
『騎士王の新たな戦い』 〜その4〜 by イイペーコー |
勢力の強い熱帯性低気圧をこの国では“台風”と呼称しているそうで――その台風がひとたび襲来してしまうと広範囲に渡って甚大な被害を受ける場合が多いそうです。 特に収穫の時期を間近に控えた農作物が大打撃を受けてしまう可能性が高いと耳にして、損害を被る事になるのでしょう農民達の胸中を慮ると胸が痛む思いです。 そしてやはり懸念すべきは食卓を彩る貴重な食材に影響が及んでしまう事でしょうか。 いかにシロウが優れた料理の技法を有していると言っても、食材が無ければその腕を揮う事もできません。 シロウはそんなに心配する必要は無いと言っていましたが、やはり気になります。 食糧とはまさにその字の通り、食べる事が生活の糧となる重要な事項であると明言出来るのですから。 幸いにある程度は冷蔵庫に蓄えているそうですから、当面は支障がないと言えるのでしょうが――。 「参ったよ――やっぱり、ウチの前の道路が冠水しちゃっててさ」 そうぼやきながら玄関先で合羽を脱いでいるシロウに素早くタオルを手渡します。 折からの風雨は更に強まっていた最中ではありましたが、土嚢を門扉の部分に積み上げる作業を行う為にシロウは外へ出ていたのです。 そのような力仕事はサーヴァントである私がやります――と、強く申し出た訳なのですが、このような主張にシロウが首を縦に振る筈はありません。 “女の子にそんな事をさせられるもんか”――といつもの優しい笑顔で一蹴されてしまい、渋々――それでいてどこか嬉しくも感じながら、私は大人しく家の中で留守番をしていた訳です。 そう――いつもの事ですが、シロウは私の事をまるでか弱い少女であるかのように接してくれます。 英霊であるこの私に対して、自らの身体を使ってまで盾になろうとする彼の姿勢を、出会った頃は全く理解できませんでしたし、随分と閉口したものです。 けれど今では、私をひとりの女性として扱ってくれる彼のその優しさに、喜びすら感じてしまっているのです。 いけませんね――こんな事では。 私は生涯、シロウの剣となり、盾となる事を誓った身なのですから。 もう少し、自らを律して精神的に鍛え直す必要がありますね。はい。 それはさておき――雨具を着込んでいたとはいえ、この激しい風雨の前ではあまり役に立たなかったようで、身に着けていたシャツやジーンズはしとどに濡れてしまっています。 どうやら近くを流れている河川に繋がるその支流が一部決壊してしまい、この付近一帯の道路などが冠水してしまっているようなのです。 幸いにこの家は、面している道路より全体的に土台を高くして造られているおかげで、今の所なんら被害はありませんが、陸の孤島と化してしまった現状は看過できません。 シロウの見込み通り、明日ぐらいまでに溢れてしまった水が引いてくれれば良いのですが――このままでは兵糧攻めに合っているようなものです。 後でどの程度の食料の蓄えがあるのか確認する事に致しましょう。 とりあえず、このままではシロウが風邪を引いてしまいかねません。 彼にはそのまま入浴するように勧め、その間、何も出来ないこの私ですが、お風呂あがりに喉を潤して貰おうとお茶を準備している所――なのですが。 風雨に晒されて身体が冷え切ってしまったのですから、温かいお茶の方が良いものか――それともゆっくりと湯船に浸かって身を温めた後なのだから、冷たい麦茶が良いものなのか、少々判断に悩む所です。 たとえばこれが桜ならば、迷う事無く阿吽の呼吸でシロウが欲する方の飲み物を準備できる事でしょうし、凛ならば構う事無く自分の飲みたい物を準備して、シロウにそれを付き合わせる事でしょう。 そのどちらの場合でもシロウは喜んで飲んでくれるのでしょうが――やはり私としては、桜のようにシロウの気持ちを自然と把握できるようになりたいものです。 これから先、ずっと彼の傍に居させて頂くのですから、他の誰よりも我がマスターの気持ちを理解できるようになりたいものですし、また、そうならなくてはなりません。 しかし――そうは言った所で、経験則と言うものは一朝一夕に積み重ねる事が出来るものではありません。 ましてや今回のように特殊なケース――台風による強い風雨によって全身が濡れてしまった後に入浴し、その風呂上りに飲みたいと思うものは、温かい方が良いのか、冷たい方が良いのか――そのような経験のない私には判断しかねる所です。 「む。 そうです――何事も経験してから判断すべきですね」 経験則が欠けているのなら当座であっても補えば良いというものです。 そう――私も外へ出て雨に打たれて、そして温かいお風呂に入ってから、その時の気分を感じ取れば良いのです。 我ながら名案でありますね。 ならば善は急げ――です。 早くしなくては、シロウがお風呂から上がってしまいます。 素早く身を翻し、疾風の如く玄関まで駆けてゆき――そして、引き戸を開けようと手に掛けたその時です。 はたとその場で固まるように手足が止まりました。 私は――大事なことに気が付いたのです。 そう――雨に濡れてシロウと同じ感覚を身に受けるまでは良いとしても、その後に――シロウがお風呂から上がる前に、入浴して我が身を温める経験則まで身に付けようと言う事は――。 「しっ、シロウと一緒にお風呂に入ってしまうと言う事ではありませんかっ?!」 思わずそう叫んでしまってから、もはや手遅れだと言うのに自身の口を手で塞ぎます。 先程の発言を誰かに聞かれてしまったら――それはもう、恥ずかしい事この上ありませんっ。 辺りを窺うようにぐるりと見渡しますが、家の中は静まり返っています。 そ、そうでした。 習慣とは恐いものです。 つい、いつもの騒々しい雰囲気のつもりで身構えてしまいましたが、幸いにも今日は折からの暴風雨の為に、凛や桜、そして大河とイリヤスフィールも、この家の門をくぐっていないのです。 本当に助かりました――あのように破廉恥な発言をもしも凛に聞かれてしまっていたら、どんなに彼女にからかわれてしまうものか。 人の噂も七十五日とは言いますが、凛の場合は生涯に渡って執念深く言われ続けるような気がします。 本当に――今夜はシロウと2人っきりでなによりでした。 む。今、私は何と言いましたか? いえその、口に出しては言っていませんが――その重大な状態を指し示す事を思い描いたような気がします。 あの、その。 そう――シロウと――2人っきり――と。 シロウと、ふたりっきり? 思わず、ごくりと生唾を飲み込んでしまいました。 し、しかも、外は暴風雨が吹き荒れる嵐の夜です。 日頃はかしましい事この上ないこの家も、今夜に限っては横槍の入る恐れは皆無という状況ではありませんか。 そして――今、シロウはひとり浴室に。 ええ、この激しい風雨に打たれて身体の芯から冷え切った身体で。 天地神明に誓って疚しい考えなどは微塵もありませんが――や、やはり、マスターに仕えるサーヴァントとして、もっと真摯な姿勢で主の心身について気を配る必要があるのではないでしょうかっ。 つまりは、そのっ――シロウの冷え切った肌を温める為に、お背中を流して差し上げるとかですね。 それに――先程の作業で身体のあちこちが汚れてしまっていると思いますし。 きっと、ひとりでは身体の隅々まで手が届かない筈です。 これは神明に誓うまでもなく、サーヴァントたる私の義務ではありませんか! 誰に対しても恥じる事のない立派な大義です。 そして――私の義務を遂行する最中にマスターの要望が付加されたとしても、当然仕方ない所です。 た、例えばですね。 お背中を流し終えて、シロウに一緒に湯船に浸かるように勧められたとしたら。 『おいで、セイバー。 ほら、一緒に温まろう』 『しかし――それではあまりにも恥ずかしい。 湯船でふたり向き合うなんて――私には』 けれど、恥ずかしがる私をシロウはそっと抱き寄せて――仄かに赤く染まった私の白い肌の――しかもその小高い丘の突起した辺りを口に含んだりするのではないでしょうかっ。 私は思わず、艶めいた声を上げつつ弓なりに身を反らしてしまったりして。 普段は控え目でありながら、いざ“その時”になると妙に強引な一面を覗かせる彼の事です。 きっとお風呂に浸かったまま――深々と。 ええ、何が深々と――なのかは永遠の秘密です。 そして湯煙漂う中、互いに激しく踊るように身を跳ねさせながら湯船の飛沫を舞わせてしまって――そして気が付くと2人は唇を求め合う――という可能性が高かったりするのではないでしょうかっ。 ええ、何の問題もありませんっ。 私はシロウのサーヴァントではありますが、その前に彼の――その、こ、こいびと、なのですからっ。 幸いこの国には“据え膳は急げ”という格言もある事ですし。 やはり、ここは速やかにいざ鎌倉とばかりにシロウの下へ馳せ参ずるべきでありましょう。 ――と、その時でした。 ここには居ない“あかいあくま”と我がマスターに称される彼女の――あの時の言葉が脳裏を過ぎったのです。 “経過よりも結果を最優先すべき魔術師としては適切なスタンスじゃないと思うんだけど――正々堂々、勝負しましょ” これはもう魔術師たる彼女の残留思念が働きかけたと言う所なのかもしれません。 それはともかく、うっかりと失念していた事は事実です。 あの何事にも計算高い凛をもってして正々堂々と戦うこと宣言したではありませんか。 いかにマスターに仕える身としての義務を全うする為とはいえ、結果的には凛や桜の居ない隙を突く形となるのです。 やはりそれは騎士道精神の道から大きく逸脱した行為であると言わざるを得ません。 ここはやはり台所に戻り、入浴後のシロウの為にお茶を準備すべき所でしょうか。 しかし、千載一遇の好機を見送るのは少々残念――――い、いえ、そんな不穏当な考えなど決して持っておりませんでしたとも。 もとより純粋にマスターの御身の為に――そう、暴風雨の中作業に勤しんで下さったシロウの労をねぎらう為に、背中を流して差し上げようと思っただけなのです。 ええ、不純な動機などでは無いのですから、本来は後ろめたい思考を巡らす必要など無かったのかもしれません。 そうです――その通りではないでしょうか。 むしろ、凛の言葉通り、正々堂々とシロウの背中を流して差し上げるべきでしょう。はい。 ええ、やはり充分すぎる程の大義です。 さあ、参りましょう――我がマスターの下へ。 何やら凛の残留思念が血相変えて、私の腰元の辺りに手を回して引き止めようとしているような感覚がありますが、それを強引に払い除けて。 そうして高鳴る胸を必死に抑えつつ、シロウの待つ浴室へと向かいました。 静かに歩みを進めたつもりですが、或いは令呪で呼ばれた時とそう変わらぬ程の速さだったのかもしれません。 危うく勢い余って浴室の扉を突き破ってしまう所でした。 ともあれ、この目前の扉一枚隔てた向こう側に我がマスターがあられもない姿で私を待っているのは間違いありません。 現に磨硝子越しにうっすらとシロウのほど良く焼けた肌の色が浮かんでいます。 さて――落ち着きなさい、アルトリア。 ここでどう対処すべきか一考の余地があります。 我がマスターの御身の為――という大義は確かにありますが、一糸纏わず浴室に足を踏み入れるという選択は、流石に凛や桜に対して後ろめたいイメージを感じますし、そもそもシロウの前でそのような姿を見せるなど、やはり恥ずかしいものです。 ならば、裸身にバスタオルを巻いて――という方法もありますが、かえって素肌を晒すよりも恥ずかしいような気がしますし、簡単に結び目が外れてしまいかねない有様で臨むなど、最初からそのようなアクシデントを期待しているかのように受け取られかねません。 ええ、これは純然たるマスターへの御奉仕なのですから、不純なイメージを払拭した姿で参るべきでしょう。 だからと言って、シロウの背中を流して差し上げる訳ですから、我が身もかなり湯に濡れてしまいます。 従って、普段着を身に纏ったままではかなり不便であると言えましょう。 狭い浴室でも動き易く、少々湯水が掛かっても問題の無い格好ですか――例えば、凛や桜が学校の授業で着用しているという“すくーる水着”と言うものが適当なのかもしれません。 あいにく彼女達が着用した姿を見た事はありませんが、我が家の洗濯物に混ざって凛の物だというそれが中庭で干されている状態を見た事があります。 そう言えば、“3−A 遠坂”とあらかじめ付けられていたゼッケンを密かに“3−A 衛宮”と付け替えようとした凛を巡って、桜とイリヤが大騒ぎをして阻止したという事もありましたね。 その“すくーる水着”ですが、桜の物となると流石に体型が違いすぎますので私には合わない事でしょうが、凛の物ならおそらくは問題なく着用できる事でしょう。 普段着についても、彼女の物を使わせて貰っている訳ですし。 凛の許可を得ずに着用する事にはいささか申し訳ないとは思いますが、今は何と言っても緊急の事態です。 彼女には事後了解を頂くものとして、今は速やかに必要な装具を身に付ける事を優先すべきでしょう。 そう――ぐずぐずはしていられません。 早くしないとシロウがお風呂から上がってしまいます。 一旦は浴室の隣の脱衣所まで足を踏み入れた私ですが、身を翻して離れの凛の部屋まで素早く歩を進めました。 本来なら客間である凛の部屋に無断で入室するなど褒められた行為ではありませんが、日頃から整理整頓の不得手な彼女に代わって、片付けや掃除などの役目を担っているのですから、許して頂きましょう。 繰り返しになりますが、今は緊急の事態なのですからっ。 「すまない、凛、入りますっ」 返事をする者が居ない事は承知の上で声を掛けて扉を開け、部屋の中に足を踏み入れました。 幸い衣類の片付けを手伝った事がありますから、例のすくーる水着を仕舞っている場所も見当が付いています。 早速、収納箪笥の引き出しの幾つかを開けてみたのですが――何故でしょう。 探し物の凛のすくーる水着が見当たりません。 ひょっとすると自分の家に持ち帰っているのでしょうか。 困りました。 これではシロウの待つ浴室に向かう事が出来ません。 すくーる水着を入手する事が叶わないのなら、他の代用品を探すより他ないのですが――むっ? これは? 箪笥の引き出しの最も下段に白と濃紺を基調とした衣服を見つけました。 確かこれは――“体操服”と呼ばれる物の筈です。 濃紺のパンツのような物の方は、“ぶるまぁ”と呼称される物だったと記憶しています。 すくーる水着同様、学校の授業で用いられる物だと説明を受けた覚えがありますし、見るからに動き易そうな形状をしていますから、これならば大丈夫でしょう。 ただ、何故かゼッケンには凛の名前ではなく、平仮名で――しかもお世辞にも上手とは言えない字で「いりや」と書かれてあるのですが――この際、細かい事を気にしている暇はありません。 シロウが待っているのです――素早く着替えるべきでしょう。 早速、その場で身に付けていた衣服を脱いで、手にした体操服とぶるまぁを着てみたのですが――むむっ? これは、かなり小さいです。 どうにか袖を通す事は出来ましたが、丈が短すぎて腹部が完全に露出してしまっていますし、ぶるまぁの方は極限まで布地が引っ張られているような有様で今にも破れてしまいそうな気がします。 どうやらコレは凛の物ではなく、そのゼッケンの表示の通りにイリヤスフィールの物だったようです。 さすがにこの格好をシロウの目の前で晒すのは恥ずかしいものです――しかし、最早時間がありません。 加えてかなり窮屈な着心地ですが、この際目を瞑って辛抱すべきと判断します。 さあ、一刻も早く浴室へ向かいましょう。 離れから母屋へと戻る際には、長い渡り廊下が私の行く手を遮ります。 しかもサイズの合っていない着衣を身に着けているのですから、この上なく歩き辛いものです。 しかし、この程度の障害など、シロウと私の深い絆の前では、有って無いような物でしょう。 少々、臀部の辺りから布地の裂けるような音が聞こえてきますが、構っていられません。 一気に母屋へ――そして、シロウの待つ浴室の入り口である脱衣所へと立ち戻りました。 大丈夫です――間に合いました。 浴室内は灯りが燈っていますし、磨硝子越しに人影が見受けられます。 半ば駆け込むように脱衣所へと駆け戻り、その勢い余った為もあったのですが、中に居るシロウへ声を掛けると同時にその扉を開け放ちました。 「シロウ! 大変遅くなりましたがお背中を――! え?」 「ん? どうしたのセイバー、そんな格好して」 確かに浴室に人影はありました。 けれど――その。いささかシロウにしては、身体が小さいと思います。 ええ、そんな事より、そもそも男性ではなく小さな女の子のように見受けられますし――よくよく見ると、その少女はイリヤスフィールそっくりなのですが。 そして――長くて綺麗なその銀色の髪を洗う為でしょうか、シャンプーハットを頭に被っています。 「あの――その――シロウは?」 我ながら間の抜けた事を口にしてしまったものです。 お陰で、それまでは単に驚いている表情だったイリヤスフィールの口元は、まるで悪戯が成功でもしたかのようにほくそ笑むと、からかうような口ぶりで言葉を返してきました。 「ふーん、セイバーってば、シロウと一緒にお風呂に入ろうと思ってたんだ。 意外と大胆なのねー」 「え、あの、それは――ですね」 「しかも、そんな挑発的な格好して。 おまけにそれ――よく見たら、私の服じゃないの? シロウってば、そーゆーマニアックな格好が好きなのかなーって思って準備したんだけど、実際に使う前にリンに没収されちゃったんだけどさ――ソレ。 それをどうしてセイバーが着ているのかしら?」 口元にひとさし指を添えて、小悪魔的な薄ら笑いを浮かべた彼女から意味ありげな視線を浴びせられ、私は完全に冷静さを失っていました。 そ、そもそも、今夜は来て居ない筈のイリヤスフィールが、どうして我が家のお風呂で入浴しているのでしょうかっ?! 「こ、これは、決して不純な目的などではなく! 雨に打たれて身体が冷えてしまったシロウの為に――」 その時でした。 ええ、何と言うタイミングでありましょう。 思わず身構えて力説してしまった為に、その臨界点を超えてしまったのでしょう。 私が穿いていたイリヤスフィールの持ち物だという濃紺のぶるまぁは――まるで悲鳴のような音を立てて、ちょうど臀部の辺りから真っ二つに裂けてしまったのです。 繰り返します。 ええ、本当に何と言うタイミングでありましょう……。 いつもならば欲して止まない我がマスターの声が背後から上がったのです。 「どうかしたのか? 大きな声が聞こえてきたけど――え?!」 いつもの優しげな表情を浮かべて入ってきたシロウの顔が、私の姿を見た途端に強張りました。 ちょうどお風呂あがりだったのでしょう。 仄かに火照った様子が分かる彼の頬が、みるみる内に更に赤く染まっていきます。 「し、シロウ――?!」 無残に引き裂かれたぶるまぁの裂け目からは――ええ、間違いなく私が身に付けている純白の下着が露になってしまっています。 そして、明らかに着丈の短い体操服を着ている為に、腰の辺りは覆う物がなく素肌が露出している有様で。 「せ、セイバー、その、俺は何も――そう、何も見てないからな!」 「ち、違うのです。 シロウ、どうか私の説明を聞いて下さい!」 両の手の平で自分の目を覆いながら――それでも、僅かに指の隙間から熱い視線を向けているのに、何も見てないなどと言わないで頂きたいのですっ。 更にシロウは、じりじりと後ずさりして、私の話を聞かずにその場から立ち去ろうとしています。 ええい、こうなっては最早実力行使あるのみです。 強引に取り抑えてでもこの状況の説明を聞いて頂きますっ。 「シロウっ、私の話を聞いて下さいと言っているのですっ!」 「うわっ、ちょっと、セイ――んんんっ?!」 ふと、気が付くと――。 私はその場に仰向けに押し倒したシロウの身体の上に圧し掛かってしまっていました。 更にですね――ええと、少々言い辛いのですが。 「ねえ、セイバー。 貴女、狙っていたでしょ」 「そ、そんな事はありませんっ、イリヤスフィールっ! 私は決してそのような策略めいた事を――」 「そぉ? それなら、そろそろシロウを解放してあげれば? いくらセイバーの胸が小学生並に小さいとは言っても、口元をその谷間に押し付けられ続けたら、シロウが呼吸困難になっちゃうかもしれないわよ」 「ち、小さいは余計ですっ!」 はい――実はその。 誠にお恥ずかしい事ですが、慌ててシロウを取り抑えようとしましたら、必要以上に勢い余ってしまってシロウを押し倒し、そのまま彼の顔に適度な大きさと言えましょう私の胸の谷間を押し付けてしまったのです。 しかも、身に付けていた短めの体操服の裾は完全に捲れてしまい、僅かに私の肌とシロウの顔を遮っているのは、薄い布地のスポーツブラ1枚という有様で――。 「どうでもいいけど――シロウってば気絶してるみたいよ。 おまけにみっともなく鼻血なんか出しちゃってるし」 「え? あ、し、シロウ?! しっかりして下さい、シロウ!」 「余計な世話かもしれないけど――シロウの意識が戻る前に服を着替えた方が賢明だと思うけど?」 「分かっていますっ! そう言う貴女も裸のままシロウに近付かないで頂きたいっ!」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ようやくシロウが意識を取り戻したのは、それからおおよそ10分後の事で。 ええ勿論、その前に私は普段着に着替えまして――どうやらシロウは、あの脱衣所での一件を夢でも見ていたものと思ってくれているようなので安心した所なのですが。 その一部始終を知っていながら黙して語らず、意味ありげな笑顔を覗かせているイリヤスフィールの視線が痛くないと言えば嘘になります。 どうやら私は彼女に対して、大きな借りを作ってしまったようです。はい。 シロウはと言えば、なにやら思い出し笑い――それもにやけたような笑みを浮かべています。 まさかとは思いますが、シロウ自身は夢の中の出来事だと勘違いしている先程の脱衣場でのあの光景を思い出しているのでしょうか。 仕方ないですね――よからぬ妄想をこれ以上思い巡らさないように、後程、たっぷりと鍛錬の時間で汗をかいて頂きましょう。 「それにしてもイリヤスフィール。 この暴風雨の中、貴女はいつの間にこの家の門をくぐったのです?」 素朴な疑問なのですが、私の記憶する限り、早朝から既に台風接近の影響の為か激しい雨と風に見舞われていた筈です。 そのような中、イリヤスフィールのような小柄な少女がよく訪問できたものだと思った次第なのですが。 すると、彼女はきょとんとした表情を浮かべて、僅かに小首を傾げながらこう答えました。 「え? 私、今日はこの家の門をくぐってないわよ。 だって、昨日の晩から泊まっていたし。 ねぇ、シロウ」 「そ、そうなのですか? シロウ」 「え、あ、うん。 昨夜はイリヤがちょっと風邪気味でさ。 熱は無かったんだけど、夜道を帰宅させるのも可哀想だと思ってさ」 「し、しかし、朝食の時も、そして昼食の時もイリヤスフィールは食卓に居なかったではありませんか?」 「それはそうでしょ。 だって私、シロウお手製のお粥を看病して貰った部屋で食べさせて貰ったもん。 シロウの手でふーふーして貰いながらさ♪」 「えーっと、ごめん、セイバー。 言ってなかったっけ?」 「聞いてませんっ!」 よりによって、シロウの手で食事を食べさせて貰ったとは。 イリヤスフィール――なんて羨ましい――いえ、その、なんでもありませんっ。 それはともかく、英霊であるこの私が風邪など引く事はありえませんし。 丈夫なこの身体がある意味恨めしくもあります。 ――しかし、受胎する事が可能となった訳ですし、ひょっとしたら風邪を引く事もありえるのかもしれませんね。 もしも、その機会が訪れた時には、たっぷりとシロウに甘えさせて頂く事に致しましょう。 その為には、暫しの間、外の激しい風雨に打たれてみるのもひとつの方策かもしれません。 もっとも、そのような非常識な振る舞いを本気で実行に移す訳には参りませんが。 ――と、思っていたのですが。 その非常識極まりない振る舞いをした少女2人の存在があった事を不本意ではありますが付記しておきましょう。 なんでも台風が通過したその晩。 暴風雨の中、冠水し半ば川のようになってしまっている道路を泳ぎながら横断しようとしたすくーる水着姿の少女が2人も居たそうで。 『絶対に2人っきりになんてさせないんだからっ!』 『先輩の貞操は私が守って見せますっ!』 ――と、必死に泳ぎながら、それぞれにそう叫んでいたそうです。 台風一過の翌日になって、風邪をこじらせ寝込んでしまったその少女2人――凛と桜の面倒をシロウが付きっ切りで看る事になってしまったのは言うまでもありません。 イリヤスフィールに続いて、凛と桜までシロウに手厚く看病される事になろうとは。 なにやら私ひとり貧乏くじを引いてしまったような気がしますね。 きっといつの日か、私も風邪を引いてシロウに看病して頂こうと――そっと誓った台風一過の日の事でした。
|
| [Back]・[Return]・[Next] / 『あかいあくまの新たな戦い』・その2へ |