っ先に彼女の脳裏を過ぎったのだと思うと、妙に嬉しくて。
 そのせいだろうか――実に僕らしくないセリフを口にしていた。


「大丈夫。僕が好きになった女の子は、こんな事を誰彼なくしてしまうような子じゃないって事ぐらい、ちゃんと判っているからさ」


「うん、ありがと、シンジ」


 するとアスカは、僕の胸の辺りに絡めていた両の手にぎゅっと力を込めて更に抱き締めて、僕の背中に顔を埋め、そのまま頬擦りを始めたのだった。
 そんな彼女がとても愛おしくて、このまま振り返って、アスカを抱き締めたい衝動に駆られたそんな時だった。


「お取り込み中、ちょーっち悪いんだけど。
 業務連絡してもいいかしらん」


 いつからそこに立っていたのか――それまで全く気配に気づくことができず、背後から声を掛けられた途端、僕とアスカは密着していたその状態から反射的に身体を離したのだった。

 声の主は確認するまでもなく、とても親しい人の声で。
 僕とアスカの共通の保護者と言うべきだろうか。
 この春に結婚して、苗字が“加持”に変わったその人だった。


「み、ミサトさんっ。
 どうして僕らの後ろから現れるんです?
 この時間なら、とっくに勤務時間中でしょ?」


「そ、そうよっ!
 管理職のくせにサボっていていいと思っているの!」


 アスカが僕の背中に顔を埋め、ぴったりと密着し合っていたその光景を見られてしまった為に、僕らは自然と声のトーンが上がって、ミサトさんを詰問するような口調になったのだけれど――。

 しかし、百戦錬磨の作戦部長に、未熟な僕らの攻撃ならぬ口撃が通用する筈も無くて。
 満面に笑顔を浮かべたミサトさんは、一頻り僕とアスカの表情を舐めるような視線で見つめたのだった。
 目は口ほどに物を言うとは良く言ったもので。

 口にして僕らの関係の変化を質問しようとしなくても、その意味深な意図を込めた視線が雄弁に物語っているように思えた。


「な、なによ! 言いたい事があったら、はっきりと言いなさいよ!」


 その雰囲気に我慢できなくなったアスカが声を荒げると、ミサトさんは涼しげな表情で、アスカの言葉を受け流し、胸元のポケットから1枚のカードを取り出した。


「ここで2人を待っていたのは、新しくなったアスカのIDカードを渡すためよ。
 今日付けでアスカのIDカードは更新されたの」


 何故、このタイミングで、しかも事前連絡もなく、アスカのIDカードだけが新しいものに更新されてしまったのか。
 ミサトさんの説明に疑問を感じた僕は、その事を尋ねようとしたのだけれど――。


「だ、だったら、早く新しいIDカードを渡しなさいよね!」


 アスカは少しでも早くこの場から立ち去りたいと思ったのだろう。
 素早くミサトさんの手から、半ば奪い取るようにカードを受け取ると、僕の手を引いてゲートをくぐったのだった。

 そんな僕たちを黙って見送るミサトさんじゃない。


「アスカ! シンジくん!
 ちょっと待ちなさい!」


 大きな声で僕らを呼び止め、直立不動の姿勢で真顔になると、その場で立ち止まり、振り返った僕らにこう言ったのだった。


「もうひとつ、業務連絡があります。
 碇シンジ、及びアスカ両名は、これより直ちに司令室へと向かうように。
 碇司令自ら命令が下ります。
 碇シンジ、及びアスカ両名は、その命令に従うように」


 何故だろう?
 ミサトさんのその言い回しに妙な違和感を覚えつつ、僕はその命令の内容についてを尋ねてみた。


「ミサトさん、父さんは僕とアスカにどんな命令をするつもりなんですか?」


 するとミサトさんは、僕のその質問を待っていたかのように笑顔を浮かべてこう答えたのだった。


「禁則事項です♪」


 ええと、どうやらミサトさんは最近ライトノベルの某作品にハマっているのだろう。
 けれど、ミサトさん――その可憐な少女のセリフを口にするのは、元ネタのキャラの年齢と比べてあまりにも違和感があるという事に気付いて欲しいのですが。

 兎にも角にも、ミサトさんからこれ以上の情報を入手する事ができないのは間違いない訳で。
 僕らは互いに首を傾げつつも、父さんが待っているという司令室へと向かったのだった。








 やたらと広すぎるその司令室に足を踏み入れたのは随分と久しぶりで。
 かつては苦手だった父さんとのコミュニケーションも、比較的良好になってきた最近ではあまり気にしなくなったものの、相変わらず父さんはと言えば、その徒広い司令室の中央に鎮座している大きな机に両肘をついて、無言のまま組んだ両手で口元を隠しながら、僕らの方を睨むように見据えている。

 その背後で苦笑いを浮かべて立ち尽くしている冬月副司令の日頃の苦労が偲ばれて、思わず頭を下げ、副司令と目と目で会話をしてしまった僕だった。


「相変わらずだね、父さん。
 ――で、早速だけど、僕らに命令っていったい何なの?」


 僕ひとりならまだしも、アスカに対して変な命令をするつもりなら、毅然とした態度で拒否しなくてはならないし。
 最初が肝心と思い、少々、きつめな口調で切り出した。

 すると、父さんはいつものように前置きもなく、要点のみを口にしたのだけれど――それは僕の想像を遙かに超えた命令だった。


「シンジ、結婚しろ」


「――へ?」


 思わず間の抜けた声を上げてしまった僕を責めないで欲しい所。
 さすがにあまりにも意表を突いた格好のその命令に、僕は数秒ほど固まってしまったのだった。


「ええと、父さん。
 この国の民法って知っているよね?
 男子は18才にならないと結婚できなくて、僕はつい昨日、16才になったばかりという年齢なんだけど。
 ついでに言えば、親子同士は結婚できないし、そもそも男同士で結婚なんて想像したくもないよ」


「――誰が親子で結婚しろ、と言ったか。
 相変わらず鈍い男だ。
 さて、それはともかく、シンジよ。
 昨夜、おまえはそこに同行している弐号機パイロットの部屋に泊まったな?」


「なっ?! なんで、父さんがそんな事を知っているの?!」


 まさかと思うけど――父さん、ストーカーのように僕たちを見張っていた訳じゃないだろうか。

 その時だった。
 僕のすぐ傍で、それまではずっと黙ったままだったアスカが思わず口を開いた。


「あっ?! まさか――」


「弐号機パイロットの方は気づいたようだな。
 そう、おまえ達は、携帯電話に内蔵されているGPS機能によって、常に居場所を監視されているのだ。
 従って、昨夜――おまえが弐号機パイロットの純潔を不埒にも奪ったという事は明々白々である。
 まさかとは思うが純な乙女をキズ物にしておいて、責任を取らぬような不心得者ではあるまいな?」


「ちょ、ちょっと、父さんっ。
 確かに僕は昨日の晩、アスカのマンションに泊まったけど――んんっんっ?!」


 身に覚えのない間違った情報はきちんと訂正しなくてはいけない。
 そう思って反論しようとしていた僕の口は、突然何かに塞がれてしまう。
 そう――アスカは、両の手の平で僕の口を素早く塞ぐと、有ろう事か、父さんの命令に同意してしまったのだった。


「大丈夫です、お義父さまっ。
 シンジは――いえ、シンジさんは優しくしてくれましたからっ。
 ええ、勿論、アタシは――いえ、私はシンジさんとの結婚に異論はありません」


 本当に日本語というものは難しいと言うか、奥が深いと言うか。
 優しくしてくれた――という表現は、取りようによっては、確かにアスカはウソをついていないように聞こえるから不思議だ。


「うむ。 愚息のことを宜しく頼む。
 ちなみに結婚式の日取りも決めておいたぞ。
 既に入籍を済ませているのだ。
 式は早い方がいいだろう」


「まぁ♪」


「――はい?」


 そう言われて、先ほど貰ったばかりのアスカのIDカードを見てみると、氏名欄にはしっかりと“碇アスカ”と表記されている。
 ううっ、だからIDカードが新しいものに変わったのか……。

 あの様子だと、ミサトさんも全て知っていたワケで――。
 道理であの時、妙な違和感がしたんだ。
 “碇シンジ、及びアスカ両名は――”って、何故、僕だけフルネームで名前を呼んだのかと思ったけれど、碇の姓は、アスカの方にも掛かっていたという事なのか。


「で、でも、父さん。
 法律はどうするつもりなの?
 僕は16才になったばかりだし、アスカは今年の12月4日を迎えるまでは15才なんだよ」


「問題ない――」


 父さん――そこは格好つける所じゃないと思うんだけど。
 こんな変人が身内になってしまう事をアスカは心配に思わないのだろうか。
 そのアスカはと言うと、両の手を顔の前で固く握りしめ、宙を見上げて、蒼いその瞳を輝かせながら何やらぶつぶつと独り言を口にし始めている。
 白い家に広い庭。大きな白い犬を飼って――とか、子供はやっぱり一姫二太郎で――とか。


 嗚呼、ひょっとしたら、アスカも父さんに負けないぐらい変人の資質を持っているのかもしれない……。







 ちなみに、今日付けで民法が改正され、結婚可能年齢が大幅に引き下げられた事を知ったのは、その日の夜の事で。
 更に言えば、『シンジの結婚式までには初号機から出てきてあげる』と、なかなかサルベージに了解しなかった母さんが、父さん達にそんな条件を付けていた事を知ったのは、もっと後になってからの事。

 現代科学の常識を超えた力を使ったのか、それともどんな奇跡が用意されていたと言うべきなのか。
 母さんは初号機からサルベージされる際、一緒に弐号機のコアの中で眠っていたアスカのお母さんまで連れて来てくれたのだった。

 そして無事に(?)結婚式を終え、新婚旅行から戻ってきた僕たちは、母さんやキョウコさんと一緒に暮らしている。

 話が違うと嘆いている父さんは、可哀相に今でも一人暮らしを強いられている。
 どうやら過去に浮気をしていた事が母さんにバレてしまったみたいで、そのオシオキを命じられているらしい。

 即日の内に法律までも改正して見せた権力を持っている父さんも、母さんにかかっては形無しという所なのだろう。

 事あるごとに「いいこと、シンジ、浮気は絶対にだめよ」――と言い聞かせてくれる母さんなのだけれど、その一方で綾波に泣き付かれ、一夫多妻制の導入を本気で考えているとかいないとか。

 勿論、そんなことを許すアスカではなくて、嫁姑戦争が始まろうとしている今日この頃だったりする。

 まだ高校1年生なのに、こんな波乱に満ちた生活をしていていいのだろうか――と思い悩む機会が増えた今日この頃。

 え? お義母さんの事を呼んだ訳じゃありませんよ。
 今日この頃って口にしただけで。
 ええ、キョウコノコト、ではなく、キョウコノゴロです。

 あ、ちょっと、お義母さん?
 “私のことはキョウコって呼んで”――って、あのっ。あううっ。
 そのっ、実年齢は別として、まるでアスカのお姉さんみたいな若々しい容姿の美女に迫られて、思わずあたふたとしてしまう。


 ええと、とりあえずウチの奥さんの恋敵リストにキョウコさんの名前が加わってしまう日も、そう遠くないのかもしれない。





- おわり -


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