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『騎士王の新たな戦い』
〜その2〜

by イイペーコー



 我がマスターの清々しく心温かい人柄を如実に表している光景と言えるのでしょう。
 朝早くから日中。そして夕飯時にかけて、この家にはとても多くの人達が集まります。

 シロウの後見人であり、彼を実の弟のように慕っている大河は仕方ないでしょう。
 そして既に数年前からこの家に出入りしていて、シロウにとっては家族のような存在と言える桜も仕方ないと言えるのでしょう。

 しかし、聖杯戦争は終わったと言うのに、相も変わらずこの家に出入りし、毎日のように朝食と夕食を共にするばかりか、何かと理由を付けて泊まっていく凛については、やはり看過する訳には参りません。
 元より、彼女とはバーサーカーを倒すまでの同盟に過ぎなかった関係で――結果的には、その同盟は聖杯戦争が幕を下ろすまで続いた訳ですが、いずれにしてももうその関係にも終止符を打つべきでありましょう。

 藤村家に引き取られた小悪魔――イリヤスフィールも油断ならない相手です。
 毎日のように朝早くから襲来し、シロウの寝所に侵入するという羨ましい――いえ、不謹慎な習慣だけは何としても止めさせるべきでしょう。はい。

 そんな面々が一同に勢揃いする夕食のひとときは騒々しい事この上ない状況となります。
 特に鍋料理が出された時などは、もはやそれは戦いであると言っても過言ではない程でしょう。
 戦場で打ち交わされる剣と剣、槍と槍の攻防のように、互いに自身の箸を縦横無尽に繰り出しては鍋の具である肉や魚の切り身などをほふって我が口へと運んでいく。
 シロウが精魂込めて調理して下さったのです。
 彼のサーヴァントである私としては、一切れでも二切れでも多く享受して、一層にマスターへの感謝の念を深めるべきだと思う次第なのです。
 そう――極めて純粋な義務感から箸を進めている訳で――決して食が太いという訳ではありません。


 閑話休題――です。


 そのような騒々しい日常が続いているものですから、ごく稀に訪れる静かな夜を迎えたりしますと、かえって落ち着かないものです。
 そう、今夜はとても穏やかな夜となりました。

 皆何かしらの用事が出来たようで、この家の門をくぐった訪問者は誰もおらず、今夜は久しぶりにシロウと2人っきりなのです。

 早めの夕食を終え、その後互いに入浴を済ませて居間でのんびりとくつろいでいる所です。
 ――もっとも、お風呂を頂いている間は、ひょっとしたらシロウが突然入ってくるのではないかと、戦々恐々としてしまっていましたが。
 ええ、うっかりと誰もお風呂に入っていないものと勘違いして――というケースならあり得ても、意図的に彼がそのような行動に及ぶなどあり得ない事は、他の誰よりも私自身が一番良く判っているつもりではありますけれど。

 それでもやはり私も女の端くれです。
 好意を寄せる異性が傍に居ると言うのに、意識せずにいる事など出来る筈もありません。

 さすがに凛が泊まっていく夜などは期待しておりませんでしたが、今までにも2人っきりの夜を迎えた事は何度かあったのです。
 それなのにシロウは――その――私の寝所に足を運んでくれた事など一度も無くて。
 まさか、女の身である私の方から彼の寝床に向かう事など出来る筈もありませんし――シロウの寝所と私の部屋を隔てている襖を見つめていると、まるでそれが難航不落の砦の障壁のようにさえ思えてしまうのです。

 元より筋肉質のこの身体ですし、女性としてはいささか出るべき所が出ておらず、魅力に欠ける容姿である事は充分に承知しています。
 けれど、シロウは私の事を愛していると言ってくれました。
 愛し合う男女ならば、自然と結ばれ合い、睦み合うものなのではないでしょうか。

 決して私は淫らな行為を欲している訳ではありません。
 そう――自制できないような性的欲求に苛まれている訳では無いのです。

 あえて私の心情を表現するならば――不安という二文字でしょう。
 私は本当にシロウに愛されているのでしょうか。
 あの時シロウは確かに私の事を愛していると言ってくれました。
 けれど――それは今生の別れの間際だと思ったから、シロウはそう言ったのではないでしょうか。
 私が先に愛しているとシロウに告げたから――義理堅く、そして優しい彼だからこそ、あのように答えてくれたのかもしれません……。

 現世に留まりたいと願ったあの時は、自信を持ってシロウに愛されていると思っていたのに――あれは私の勘違い――そして、慢心であり、自惚れだったのかもしれませんね。


 そして――私自身の自惚れと言えば――どうしてもあの時の出来事が脳裏を過ぎります。


 何をする訳でもなく私の隣に座り、ぼんやりとテレビを観ている朴念仁の彼の横顔を見つめながら、私はあの教会の地下室での出来事を思い浮かべました。


『さあ応えよ。おまえが望むのならば、聖杯を与えよう』


 悪魔の誘惑のような言峰綺礼のあの言葉。
 時代背景はかなり異なっていたとしても、私とよく似た過去を持ち、そして私と同じような宿命を背負い、そして自身に誓いを立て、その達成に全てをかけるという、そんな在り方が私とよく似ているシロウなのだから、きっと迷う事無く彼は頷くものだと思っていました。
 いえ、頷かなければならないとさえ思っていました。

 それなのに彼は――シロウは。

 血まみれの身体で。
 ろくに目も見えず、呼吸もままならず。
 そして――流れる涙を懸命にかみ殺して。

“――置き去りにしてきた物の為にも、自分を曲げる事なんて、出来ない”

 どんなに苦しい過去でも。
 それは、やり直す事などできないのだと。

 似ていると思っていたのは私の自惚れでした。
 むしろそれまで私はシロウを心の奥底では見下していたのかもしれません。
 崇高な王としての誓いを理解できない凡人だと、シロウの事を密かに蔑んでいたのかもしれません。

 けれど、それは過ちだった。
 まさしく自惚れであり、自己過信の成れの果てでした。

 無くした物は戻らない――そんな当たり前の事に私は気付く事が出来なかった。
 いや、認めようとはしなかったと言うべきでしょう。

 そして、その当たり前の事を、全身全霊をもって教えてくれたのが、我がマスターであり――そして私の愛しい人でした。


 私はあの時、シロウの強い心に尊敬の念を感じて――そして改めて彼の事を好きになったのかもしれません。
 そして渇欲とした願望が生まれたのです。
 シロウの傍に居て、これからも様々な事を学んでいきたい――と。

 シロウは、私にとって思い人であると同時に、心の師であると――そう実感したのです。
 だからこそ、こんなにも誇りに思える人が私のマスターで良かった――と感じて。
 そして、ずっと欲して止まなかった私の鞘がシロウであった事に心から喜び、そしてそんな彼に愛されているという実感を得て、現世に留まり、彼の行く末をずっと見守りたいと願うようになったのです。


 けれど、彼に愛されているというその実感も自惚れに過ぎなかったのでしょうか……。
 生涯を通してシロウのサーヴァントとして、彼の剣となり盾となり、守り通してゆくという誓いも、シロウにとっては傍迷惑な事なのでしょうか。

 確かに女性としての魅力ならば、悔しい事ですが、凛や桜の方が私よりも数段勝っているでしょう。
 イリヤスフィールとて今は幼い少女ですが、何年か先ならば、行き交う者達が思わず振り返ってしまうような美女に成長を遂げる事でしょうから。

 そんな彼女達を相手にして、私が秀でている事など何があるのでしょうか。


「はぁ……」


 思わずため息が洩れてしまいます。
 そんな時でした。
 隣に居てずっとテレビを観ていたシロウが私とほぼ同じタイミングでため息を洩らしたのです。
 それはおそらくは失望や心配の類のものではありません。
 何かに感心したのでしょうか?


「やっぱり、何事も途中で諦めちゃいけないという事だよな。うん」


「え?」


「一度やり遂げると決めた事は最後まで頑張らなきゃ駄目なんだよな」


 シロウは突然何を言い出したのでしょう?
 その言葉にはどんな意図があるというのでしょうか?

 はっ? まさか、シロウは私の悩みを察してアドバイスしようとしているのでしょうか。
 ええ、まさかではなく、間違いない――と言うべきでしょう。
 さすがはシロウ。
 私の心の師の彼だからこそ、私などが黙して語らずとも、胸の内に秘めている悩みなど雑作なく理解してしまうのでしょうね。

 ならばそのアドバイスに従って――生涯シロウの傍に居て彼を守り通すと誓ったのですから、その誓いはシロウが天命を全うして死が2人を分かつまで完遂すべき事なのでしょう。


「シロウ――ありがとうございます。
 あなたの言葉は、挫けそうになった私をいつも助けてくれます」


「へ?」


「へ――ではありません。
 そのような時は、ただ一言、うむ――と頷いて下されば良いのです」


「頷けって言ったってさ、俺はただドラマの感想をだな――」


「シロウ、それ以上の付け足しは不要です。
 先程の貴方の言葉は、今後の私の指針を指し示す羅針盤のような重みがありました。
 ならば、その教えに従い、初心を忘れる事無く貴方の剣となり盾となるその誓いを全うするのみです。

 そして――シロウ。
 覚悟していて下さい。

 この私の生涯の全てを掛けて――そう、全身全霊を捧げて、貴方を振り向かせて見せます。
 貴方の愛をこの身に受ける事が出来るように騎士として正々堂々と戦うのみです」


 そう言い放ち、力強く握り締めた拳を震わせて高々と突き上げると、何故かシロウは一瞬怯えたように身を竦めて後ずさってしまいました。
 その反応には少々得心がいきませんが、教え諭して下さった恩に報いて、不満の意は示さずにおきましょう。


「シロウ、今から一戦交えましょう。良いですね?」


 シロウとの鍛錬のひとときは、ある意味では私の心を満たす貴重な時間でもあります。
 そう――シロウと竹刀を交えつつ心地良い汗を流し、僅かに残るわだかまりを払拭したいと考えたのですが――何故かシロウは赤面して俯いてしまいました。


「い、一戦?! ま、まじえるって、その、えーっと、そういう事はまず雰囲気作りが大切と言うかさ、そもそも女の子がそう軽々しくだな――」


「シロウ、何をごちゃごちゃと言っているのです。貴方らしくもない。
 少々遅い時刻ですが、身体を動かしたい気分なのです。
 申し訳ありませんが道場に付き合って下さい」


「ええっ?! ど、道場でするのか?
 そりゃまぁ、開放的な気分になれると言うか、新鮮な感じがするとは思うけどなあ。
 でも、久しぶりなんだし、俺の部屋で――」


「む。妙な事を言いますね、シロウ。
 激しく立ち回るのですから、シロウの部屋では少々狭いと思いますが。
 とにかく、私は先に行っていますから。
 なるべく早く道場に来て下さい」


 ――と、告げて私は居間を後にしました。
 何やら、シロウが「道場でするときっと痛いぞ」とか何とか喚いていますが、それは当然と言うものでしょう。
 竹刀とはいえ、私の一撃を身に受ければ痛いのは当たり前ですから。










 ――そして、それから数分後の事です。
 道場で正座をして待っていた私の前に現れたのは、腰にタオルを巻いただけという殆ど全裸に近い有様で、何故かその手に枕とクッションを持っていたシロウでした。


「なッ?! シロウっ!
 神聖な道場に何と言う格好で入って来たのですかっ!
 恥を知りなさいっ!」


「え? だって、道場でしようって言ったのはセイバーの方じゃないか」


「問答無用です!
 そこに直りなさいっ!」


 ええ、とりあえずはいつもの3割増程度で我慢してあげました。
 シロウが気を失ってしまうまで愛用の竹刀を乱舞させてしまいましたが――それもシロウの自業自得と言うものです。

 ただ、問題がひとつ――。
 元々、シロウは腰にタオルを巻いただけという姿で現れた訳で。
 いつも以上に私に乱打を許し、倒れ伏した今はと言いますと――当然の結果かもしれませんが、既に身に纏っていたタオルなどボロ切れ同然と化していて。
 シロウの大切な部位が、その――完全に露になってしまっていたのです。

 このままシロウを道場に放置する訳にも参りませんし、仕方なく意識を失っているシロウを背負って彼の部屋まで運ぼうとしているのですが――その、否応なく彼の猛々しい部位を背中から腰にかけての辺りで感じてしまっています。
 シロウは意識を失っている筈なのですが――その部位が何故か隆々として脈を打ち始めているような気がするのは錯覚でしょうか。
 その様子を想像してしまうと、思わず身体が火照ってしまいます。

 ああ、これも私に課せられた試練なのでしょうか。
 シロウのサーヴァントとしての新たな戦いは、まだ始まったばかりですが、前途多難のようです。
 まずは、敵を討ち果たす前に、自らを鍛え直し、自分自身との戦いに打ち勝つ事が先決なのかもしれませんね。


「セイバぁ……」


 シロウを背負ったまま、どうにか彼の部屋に足を踏み入れて静かに布団を敷き、ゆっくりとそこへシロウを寝かせようとしたその時です。
 突然名を呼ばれて、私は思わず心臓が飛び出てしまうのではないかと思うぐらいに驚きました。


「シロウ?」


 目が覚めたのかと思い呼びかけましたが反応はありません。
 規則正しい寝息が洩れ聞こえてくるだけです。
 どうやら鍛錬の際に意識を失ったまま眠ってしまったようですが――無意識の内に私の名を口にしたという訳のようですね。

 もしかすると夢の中に私が出ているのかもしれません。
 もしもそうならば――やはり嬉しいものですね。

 どうかそれが良い夢でありますようにと願うばかりです。
 起こさぬように掛け布団をそっと掛けて、その場を後にしようと思ったのですが――。


「セイバー――ずっと君を――離したりしないから――な」


 寝言――なのでしょうね。
 やはり、シロウは夢を見ているようです。
 それはともかくも、有言実行というつもりなのでしょうか。
 眠ったまま、シロウは私の手を握り締めて離してくれないのです。


「離したり――しないから――絶対に」


 そう寝言を呟いて、私の手を握り直したシロウの手に空いていたもう一方の手を重ねながら、私は笑みを浮かべつつ口を開きました。


「ええ、ずっと傍にいます。
 それがマスターの――貴方のご命令ならば。
 未来永劫、貴方の傍に置かせて下さい」


 そして私はそっと彼の横顔に唇を寄せて――眠っている間にこんな事をしては――と、僅かに躊躇したのですが、それでもやはり、うっすらと汗の雫の残るシロウの頬にキスをさせて頂きました。
 それはずっと貴方の傍に居ますという誓いの証のつもりで。

 だんだんと睡魔が迫ってきます。
 健康的な生活を営んでいるのですから、当然の事でしょう。
 今夜はここで休ませて頂く事に致しましょう。

 マスターのご命令で離れる事が出来ないのですから。
 ええ、仕方のない事なのです。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ちょっとー! なんでセイバーがシロウの布団の中で一緒に寝てるのー?!」


 枕元で聞こえてきたのは甲高いイリヤスフィールの声です。
 どうやら朝の日課とばかりにシロウの寝所に忍び込んで来たのでしょう。
 思わずその声で目が覚めたのですが――。
 なんでしょう?――心地良い温かさに包まれているようなこの感覚は。


「しかも、シロウってばなんで裸なのー?!
 おまけにセイバーを抱き締めちゃったりしちゃってさー!」


 ああ、そうでしたか。
 この何物にも代え難いと感じる温かさはシロウの体温でしたか。
 これは実に勿体無い事をしました。
 もっと早く目を覚まして、このシロウの肌の温もりに浸る朝のひとときを堪能すべきでした。

 折角、シロウがいつもより寝坊してくれたと言うのに――どうやら、これ以上はシロウの胸板に顔を埋めている事はできないようです。
 短いスカートが捲れて下着が露になってしまう事も構わず、まるでプロレス技のようにイリヤスフィールはその場でジャンプしたかと思うと、そのまま身体ごと落下させて自らの細い太股をシロウの顔面に落としてしまったのです。
 いかに彼女が小柄とはいえ無防備の体勢で太股を顔面に受ければ、かなり痛かった事でしょう。
 呻く様な声を上げつつ、シロウは目を覚ましたようです。


「ああーんっ! シロウのバカぁぁっー!
 えっち、チカン、すけこましーっ!」


「いててっ、ちょっとイリヤ、落ち着けって――んんっ」


 どうやら今朝の私達の光景は、イリヤスフィールの逆鱗に触れてしまったようです。
 しかし、そろそろ止めに入った方が賢明でしょう。
 わざと――ではないと思いますが、イリヤスフィール。
 いえ、ひょっとしたらこれは貴女の作戦なのでしょうか?
 それ以上、太股と股間をシロウの顔に押し付け続けたら、シロウは呼吸困難に陥ってしまいそうです。

 我がマスターの生涯に渡って、彼の剣となり盾となると誓ったこの身です。
 とりあえず、その誓い通りにシロウを助けないといけませんね。

 苦しんでいるようでもあるのに、どこかにやけているような我がマスターの面持ちを見ていると、少々腹立たしくも感じますが――それは別問題でありましょうから。

 そう――その別問題の方は、鍛錬の方を昨晩以上の割り増しで受けて頂く事と致しましょう。

 勿論、その前にシロウの愛情がたっぷりと込められた朝ご飯を堪能したいものではありますけどね。

 今日もどうやら良い天気のようです。
 寒い冬も終わりを告げて、もう間もなくこの国にも春が訪れます。
 これからも幾つもの季節が移り変わっていく事でしょうが――この気持ちだけは決して変わる事はありません。

 そう――貴方を想うこの気持ちだけは永遠に不変なのです。


「おはようございます。シロウ。
 今日も貴方のご命令の通りに、ずっと傍に仕えさせて頂きますね」





- つづく -


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