
『騎士王の新たな戦い』 〜その1〜 by イイペーコー |
「……聖杯を破壊します。それが、私の役割です」 どれ程に――そう、とても一言や二言では表現できないぐらいに苦渋に満ちた選択だった。 何が、あらゆる願いを叶える万能の杯――だろう。 悪しき権化であるというその事実を知りえた以上、その聖杯を得て、私の願いを叶えるなどという選択はとうに切り捨てている。 なのに何故私は聖杯を破壊するという選択肢を選ぶ事に断腸の思いを感じる程に躊躇してしまうのか。 我ながら情けない。 そんな恥ずかしい胸の内を彼に――シロウに気付かれないようにする為に、私は彼に背を向けたまま、頭上に位置する聖杯を睨み据え――意識して凛とした声を上げた。 「マスター、命令を。貴方の命がなければ、アレは破壊できない」 サーヴァントにとって聖杯戦争における大半の魔力の供給源と言える聖杯を破壊するという事は、現世との別離と同義であって。 前回の聖杯戦争の時も、たとえ我が意ではなくても聖杯を両断した経験のある私なら、否応無しに結果は分かる。 そう――聖杯の消滅と共に、私はシロウとの別離に直面してしまうのだ。 王としての残された責務を全うし、命が潰える運命が待っているとしても、その事自体に悔いはない。 悔いが残るのは、我がマスターの生涯を見届ける事が出来ないという事。 自らを厳しく律して常に自身よりも他者を優先する不器用な彼――その度合いは常軌を逸する程に偏重していて。 あげくには、一介の人の身でありながら、時にはその身を盾として、サーヴァントである私を守ろうとした彼。 その理解できぬ言動に私はいつも悩まされていた。 けれど今では、シロウのそのひとつひとつの行動や言葉を思い出す度に胸が熱くなり、動悸が治まらなくなる。 私は彼の温かい優しさに触れすぎてしまったのか。 もはやこれは病気と言っても過言ではないのかもしれない。 おかわりを欲した私に満面の笑みを浮かべて、お茶碗に大盛りのご飯を装ってくれた彼の姿が脳裏に浮かんでしまう。 ああ、せめて最後にもう一度、彼の手料理を食したかった。 シロウの愛情の篭った手料理をお腹一杯に堪能したかった。 むう。やはりこれは後悔しているという事なのでしょうか。 なぜか勝ち誇るようにシロウの手料理を食べている凛や桜の姿が脳裏に過ぎってしまいます。 これは雑念を大いに含んだ想像だと言う事は分かってはいるのですが――あながち間違った予測ではないでしょう。 聖杯戦争を終えて、平穏な日々が訪れれば、心温かいシロウの元に皆が集まるようになるのは必然。 賑やかな団欒を囲みながら、常に微塵も手を抜かない彼の手料理を皆で味わう事になるのでしょう。 はっ!? それだけではありませんっ! 今、この瞬間は、異性に対するシロウの愛情は私ひとりに注がれている。 それは慢心ではなく――そして深く結ばれ合い肌と肌を重ね合った秘め事を思い出すまでも無く――って、思わず思い出してしまいました。 ああ、シロウは猛々しく――そして温かかった――。 思わず頬が火照ってしまいます。 ――そ、そうではなく! そうっ、慢心ではなく、私はシロウの真っ直ぐで一途な愛情を感じているのです。 ええ、研ぎ澄まされた感覚を有するサーヴァントであるこの身でひしひしと体感しているのですから間違いありません。はい。 けれど、未来永劫に渡ってシロウの愛情が私に対してのみ注がれ続けられるのかと問われたならば――悔しいものですが、否と答えねばなりません。 私はもう間もなく聖杯の消滅と共にこの世から消え去る身。 一方、心身共に健康な男子であり、多少ぶっきらぼうな面があったとしても、心優しく温かな包容力を有するシロウの事です。 見る目のある女性なら彼を放っておく事はしないでしょう。 例えば、凛、そして桜も。 私の目から見ても2人はとても魅力的ですし、なによりシロウのすぐ傍に居て彼を支える事が出来るという強みがあります。 イリヤスフィールとて油断はできません。 あどけない表情を覗かせながらも、時折シロウを見つめるその視線は意中の君を見るような熱っぽいものであったように覚えています。 シロウは我がマスターとして誇りに思える程に、清々しい心の持ち主であり、精進を絶やさぬ前向きな人柄ではあるものの、誰に対しても優しいという諸刃の剣を有している上に、押しに弱いという欠点もある。 彼女達が執拗に迫り続けたならば、色恋沙汰には鈍感なシロウとはいえ、陥落してしまう可能性は否定できません。 ――という事は。 『士郎の事は全て任せておいて――私がコイツをハッピーにしてあげるから♪』 『私、先輩の為ならどんな色にも染まっちゃいます――おおむね、幸せな桜色が良かったりするんじゃないかなと思ったりしますけど♪』 『私がシロウのコトを一番分かってるんだよっ。 手取り足取り、ホントは子供じゃないってコトをイロイロと教えてあげるね♪』 ――むむっ。なにやら背筋が寒くなるような嫌な予感がします。 直感スキルの高い私がそう感じているのです――そう、私が現世を去った後、間違いなくシロウは大いなる危機を迎えてしまう事でしょう。 彼の剣となり盾となり、敵を討ち、彼の身を守るという私の誓いはこんなにも易々と潰えてしまうのでしょうか。 そしてシロウの操は、凛や桜やイリヤスフィール達の魔の手に堕ちてしまうと言うのでしょうか。 いいえ、そんな事を許して良い訳はありませんっ! シロウの御身の為に。 彼が天命を全うして天国へ旅立つ日が来るまで。 ええ、そうですとも。 彼の生涯の全てを心身共に守り切る事こそ、サーヴァントとしての責務に間違いありません。 どの道、元の世界に早く帰った所で、私自身も命潰えるその瞬間を迎えるだけの事なのですし。 それならば、シロウの傍に仕えて彼の生涯を見届けてから戻ったとしても、何の問題もないではありませんか。 しっ、しかも、それだけではありませんっ。 彼が天命を全うした後に、私も元の世界に戻り黄泉の道へと向かう事になれば、再び天国でシロウと出会える事が出来るかもしれないではありませんか! 何と言いましても、私とシロウは剣と鞘の関係なのです。 ひとかたならぬ縁(のある私達です。 きっと天界でも固く結ばれるに違いありませんね! そうと決まれば、私の真の責務を果たすのみです。 たとえ相手が凛であれ、桜であれ、イリヤスフィールであれ、ついでに大河であれ――シロウの御身を守り続けるのみです。 「――セイバー。その責務を、果たしてくれ」 心得ましたっ! ええ、勿論心得ましたとも! 私の剣に誓って、その責務を果たして見せましょうっ! ――む? これはどうした事でしょう? 身体が止まりませんっ! 私は既に我が宝具であるエクスカリバーを構えているのですよ? これをこのまま振り下ろせば、聖杯は両断されて消滅してしまう事でしょう。 でも、そのような事をしてしまったら、私はシロウの傍から離れて元の世界へと戻ってしまいます。 強大な魔力の供給もなしに現世に留まる事はできないのですから。 「約束された(――」 わわわっ、私はいったい何をしようとしているのですか?! 駄目です。駄目だと言っているのです。 聖杯を今、両断してしまったら、シロウの御身を守り続けるという責務を果たす事が出来なくなると言うのに! ああ、それなのに、私の口はなおも開いてその言葉を言い切ってしまいそうなのです。 そして身構えていた聖剣を――。 「――勝利の剣っ(!」 やって――しまいました。 眩い程の閃光が宙を斬り、その光の線に両断され、聖杯は跡形もなく消滅してしまいました。 何もかも吹き飛んだ山頂は、真っ平らな荒野に変わってしまっています。 もはや、これまで――という事でしょう。 シロウが天命を全うするまで添い遂げるという私の願いは潰えました。 ささやかで儚い夢でした。 果たして、あとどれぐらいの間、現世に留まる事が出来るのでしょうか。 いずれにしても、あと僅かな時間に過ぎない事でしょう。 覚悟を決めて、ゆっくりと振り返り、私の愛しい人――シロウの姿を見つめました。 せめてその姿を瞼に焼き付けたいと願うように。 朝日が昇り、止んでいた風が立ち始めました。 その陽の光と心地良い風を背に受けて、まるで黄金の野原に立っているような錯覚を感じながら、私は口を開きました。 「最後に、ひとつだけ伝えないと」 ええ、これだけはきちんと言葉にして伝えたい。 いつかはシロウの記憶が薄れて、私の声も私の仕草も忘れていく。 それでも――こんな事があったと。 そして、私がこれから口にする事だけは、ずっとずっと覚えていて貰えるように。 「……ああ、どんな?」 この言葉がきっと耳にする事のできる最後のシロウの声なのでしょう。 その事実を前にして、離れたくない、ずっとシロウの傍にいたいという思いが脳裏をよぎり、淋しく、そして辛い気持ちで胸が一杯になってしまいます。 それでも、この言葉だけはきちんと伝えないと。 胸を張り、凛とした声で、心からの思いを込めて。 「シロウ―――貴方を、愛している」 言えた。 きちんと言えました。 淋しいです。 辛いです。 ずっとシロウの傍にいて、彼の生涯を共に歩みたい。 毎日、彼の作った美味しい手料理を食べていたい。 けれど、それはもう叶わぬ夢。 もうそろそろ、私は一陣の風と共に現世から消え去って行く――――――筈なのですが。 何故でしょう? 消え去るどころか、全身にみなぎる様な魔力の高まりを感じます。 サーヴァントであるこの身は、こうして活動しているだけでも魔力を消費してしまいます。 しかし、その消費していく魔力よりも、身体の奥底から湧き上がるように満ちていく魔力を感じているのです。 このような感覚は初めてで――私は内心かなり戸惑っていた。 もっとも、シロウの手前です――最後の最後でうろたえる姿を見せたくないという気持ちで、その動揺ぶりは表に見せないように努めていましたが。 そんな身体の変調に気を取られていた為に、私は迂闊にもシロウが傍に歩み寄って来ていた事に全く気付きませんでした。 そう――気が付くと、既に彼は私の目の前に立っていて、正面から真っ直ぐにシロウは私の目を見つめながら、おもむろに口を開いたのです。 「セイバー……俺も君に伝えたい事がある。 ――本当は、こんな事を言ってしまうのは、かえって君の誇りや王としての誓いを台無しにしてしまうと思っていたから黙っていようと思っていた。 我慢して、この言葉は俺の心の中にそっと仕舞っておこうと思っていた。 けれど――そんな風に君に言われたら、情けないけど俺のちっぽけな決意なんて、何の意味も無かったように思えてしまう」 「そんな――シロウ。あなたの決意がちっぽけだなどと卑下しないで頂きたい。 貴方に最後の令呪を使わせてしまった今では、既にマスターとサーヴァントの関係では無くなってしまっているのかもしれません。 しかし、令呪など無くても、私にとって貴方は胸を張って誇れる立派なマスターです。 ですから、そのような事を――」 「セイバー、いいから聞いてくれ。 このままこの言葉を告げずに君を行かせてしまったら、俺は一生後悔してしまう」 ああ、なんてシロウは澄んだ瞳をしているのでしょう。 清らかで真っ直ぐな心をそのまま映し出しているような彼の瞳に捉えられて私は身動きが出来なくなり、彼に従って大人しくその言葉を聞きますという意を込めて黙って頷いて見せました。 するとシロウは逞しいその両の手で私の肩を掴み――おそらくはそんな言葉を口にした事は今まで無かったのでしょう。 かなり力んでしまっているのか、私の肩を掴むその手にちょっと力を込め過ぎで――私が普通の女の子であれば、苦痛に顔を歪めてしまうぐらいに身体を強張らせながら、それでも真っ直ぐに私の目を見ているその視線は決して逸らさずに言葉を繋ぎました。 「セイバー……俺は君の事を心から愛している。 本当は君を放したく――ない。 それが叶わぬ夢だと分かっていてもさ。 そして我が侭だと言う事は分かっている。 けれど、俺のその本心だけはセイバーに伝えておきたいと思ったんだ」 「シロウ――」 ああ――私はシロウのサーヴァントになれて本当に良かった。 そして、彼を好きになる事が出来て本当に良かった。 シロウの生涯を見守る事ができないのは辛く淋しい限りですが、これ程に彼と絆を固く紡ぐ事が出来たのです。 もう悔いはありません。 「セイバー……最後にもうひとつお願いしてもいいかな?」 「なんなりと」 シロウの願いならば出来る限り叶えたい。 私に出来る事なら――例えば、この身を差し出せと言われても、私は迷う事無く頷く事でしょう。 「最後にあの言葉を言って欲しいんだ。 土蔵の中で初めて君と出会った時に言ってくれたあの言葉を」 シロウと初めて出会った時のあの言葉……。 そうですね。 確かに今となっては私にとっても印象深い言葉です。 もっとも、あの時は契約を確認する為の半ば機械的な問いかけに過ぎなかった。 けれど、今は違う。 溢れてしまいそうな彼への想いを必死に留めながら、シロウと私の絆を確認し合ったあの言葉を――万感の思いを篭めながら口にした。 「――問おう。貴方が、私のマスターか」 すると、シロウは――思わずあの時の光景を思い出してくれたのだろう。 目尻に浮かんだ涙を手で拭いとり、泣き出してしまいそうな面持ちを必死に堪えて笑顔を作り――そして彼もまた思いを篭めるようにこう答えてくれたのだった。 「ああ――俺が君のマスターだ。 そして、君は俺にとってただひとりの心から愛しいパートナーだ」 言い終えるとシロウは私をその手で抱き締めてくれました……。 細身の私の身体はすっぽりと彼の腕の中に収められて――包み込むような彼の温かさをひしひしと感じます。 これはシロウの体温? いいえ、それだけではないでしょう。 ――そう、この温かさはシロウの魔力。 聖杯戦争のさなかでは肌を重ねる事でしか得られる事のできなかった彼の魔力の温もりを感じます。 なぜでしょう? 戦いの中にあった頃はどんなに欲しても彼からの魔力を通常の手段では得る事が出来なかったというのに。 全てが終わった今になって、脈々と彼の魔力が私の中へ流れ始めた感覚を感じるようになるとは。 しかし、そのような些細な疑問など、今の私達にとってはどうでもいい事でしょう。 この僅かな幸せのひとときが終われば、別離の時が待っているのです。 シロウの胸板の心地良さを決して忘れぬように、今はこの温もりに浸る事に専念すべきでしょう。 では、失礼して。 頬を何度も何度もすりすりとシロウの胸板に擦り寄せます――ああ、なんて包容力を感じさせるのでしょう。 鍛錬の時に相対していた時には、まだまだ成長過程の未熟な体付きだと思っていましたが、それはどうやら思い違いだったようです。 それとも殿方と言うものは、異性を胸に抱くとこれ程に大人びて頼もしくなるものなのでしょうか? そして死線のさなかで常人には計り知れない戦いを経た証なのでしょう――血の匂いの混じった汗の匂いが鼻腔をくすぐります。 決して不快などではないむしろ甘美なその香を嗅いでいると、更に胸の高鳴りが激しくなってしまい、目眩と共に身体中が火照ってしまうような感覚に陥ってしまいます。 ああ――叶うものなら時間が止まって欲しい――。 ――と、そんな切なる願いを思い浮かべているのに、シロウはすっと両の手の力を緩めて私の身体を解放してしまう。 日頃から他人への配慮は実に繊細で奥深い彼だと言うのに、こと色恋めいた点については、人並み外れて鈍感な所がある。 もう――と、思わず私らしくもなく年頃の少女のような声を上げてしまいそうになってしまったとしても、仕方ない所なのではないでしょうか。 けれど、そんな不満の意を感じたのは一瞬だけでした。 シロウが抱き締めていた私の身体を解放した理由が分かると、途端に頬が熱くなってしまう――おそらくは林檎のように私の頬は真っ赤に染まっている事でしょう。 「セイバー」 絡めるように視線を合わせて、シロウは私の名をそっと呼ぶと、ゆっくりと顔を寄せてきました。ええ、微速前進で接近中という所です。 そう――それは所謂口付けという行為で――冷静に振り返ってみると、魔力補給の為に睦み合った時を除けば、一度も口付けをしていなかったような気がします。 な、などと冷静に分析している場合ではありませんっ! シロウの顔は既に目前に迫っていますし――そうっ、彼の鼻息が肌にこそばゆいと感じる程に大接近中なのです。 ええと、このような時には殿方をどのように迎え撃つべきなのでしょうか――って、迎撃してどうするのでしょう? やはりその――瞳を閉じて、全てをシロウに任せるべきなのでしょう――はい。 さあ、どうぞ――シロウっ。 幾重にも幾重にも私の唇を堪能して下さいっ。 ――と、今まさにシロウの唇が私の小さな唇に重なろうとしていたその時です。 「お楽しみの真っ最中に悪いんだけど」 その声が耳に届いた途端、私とシロウは同極に向かい合った磁石のように弾け合い、その声の主の方へ視線を向けました。 するとそこに居たのは――。 「い、イリヤスフィールッ! あなたなんて格好で――」 幾ら幼い少女だとはいえ、一糸纏わぬ姿で仁王立ちするものではありませんっ。 ええ、特に異性の前では。 更に言えば、シロウ――あなたに他の女人の裸身など見て欲しくはないと言うのに。 シロウはと言えば、突然のイリヤスフィールの介入に驚いたものの、すっかりと安堵の面持ちを覗かせて、笑顔すら振り撒いています。 もう、本当に困ったものだと思います。はい。 「イリヤ、良かった――気が付いたんだな。心配したよ」 「そぉ? 私はシロウのテイソーの危機の方が心配だったけどね」 「なッ!? 何を言っているのです、イリヤスフィール! そもそも、シロウと私は愛し合っているのですから何の問題も――ああ、そのような事を言っている場合ではないのです。 シロウ、これが最後の逢瀬なのですよ。 ですから、その――」 そう――さっきの続きを。はい。 イリヤスフィールの目の前で――という状況は恥ずかしい限りではありますが、今の私には時間がないのです。 お別れの口付けになるのでしょう――そう、最後の思い出を私に下さい。 「あら? セイバーったらどこかに行っちゃうの? それは私にとっては恋敵がひとり減って、とっても結構なコトだけど」 「む。聞き捨てなりませんね、イリヤスフィール。 貴女とて聖杯戦争のシステムは分かっているのでしょう。 聖杯が消滅してしまった今、サーヴァントの身である私はもう間もなく――」 「消えないわよ、あなた。 だって、聖杯の魔力の一部を蓄えてしまった訳だし」 「「 へ? 」」 恥ずかしいかな、思わず間の抜けた声をあげてしまいました。 幸いだったのは、シロウと声を揃える事が出来た事でしょうか。 こんな所でも、シロウと私は息の合った主従関係である事を再確認致しました。 それはさておいて、問題なのはイリヤスフィールの物言いです。 いい加減、その露出している素肌の――出来れば女人として大切な部位ぐらいは手で隠すなりして欲しいものですが、相変わらず彼女は手を腰の位置に当てて胸を張るように仁王立ちしたままです。 けれど、その事を注意するよりも先程の彼女の見解を確認する方が先決でしょう。 「イリヤスフィール――詳しい説明をして欲しいのですが。 聖杯の魔力の一部を蓄えたとは、どういう意味なのです?」 すると彼女は、可愛らしいその顔には不釣合いと言えよう、嘲るような笑みを覗かせながら答えてくれました。 「説明しなくても、あなた自身が一番実感して分かっていると思ったんだけど。 おそらくは今までに感じた事のないぐらいに満ち足り過ぎている魔力を感じているんじゃないの?」 そう言われてみれば確かにその通りです。 今回は勿論の事、前回の聖杯戦争の時を含めても、これ程に漲る程の魔力量を感じる事はありませんでした。 しかし、何故でしょう。 既に聖杯は消滅してしまっていると言うのに。 「どうして?――って顔をしてるわね。 理由は簡単よ。 あなたがエクスカリバーで聖杯を消し去った時、聖杯が蓄積していた魔力の源が周囲に四散したの。 その時、最も近くに居たあなたも破壊された聖杯から溢れ出た膨大な魔力を身に受けたと言う訳よ」 「し、しかし、イリヤスフィール。 貴女の言っている事が事実だったとしても、私が一時的に蓄積できる魔力量など微々たるものです。 大人しくしていれば確かに数日程度はこの身を保ち続ける事ができるかもしれませんが――」 「セイバー、あなた肝心な事を忘れてない? この最後の戦いに臨むに当たって、今までその手にする事が出来なかった宝具をシロウから返して貰ったでしょ」 「あ――」 「そう――外界の汚れを寄せ付けない妖精郷の壁、この世とは隔離された、辿り着けぬひとつの世界。 この世界における最強の守りであり、五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極のひとつ。 故に、鞘の名はこう呼ばれているのよね――“全て遠き理想郷 もう分かったでしょ。 アヴァロンがあなた専用の聖杯になったのよ。 悪しきあの聖杯から溢れ出た魔力を受け止めて、その上、その魔力の悪しき部分はすっかり浄化して、純粋にあなたの思いに応えられる為だけに用いられるようにしつつ蓄積したワケ。 本来なら、いかなる魔力であってもアヴァロンは寄せ付けなかった筈。 けれど、アヴァロンの所有者であるあなたが願ったから――ここに居たい、そしてシロウの傍に居たいと願ったから、魔力を蓄える器として働いたという事だと思うわ」 「そ、それでは、イリヤスフィール! 私は現世に留まり続ける事が出来るのですね!? ずっとこのままシロウの傍に居て仕える事が出来るのですね?」 「そうね――私の見た所、もしもシロウが世界の長寿記録を更新出来たとしても、傍に居るだけなら余りあるぐらいにアヴァロンは魔力を保有していると思うわ。 おまけに――ちゃっかり、シロウと再び“契約”までしちゃっているし。 アヴァロンが保有した魔力量に比べれば、ちっぽけだけどシロウからもあなたに魔力が供給され始めた筈よ。 今回は、前回と異なってシロウ自身にもはっきりとした意志を持ってセイバーと契約したおかげで、しっかりとラインが繋がったみたいだし」 「ちょ、ちょっと待てよ、イリヤ。 俺はセイバーと再契約なんてしていないぞ」 シロウの言う通りです。 聖杯を破壊する際に、最後の令呪を使って頂きましたし、今となっては――あ。 「ふふっ、鈍いシロウは仕方ないとして、セイバーは気が付いたみたいね。 そう、さっきはこんな風に契約をしていたわ。 “――問おう。貴方が、私のマスターか” “ああ――俺が君のマスターだ。そして、君は俺にとってただひとりの心から愛しいパートナーだ” ――全くもう、こんなに恥ずかしいセリフを良く言えたものよね、シロウ。 ほとんどプロポーズそのものじゃないのよ」 「「 ぷ、ぷろぽーず? 」」 ああ、またしても間の抜けた声を上げてしまいました。 恥ずかしい限りなのですが――それでも、シロウと声が重なった事はやはり嬉しいものです。 それよりもなによりも。 ずっと、これからもシロウの傍に居る事ができるのです。 この上ない喜びである事は言うまでもありません。 その後も散々シロウ共々、イリヤスフィールにからかわれてしまいましたが、それも些細な事でしょう。 シロウの手に改めてくっきりと浮かび上がった令呪の印。 それは私自身が彼のものなのだと言う事の証であるようで、満ち足りた幸せをひしひしと感じる事が出来たのです。 そして、これからもずっと――そう、ずっと、彼の剣となり盾となり、シロウの御身を守り続けなければなりません。 聖杯戦争は終わりましたが、別の意味でシロウの周囲には難敵が揃っていますから。 凛や桜、そして羨ましくもシロウの汗の匂いが染み付いている上着を借りて羽織った上に、ちゃっかりと彼に背負って貰っているイリヤスフィールも油断ならない相手です。 先程も彼の耳元で、『シロウの気が変わったら、いつでも恋人になってあげるからね』――と不穏当な発言をしていましたし。 これからはより一層に身を引き締めて、この戦いに臨まなくてはなりませんね。 そして、その戦いの為にも。 きゅるるる〜とお腹が鳴ってしまいました。 それはもう仕方ありません。 すっかりと陽が昇りましたし、健康的な生活を送っていれば、当然ながら空腹を感じてしまう時間帯ですから。 「シロウ――早く帰って朝ご飯にしましょう」 腹が減っては、戦は出来ぬ。 全くもって理に適った格言もある事です。 帰り道の歩みが少々速くなってしまうのも、当然の事です。はい。 「ああ、そうだな――セイバーのために、これからもまた腕を揮えると思うと俺も嬉しいよ」 「ちょっと、シロウ。 私の為にも美味しい料理を作ってくれるんだよね?」 「ああ、勿論だ。 早く帰って、みんなでメシにしよう。 きっと、遠坂もお腹を空かして待っている事だろうしな」 ああもう、本当にシロウは誰彼無しに優しすぎますし、甘すぎます。 加えて言うと、いくら背負って貰っている体勢だからと言って、イリヤスフィールはシロウの耳元に口を近づけすぎです。 これからの私の戦いがいかに困難なものになるかと言う事を如実に表している光景でありましょう。 とりあえずは我がマスターながら、シロウの再教育から始めるべきかもしれませんね。 今日ぐらいはお休みしようかと思いましたが、鍛錬の時間はいつもより3割増ぐらいにすべきでしょうか。 これも全てシロウの為です。はい。 決して嫉妬心によるものでは無い筈です――おそらくは。 こうして、シロウのサーヴァントとしての新たな戦いが始まりました。 見上げれば、澄み切った青い空が広がっています。 いつか冬が去り、春を迎えても、この青い空の下をシロウと共に歩んで行く事のできる喜びを改めて感じながら――彼もまた同じ思いを感じていて欲しいと願う私でありました。
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