『七夕の日の再会?』


by イイペーコー




 今からおよそ6年前。
 全ての戦いが終わり、サードインパクトの脅威を回避された事が全世界に伝えられた後、セカンドチルドレンの保有権を強固に主張したドイツ支部の差し金によって、半ば強引に帰国させられてしまったアタシだった。

 それは世界を救った英雄のひとり――という扱いには程遠く、最後の決戦で負傷して入院している状態のまま強制送還に近い有様で帰国させられ、意識が戻った時にはハンブルクのとある病院のベッドの上だった。

 勿論、その非道な扱いに声を荒げて抗議したものの、後ろ盾のない14才の少女ひとりの発言など誰もまともに取り合ってくれる筈もなく、ミサト達がどのような形でアタシの帰国を容認したのか、その詳しい事情も全く教えて貰えず、形ばかりのドイツ支部勤務を命じられてしまった次第。

 その頃、パワーバランスの問題からネルフ本部に戦力が集中し過ぎていた事が槍玉に挙がっていたみたいで、各支部を代表するようにドイツ支部がネルフ本部と相対する格好で、同じ組織でありながら、敵対関係に近い有様にあった当時の状況下では、アタシが密かにネルフ本部のスタッフと情報を交わし合うことなど不可能だった。

 その後、4年という月日を経て、冷戦状態に近かった本部対ドイツ支部の構図も一区切りがついて、一応の和解となって――。
 更にはその頃になると、高い維持費が問題になっていたエヴァ各機は全て凍結されてしまい、そうなるとその適格者として否応なくドイツ支部に在籍させられ続けていたセカンドチルドレンに対しても厄介払いが命じられたみたいで、随分と高額な退職金を貰って、アタシは晴れてネルフと縁を切る事が出来た。

 その後は取り立てて何かをしてみようという気持ちが起こらず、元セカンドチルドレンという肩書を看板にしたがった大手の民間企業からオファーは幾つかあったものの、それらを全て断り、アタシはひとり片田舎の町外れに小さな家を購入し、そこへ移り住んだのだった。

 幸いにも幼い頃から適格者として従事してきた危険手当を含む収入や予想外に高額だった退職金のおかげで、この先、20年や30年は働かなくとも楽に生活できる程の貯えがあり、おかげでアタシは自分を見つめ直す時間を持つことが出来ていた。

 幼い頃から選ばれし適格者として、厳しい訓練やテストを繰り返し、その一方で勉学においても十代の前半で最高学府を卒業するなど、それはもう今になって振り返れば、息つく暇もない程に密度の濃い時間を過ごしてきたと思う。

 おかげでアタシは人並みの少女が味わうような年相応の経験を殆どと言っていい程に思い出として刻む事が出来なかった。

 まあ、あえて“全く”ではなく“殆ど”と評したのは、短いながらも思春期と呼んでも違和感はない、ひとりの少女として過ごす事が出来た時期があったからだ。
 それが並行して使徒との戦いの真っ只中の時期であった事は、皮肉と言うべきか、それとも運命の悪戯だったと言うべきか。


「そうか、もう七夕の時期なのね」


 七夕という日本古来の風習(本当は中国からの伝承らしい)の事を思い出したのは、久方ぶりに自宅の整理整頓を始めて、日本に居た頃の懐かしい品々が詰まった箱を見つけてしまった為だ。
 その箱の中の奥底にひっそりと隠れるように仕舞われていたのは、1枚の短冊だった。

 アタシのイメージカラーと言える赤色ではなく、どちらかと言えば“彼”の方を連想する青色の短冊を使ったのは、当時どんな意図があったのか。
 当の本人であるアタシが選んだものなのに、記憶がはっきりとしていなくて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 しかし、選んだ短冊の色の意図は忘れてしまっていても、その短冊に書かれてある当時のアタシの切なる願いについては覚えていた。
 ――いや、忘れられる筈は無かったと言うべきか。


“ずっと、シンジと一緒に居ることができますように”


 人は、それが叶わないと判っているからこそ、願ってしまう生き物なのかもしれない。
 この短冊を眺めている内に、その当時の思い出が段々と蘇ってくる。

 ミサトの発案で始めた七夕のお祭り。
 どこから探してきたのか笹竹まで準備してくれていて。
 願い事を短冊に書いて笹の葉に飾るという幼稚なイベントに、アタシは勿論、シンジもまたどこか照れもあって苦笑いを浮かべた記憶がある。

 今にして思えば、幼少期に子供らしい行事に参加した事のなかったアタシやシンジに対するミサトなりの心配りだったのだと思う。
 あの晩、妙にはしゃぎ過ぎていつもより酒量が進んでしまったミサトは早々に眠ってしまって――。
 それでも飾られた短冊の大半はミサトの願い事ばかり。
 一生分の缶ビールが懸賞で当たりますように――とか、どれだけ飲んでも体型を維持できますように――とか。
 大半はお酒に関する願いごとだったような気がする。

 そんな彼女に背中を押されて、シンジもいくつか願い事を書いた短冊を飾っていたのだけれど、どれも当たり障りのないものばかりだったように覚えている。
 勿論、アスカの“ア”の字も短冊には書かれていなくて、ちょっとだけ淋しい思いをしたものだ。

 もっとも、表向きはアタシも似たようなもので。
 そんなシンジに当て付けるように“加持さんとラブラブになれますように”――などと書いてしまったアタシだった。

 けれど、アタシの本当の願い事はミサトに続いてシンジも寝静まってから、それを書き記した短冊をひっそりと笹の葉に飾った。

 7月7日の夜が更けていって、日付が変わってしまうその直前に。

“ずっと、シンジと一緒に居ることができますように”

 ――その願い事が書かれた短冊を、アタシはベランダに座って静かに見つめた。
 静かに風が流れ、笹の葉が僅かに揺れて。
 頼りなく不安定なようにふれ動く短冊が、まるでアタシ達の将来を象徴しているような気がして、不安な思いを感じたアタシだった。

 そして時計の長針と短針が重なって日付が変わった頃。
 誰にも見せなかったその短冊を静かに外して、その日の日記のページに挟んだ。

 その思い出深い短冊を今になって、しかも7月7日が差し迫ったこの時期に見つけるなんて、どんな巡り合わせなのだろう。

 少女時代の思い出を肴にして、ひとり淋しく夜空を見ながら、月見酒ならぬ星見酒でもするようにと天の神様が言っているのかしら。
 織姫と彦星には、年に一度だけとはいえ、再会する事を認めているクセに。

 そんな思考を巡らせてしまった所で、アタシは深いため息をつきながら、苦笑いを浮かべた。

 我ながら、情けない。
 20才になった今でも、アタシはアイツのことが――そう、碇シンジのことが忘れられないのだ。

 出会った時は冴えない奴だという印象しかなかった筈なのに。
 いつの間にアイツは、アタシの心の奥深くに刻まれてしまう程に大きな存在になってしまったのだろう。

 ドイツに強制帰国させられて、以降、約4年間は連絡を取る術すらなくて。
 ようやく自由の身になれた2年前に、一度はシンジと連絡を取ろうとした事はあった。
 けれど、その当時、既にアタシは18才。
 つまり、シンジだって18才になっているというワケで、少年期を過ぎ、青年期に足を踏み入れている彼が、恋人もなく独り身でいるとは思えなかったのだ。
 まして、14才当時の頃、アタシとシンジは取り立てて恋仲になった訳でもなければ、想いを伝えた事すらなかった。
 ひょっとすると、既にアタシの事なんて全く記憶に残っていない状態になっている事だってありえるワケで。

 せめて、ヒカリと連絡を取る手段でもあれば、その事を確認する術はあったものの、彼女の当時のメールアドレスが登録されていた携帯電話やパソコンなどは強制帰国の際にネルフ本部に没収されてしまっていたし、あれから洞木家の住所は変わってしまっていたようで、一度だけ送ってみたエアメールも彼女のもとへは届かなかった。

 そんな状況でひょっこりと再来日し、シンジの前に顔を出して、遅くなりすぎてしまった告白をする前に、今、付き合っている彼女とかを紹介されてしまったら、アタシは冷静に振る舞う事なんて出来ないだろう。

 我ながらネガティブな性格だと思う。
 こんな所もアタシとシンジはよく似ていると言えるのだろう。
 周囲からは、表面的には似ても似つかぬ性格のように思われているのかもしれないけれど、様々な面でアタシとシンジは似ている部分が多い。
 だからこそ、気がつかない内に惹かれてしまったのかもしれないが――。

 そして、離れ離れになって既に6年。
 お互いに20才になってしまっている事実は覆ることなど決してあり得ない。
 下手すると、シンジのヤツは、どこかの性悪な女に捕まっていて既に結婚してしまっているかもしれない。

 もう取り返しのつかない年月が過ぎてしまっているのだ。
 “ずっと、シンジと――”と書かれてある短冊を手にして、アタシは宙を見上げつつ、首を左右に振った。

 いい加減に、そろそろ少女期の恋に区切りをつけなくては。


 そんな時だった。
 心地良い風と共に1羽の鳥が部屋の中へと飛び込んできたのだった。
 窓を開けっ放しにしていた為――と言えるのだろうが、一般的な常識ならそんな心配などする必要はない。
 何故、こんな民家の中に野鳥が?――とアタシは思わず小首を傾げていた。

 部屋の中に飛び込んできたその鳥は、天井の辺りをぐるぐると弧を描くように暫く旋回していたのだけれど、まるでその仕草はアタシを誘っているように感じてしまう。
 いつまでこんな部屋に閉じ籠っているのか――と。
 一緒に外へ出ようと言っているつもりなのか、我が家に迷い込んだその鳥は、ひとしきり部屋の中を飛び回った後、静かに窓辺へと降りて羽を休めた。
 うっかり迷い込んだと言うなら、折角、窓の傍へと辿り着いたのだから、そのまま外へと飛び立っていけば良い筈なのに、その鳥は何故か窓辺で羽を休めたまま、動こうとしない。
 あげくには首を動かして、ちらちらと時折こちらの様子を窺っているようにすら思えたのだ。

 肩羽のあたりと腹のあたりが白い他は全体的に黒っぽい色合いのこの鳥の名をアタシは懸命に思い出そうとしていた。

 普段見掛けない鳥だけれど、アタシはこの鳥を見たことがある。
 それは、いつ、どこで、だったのだろうか。


「あっ、まさか――この鳥って?!」


 話としては出来過ぎのような気がしてきた。
 こんな時は必要以上に優秀すぎる自分の記憶力を恨んでしまう。

 そう、思い出したのだ。
 ミサトから七夕の言い伝えを教わったときに、その日の夜、インターネットで調べたとある鳥の事を。
 天帝の怒りに触れた織姫と彦星。
 その二人が年に一度だけ再会を許され、かささぎの橋が二人を引き合わせる役目を果たす。
 そう、今、アタシの目の前にいる鳥は、カササギだと思う。
 当時、ネット上で見た写真ととても酷似している。

 繰り返そう。
 あまりにも出来過ぎた話だ。

 七夕を目前に控えた今になって、アタシは6年前に書いた短冊を見つけ――その当時の事を思い出していた時に、今度はカササギが我が家に舞い込んでくるなんて。

 天帝――つまり神様は、今頃になって、運命の歯車を回そうとしているのだろうか。

 これは只の偶然が重なっただけ。
 きっと、そう。

 けれど――たまには、偶然に翻弄されてもいいのではないだろうか。
 仮に道化師のように笑われるだけの展開が待っていたとしても構わない。

 そう、これは、運命なのかもしれないのだから。


 そんな考えを導いた後のアタシはかつての自分を取り戻したように素早い行動を示していた。
 カレンダーをチェックして、日本との時差も考慮して。

 そう、まだ間に合う。
 今からすぐに出発すれば、七夕の日――7月7日に日本の地に降り立つ事は出来ると思う。

 善は急げ――というのも日本の諺だっただろうか。
 思わず、アタシは苦笑いを浮かべていた。
 日本人の血は4分の1しか流れていないアタシだけど、あの短くも充実していた日々の中で、すっかりと日本人としての思考が定着してしまっていたのだ。

 もうアタシは迷わなかった。
 猪突猛進でぶち当たってしまえばいい。
 けれど、壁に当たったとしても、砕けてなるものか。

 兎にも角にも、今はただ、日本へ!


 気分はすっかり、カササギにエスコートされる織姫様だ。


 一言、あの鳥に――そう、カササギに礼を言おうと思ったのだけれど、いつの間にか既に飛び立った後のようで、窓辺にその姿はなかった。


「ありがとう、アタシ、頑張ってくる」


 既に夕闇が近づいている空を見上げながら、そう口にした後、アタシは愛車に乗り込み、一路、空港へと向かったのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 思えば、真っ当に税関を通って海外へと出向くのは、物心がついてからは初めてだったように思う。
 前回、この国の地を踏んだ時は、アメリカ海軍の空母に乗ってやってきたんだっけ。
 確かその空母の名前は、オーバー・ザ・レインボー。
 1回目は虹の橋を超えてやってきたという事になるのだろう。
 そして2回目はカササギの橋を渡って、彦星に会いに来た織姫様の気分。
 まあ、実際には勿論国際便の飛行機でやってきたのだけれど――それはともかく。

 第三新東京市の国際空港の到着便用のゲートを潜り、税関の担当者には観光目的の来日である事を流暢な日本語で伝えて、ちょっぴり驚かせた。
 見た目には西欧系の外国人という印象で――実際に国籍はアメリカ人だし、その上、パスポートの渡航履歴だけを見れば初来日という設定なのだ。
 そんな外国人が実に自然な口調で日本語を口にしたのだから、驚くのも無理はないだろう。

 まあ、そんな税関担当者の反応も今回だけにさせてしまうつもりだ。
 シンジと結婚して碇アスカという生粋の日本民族的な名前に改名すれば、日本語を喋っても驚いたりはしないだろうから。

 その為にも、まずはシンジと会う事が先決よね。
 再会してしまえば、コッチのもの。
 美貌はあの頃より更に磨きが掛かったと思うし、当時よりは背も伸びたし、女性らしいボディラインもそれなりに(いや、かなり)充実したのではないかと自己分析。
 うん、きっと、あの鈍感大魔王も、思わず見とれてしまう――筈。

 この際、アイツに彼女が居ようが居まいが関係なし!
 速効で陥落させて、将来を誓わせて見せるんだから!

 さて――そう誓ったものの、はたしてシンジはこの6年間でどんな風に変わったのだろうか。
 まあ、間違っても見ため的に格好良く成長を遂げている事はありえないだろう。
 どこか線が細くて頼りない軟弱そうな大学生――と言った所だろうか。
 そんな風に“碇シンジ20才の図”を思い浮かべると、あまりにも三枚目的なその想像図についつい苦笑いを浮かべてしまう。
 なんで、アタシはこんな男に惚れてしまったのだろうか――と。
 外見に惹かれた訳ではないけれど、あの当時のシンジは、大人しくて頼りなくて母性本能をくすぐられるタイプではあったものの、それはまた別として、一応は美少年というカテゴリーに入れても良いぐらいの容姿だった。
 それでも――そう、何がどう転んでも、アイツが美形の青年に成長を遂げている図は想像できなかった。

 まあ、見てくれが悪く育ってくれていた方が彼女のいない確率も高まるだろうという希望的観測も含まれてはいるのだが。

 そんな時だった。
 入出国者でごった返している空港ロビーでぼんやりと佇んでいたアタシも悪かったとは思うのだけれど、唐突に他の通行人と肩がぶつかってしまい、アタシは咄嗟にドイツ語で声を荒げて怒鳴ってしまっていた。


「ご、ごめんなさい」


 スラリとした長身のその男性は、慌てながらそう口にしつつ、ぺこりとその頭を下げた。
 はて?――この男、どこかで見たことがあるような。
 横顔がチラリとしか目に映らなかったものの、かなり整った顔立ちである事はすぐに分かった。
 男のくせに長く伸ばした髪をポニーテールのように括り、あまり似合っているようには思えないサングラスを掛けている。
 記憶の奥底を辿ろうとするものの、目当てのジグゾーパズルのピースが見つからないような感じで、すぐに思い出す事はできそうになかった。

 そうこうしている内に、その男は「急ぐものですから、これで失礼します」――と、口にすると、そそくさと出国ゲートの方へと向かって行った。
 どうやら出発便の時刻ぎりぎりという所なのだろう。
 困ったヤツね。あんな旅行者が飛行機の出発を遅らせる原因になるのよ。
 ――と、アタシ自身もここに来る前に、出発時刻の間際に空港に到着して、猛ダッシュで空港内を駆け抜けてきたのだが、それはまあとりあえず、そこらの棚の上に高々と上げておこう。

 さて、それはともかく、まずはネルフ本部へと向かってみるか。
 もはや関係者ではないアタシは、その中へと入ることはできないけれど、受付でミサトを呼びだそう。
 ミサトなら、シンジがどこに住んでいるのか知っているだろうし。

 そんな風に当面の作戦を思い浮かべながら、空港内のフロアをタクシー乗り場に向かって歩いていたその時だった。


「アスカ?! アスカなの?!」


 凛とした懐かしいその声の響きを耳にして、アタシは思わずその場で立ち止まり、声の上がった方へと視線を向けた。
 すると、そこに立っていたのは可憐な雰囲気を醸し出している細身の女性と、むさ苦しそうな黒いジャージ姿の男だった。

 当時の彼女のトレードマークでもあった三つ編みではなく、腰まで届きそうなストレートの髪型ではあったが、アタシにとって唯ひとりの親友だった彼女を見間違える筈はなかった。


「ヒカリ!」


 彼女の名を口にしながら、アタシは彼女のもとへと走り出していた。
 そしてヒカリもまた笑顔でアタシの方へと駆けてくれて――。
 ああ、なんて凄い偶然なのだろう。
 こんな大勢の人達が行き交う空港で、ヒカリと再会できるなんて!
 これはもう奇跡と言ってもいいのだろう。


「久しぶり! 元気にしてた?」


「うん、アスカも元気そうでなによりね!」


 手を取り合って再会を喜び合うアタシ達だったのだが――。
 最高の気分に浸っているアタシ達の空気を乱す奴が約1名。


「惣流、なんで、おまえこんな所におるんや……」


 ええと、なんて名前だったっけ?
 三馬鹿のひとりのジャージ男っていう印象だけは色濃く記憶しているんだけど――そもそも、その年になってまだジャージを愛用しているなんて、かなり異常だと思うわ。

 ――とはいえ、こうしてヒカリと一緒にここに居るという事は、この2人は中学時代からの腐れ縁が今も続いているという事なのだろう。
 とってもいい娘なのに、正直、男の趣味だけはあまり良いとは言えないと思うわ。
 画竜点睛を欠くとはまさにこの事だろう。
 それにしても親友同士の再会にケチをつけるなんて、全くどういうつもりなのかしら?
 ――と、不満の意をたっぷり込めて、ジャージ男を睨みつけていると、ヒカリまでも素っ頓狂な声を上げたのだった。


「そ、そうだわ! ねえ、アスカ!
 どうしてよりによって、今日この日にやってきたの?!」


「どうして――って、その」


 アタシはつい恥ずかしくなって思わず口籠ってしまった。
 6年も音信不通だったというのにシンジに会いに来たなどと言い辛かったのだ。
 けれど、シンジの居場所を知らないアタシにとって、ヒカリ達の存在は貴重な情報源と言えよう。
 特にこのジャージ男の方は、シンジの友達だったワケだし。
 それに今でもシンジと親しい付き合いをしているのかもしれない。
 そう考えたアタシは、正直に再来日した理由を説明し始めたのだった。


「実はその――シンジに会いにきたの。
 6年も連絡を取って無かったし、今更だって言うことは判っているんだけどさ」


 アタシがそう告げると、なにやらヒカリもジャージ男も目を丸くして口をぽかんと開けて驚きを隠そうとしない。
 はて? 確かに恥ずかしい事は口にしたつもりだけど、何故、こんな風に二人は驚いているのだろう。

 どう説明すれば良いのか戸惑っている様子のヒカリを余所に、ぽつりとジャージ男はこう呟いたのだった。


「やっぱり、おまえらは似た者夫婦やのう」


「はぁ?」


 間の抜けた声を思わず上げてしまったアタシに対して説明が必要だと考えたのだろう。
 ヒカリは何とも困ったような表情を覗かせながら口を開いた。


「あのね、アスカ。驚かないで聞いてね。
 実は碇くんなんだけど――」


「シンジがどうかしたの?!」


 何かアイツの身に起きたのだろうか。
 不安が過ったアタシはヒカリの説明を遮ってしまい、更に大きな声を上げてしまったのだった。


「シンジはどこに居るの?!
 今からすぐに会いに行くから!」


 そんな主張を見せたアタシに、ヒカリは更に困ってしまったのか、頭を抱えてしまった。
 そして彼女に代わって状況を代弁するように口を開いたジャージ男はこう言ったのだ。


「会いに行くのは別にかまへんが、今すぐはムリやな。
 ほれ、ちょうど今、飛ぼうとしているあの飛行機。
 シンジはたぶんあの飛行機の中やで」


 ジャージ男が指さした先は、空港フロアの大きな窓の外。
 そこには今まさに離陸しようとしている飛行機の姿があって――。



「はぁ――?!」




 事情を聞くと、二人はシンジを見送りにここまで来たのだと言う。
 しかもその行先と言うのが――。


「なんですって!? あのバカ、ドイツに向かったの?!」


 何を思い巡らせたのか、史上最大おたんこなす決定の碇シンジは、七夕の日に合わせてアタシに会いに行くと突然言い出して、単身ドイツへ向かったという。
 アタシの家の住所なんて知らないクセにどうやって探す気なのやら。
 人の事は言えた義理ではないけれど、あまりの無計画ぶりに頭が痛くなってくる。

 兎にも角にも、シンジの携帯電話のメールアドレスをジャージ男から聞き出して、すかさずメールを送信。


『このバカシンジ! 空港に着いたら、そこから一歩も歩くな!』――と。


 海外でも使える機種らしいから、飛行中は無理でも現地に着いたならば、このメールを否応なく目にするだろう。
 その時のシンジの驚く様子を見る事ができないのは、ちょっと残念かも。

 それにしても、シンジの奴。よりによってアタシと入れ違いでドイツに向かってしまうとは。
 同じタイミングで同じことを考えてしまうなんて、これはあの当時のユニゾン特訓の副作用なのだろうか。
 それともこのジャージ男が言うように似た者同士と言うことなのか。

 いずれにしても、これでアタシのとるべき行動は決まった。
 二度目の来日の滞在時間は記録的に短いものになってしまうだろう。

 折角、ヒカリと再会できたものの、あのバカを異国の地でひとりにして放っておくことなんて出来はしないし。

 ヒカリと互いに連絡先を教え合った後、アタシはフランクフルト空港へと向かうべく出発便のロビーに居た。

 そこへヒカリから早速メールが届いた。
 シンジの最近の写真画像を添付して送ってくれたのだ。
 この辺の気配りは相変わらずきめ細かいという所だろう。

 さて――シンジのヤツ、どんな三枚目キャラになっているのやら。
 ヒカリの話だと、周囲にはまったく女っ気が無かったというし、見るも無残な姿に変貌を遂げているのかもしれない。

 そんな想像を浮かべつつ、送られてきた画像をチェックしてみたアタシの目に映ったのは――。


「ああっ!? この男はっ――!?」


 忘れる筈もない……。
 つい2時間ほど前に、この空港内でアタシとぶつかった長身長髪の男。
 ちらりと横顔しか見なかったけれど、あの美形の男がシンジだと言うの?


 ――というコトは。
 アタシってば、ついさっきシンジと再会していたと言うの?!


 なんだか本当に頭が痛くなってきた……。
 縁があるんだか無いんだか。
 七夕の日に奇跡的な再会を果たしていたのに、そのままスルーしてしまっていたとは。


 こうして、ドイツでアイツと再会した後に、真っ先にやるべき事が決まった。
 大きな国際空港だから理髪店もあった筈。
 そう、まずはアイツの長く伸びた髪をバッサリと切ってやるのだ。
 アイツに加持さんの真似事は似合わないのだから。

 そして二番目にやるべき事も決まっている。

 そう――アタシを奥さんにすると約束させる。
 それまでは日本に返さないんだから。
 絶対にね。





- おわり -


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