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今夜の番組チェック



『騎士王の新たな戦い』
〜その6〜

by イイペーコー



 私の第二の故郷となったこの国には様々な風習があります。
 例えば、新年を迎えるにあたって、多忙を極める年末でありながら、日頃からの感謝の気持ちを込めて何かと付き合いのある相手に対して、新年の初日に届くよう書状を書き記して送る習慣があるそうで。

 顔を合わせる機会に直接挨拶をすれば事足りるようにも思いましたが、やはり郷に入っては郷に従えという格言もある事です。

 将来は衛宮家の嫁となるこの身ですから、家長であるシロウが恥をかかぬよう私もその習慣にしっかりと馴染んでおく必要があります。はい。

 それはさておき、“衛宮家の嫁”――ですか。
 良い響きです。
 衛宮アルトリアといつの日か自然に名乗れる日が来るのでしょうか。
 ええ、確認しなくても判っています。
 今の私はきっと頬が赤く染まっている事でしょう。

 身体が仄かに熱くなり、思考回路が鈍くなるこの感覚に心地良さを感じるようになってしまったのは、怠惰な日常に埋没している証だと反省すべきなのか。
 それとも、シロウへの想いが一層に深まっている証として、純粋に女として喜ぶべき事なのか。

 戦場に身を置いていたかつての私なら、そのような選択肢を迷う事も無かったでしょうし、そもそも色恋事に悩む日が来る事など想像もしていませんでした。

 ええ、今の私は苦笑いを浮かべつつも後者を選びます。
 シロウとの絆を深め、そして共に同じ道を歩み、将来はサーヤとカレンという二人の娘を授かる未来が待っているのですから。

 迷っている暇などありません。
 なにしろ、私の周りには――いえ、シロウの周りには手強い難敵が待ち構えているのです。

 そう考えると、この書状――年賀状と言いましたか。
 この年賀状は、その手強い難敵へ向けた果たし状であると言えるのかもしれません。

 一枚、一枚、私の確固たる決意を込めて書き記しましょう。
 私のシロウは誰も渡しません――と。
 新年が到来したその初日に、凛やルヴィアゼリッタ達が目を通すのです。
 生半可な姿勢では、かえって足下をすくわれる結果になってしまう事でしょう。

 シロウから借りた筆ペンに力を込めて、この小さな葉書に切々と我が誓いを書き記してゆきます。





新年を迎えたこの良き日に告げておきましょう。
私はシロウを心から愛しているのです。
この想いは誰にも負けません。
ええ、たとえ髪の毛1本たりとも譲るつもりはありません。
この剣に誓って、我がマスターの御身を守り続けます。
それでもあらがうと言うのなら容赦はしません。
全身全霊を掛けて立ち向かう所存です。

 元旦

 





 ――む。 少々、直接的な言い回しだったかもしれません。
 もう少し、婉曲な表現の方が適切でしょうか。

 日本人の心は“察し”と“思いやり”だと言いますし、ストレートに伝えるよりもそこはかと察して貰える様な言い回しの方が賢明でありましょう。
 ええ、将来衛宮家の嫁になる者として――お、夫に恥をかかせる訳にはいきませんからっ。


 ――そんな風に様々な思いを巡らせつつ、結局はシロウの指導を仰ぎながら、穏便極まりない文面に収まって、年末近くにその年賀状を投函した次第です。

 少々、残念な気もしましたが、新年早々に血気盛んな書状を送り付けるという無粋な真似はやはり避けるべきでありましょう。



 そして――新たな年を迎えた1月1日の朝。
 一年の計は元旦にあり、という格言もある事です。
 この日ばかりは、心穏やかにシロウと二人っきりで過ごしたいと思っていたのですが――。


「ねー士郎っ、早くお雑煮っ。早く美味しいオゾーニが食べたいようっ」

「へえ、やっぱり士郎が作った御節は見た目に綺麗ね。
 手が込んでいると言うか、必要以上に神経質すぎると言うか」

「姉さんっ、見た目だけではありませんっ。
 先輩と私のっ、あ、愛の結晶なのですから、とても美味しいに決まってますっ」

「サクラ――その言い回しには、ちょっと微妙なニュアンスを感じますわ。
 それはさておき、わたくしへの愛情が一杯に詰まっているこのシェロの出汁巻き卵は悪くありません事よ」

「そんなコトより、ねえシロウっ――私、オトシダマが欲しいっ」

「なに言っているのよ、イリヤ。
 あなたアインツベルンのお嬢様でしょ。
 士郎から小銭を貰っても仕方ないじゃない」

「えー? オトシダマって、お金のことなの?
 タイガからは、深い愛情のシルシだって聞いてたんだけど。
 だからシロウからの愛情の証として、ヒメハジメって言うんだっけ?
 新年最初の熱いキスをして貰おうかなーって思ったんだけど」

「新年早々、ナニ言ってるのかな、この小娘はっ。
 だいいち、士郎の最初はこの私がっ――」

「藤ねえ、どうでもいいけど、あんまりイリヤに変な事を教えてくれるなよ。
 だいたい、もういい大人なんだから、もう少し落ち着いた言動をだな――」

「ひっどーいっ! 士郎ったら、テキレイキだから早く嫁に行けって言ったーっ!
 こうなったら士郎にセキニン取って貰うんだからッ!」


 ――ええ、もはや、誰のどこから突っ込みを入れるべきなのやら。
 サーヴァントであるこの身でありながら、頭痛を感じるようになったのは、昨日今日の話ではありません。

 そもそもこの家は異様な程に女性率が高すぎます。
 心温かなシロウの性格を鑑みれば、自然とこの家に人が多く集まるのは理解できない訳ではありませんが、何故にこうも女性ばかり集まる傾向にあるのか。
 一度、シロウには腰を据えて懇々と異性に対する接し方を諭す必要がありそうですね。

 それはともかく、確かにこの雑煮という料理は美味でありますね。
 その言葉通りならば、“雑に煮たもの”となるのでしょうが、雑だなんてとんでもありません。
 昆布と鰹節の程良い出汁が味わい深く胸に染み入りますし、魚のつみれや小松菜、三ツ葉のバランスも実に素晴らしい。
 そしてどっしりと構えるように椀の中央に鎮座した白餅は何ともボリュームがあります。
 その食感も独特で食べ応えもありますし、炊き立ての白いご飯もまた良いものですが、これならば正月だけとは言わず、週に一度は雑煮を味わいたいものでありましょう。

 また、凛も褒めていた通り、御節料理も実にいいものです。
 目にも美しいその食材の数々は見ているだけで自然と食が進むような感があります。
 ええ、ですからこの雑煮の椀のおかわりのペースが早まっていたとしても、それは仕方のない事なのです。はい。
 御節料理には、きっとシロウの魔術が掛けられているのでしょうから。

 ああ、本当に和食の世界は実に奥深い。
 この豊かな食文化に幼少の頃から馴染む事のできる娘達は幸せ者です。
 これはやはりシロウの料理の腕を正統に継承する為に、男の子も授かる必要がありますね。

 そんな将来の展望を思い巡らせている間にも、皆の箸は留まる様子を見せません。
 そしていつの間にか食が進む内に誰が用意したのかお酒まで食卓にのぼっていて、気がつくとタイガは早々に酔ってしまっている様子です。
 しばらくの間は呂律の回らない意味不明の言葉を口にしてシロウに絡んでいたのですが、いつしか高いびきをかいて眠ってしまいました。

 このまま寝かせていては風邪を引いてしまうかもしれないと、苦笑いを浮かべつつ、シロウが彼女を抱き上げて離れの部屋へと運んでいったその頃合いでした。

 なにやら玄関の方から少年のものと思しき声が響いてきたのです。


『アスカ、アスカっ、アスカ、アスカ、アスカぁ、あすか、あすか、アスカ、アスカッ、アスカぁぁぁぁぁっ!』


 実に熱の篭ったその少年の声に、思わず皆驚いて壁越しながらも玄関の方へと視線を向けます。
 思い人の名前でしょうか?
 しかし、他人の家の玄関先で恋人の名前を連呼する意図が判りません。
 これもまたこの国の風習なのかどうか。


「なんでしょう、今の声は。
 男の子の声だったみたいですけど。
 ちょっと様子を見てきますね」


 そう言って腰を上げた桜は、ぱたぱたとスリッパの音を立てながら玄関へと向かっていきました。
 彼女のこのような時の対応の早さは流石と言うべきでしょうか。
 ええ、一日の長という言葉がしっくりします。
 桜のような良き模範が傍に居てくれるのですから、しっかりとこの家の事を預かれるように私も精進しなければなりませんね。

 それにしても同じ血を分けた姉妹でありながら、凛の方はと言えば我関せずと言った様子で炬燵に足を入れたまま、そっぽを向いています。
 まさに反面教師ですね。
 あのようになってはいけませんと、将来授かる娘二人にも言い聞かせる必要があります。

 そう思い巡らせていたのですが――む、妙ですね。
 良く見ると、視線を逸らしている凛の様子は、興味なしと決め込んでいる感じではありません。

 僅かに肩を震わせていますし、なにやら笑いを堪えているかのようにさえ見えます。


「どうしたの、リン。
 何か面白い事があったの?」


 そんな凛の様子に気付いたのは私だけではなかったようで、小首を傾げたイリヤスフィールがそう尋ねたのですが――。


「見ていれば判るわよ、イリヤ」


 もしもこの場にシロウが居たなら、思わず身震いしてたじろいでいた事でしょう。
 凛は彼が言う所の“あかいあくま”の顔を覗かせています。
 ニヤリと意味深な笑みを見せて、その視線を居間のドアの方へと向けた凛につられるように、私も、イリヤスフィールも、そしてルヴィアゼリッタもそちらへと目を向けると、ちょうど桜が戻ってきた所でした。


「さっきの男の子は郵便配達のアルバイトさんみたいです。
 ポストを覗いたら年賀状が届いていましたし――」


 居間へと戻った桜は笑顔を浮かべてそう言いながら、手に持っていた年賀状の束を差し出そうとしていたのですが――。
 それはまさに唐突でした。
 まるで彼女の身体に一瞬電気が流れたかのように大きく身体を振るわせた後、手にしていた年賀状の束を胸の辺りに押し当てながら大きく口を開いたのです。


「先輩っ、先輩っ、せんぱい、先輩ぃ、先輩っっ――せ、ん、ぱ、い、先輩っ、先輩、先輩っ、センパイぃぃぃぃ!」


 天にまで届けとばかりに大きな声で――そう、まるで絶叫するように、桜はシロウの事を呼び続けたのです。
 その様子は尋常ではありません。
 何事か異変が起きたのでしょうか?
 それにしては直感の能力について自信を持っているこの私ですが、辺りになんらかの危機的な異変が迫っている様子は感じられません。

 疑問に思って辺りを窺っていると、その視界の端に再び凛の姿を捉えました。
 どうやら不謹慎にも彼女はずっと密かに笑みを溢し続けていたようで、それもとうとう我慢できなくなったのか、肩を大きく震わせて、遂には大きな笑い声を洩らし始めたのです。


「桜、最高よ、ホント。
 本番に向けて、良い予行練習になったわ」


「凛、それはどういう意味です。
 実の妹の身体に異変が起きたのかもしれないというのに、そのような物言いはさすがに不謹慎でしょう」


 そのように苦言を呈してみたのですが、彼女はまるで悪びれた様子はありません。
 そして肝心の桜はと言うと、我に返ったのか、きょとんとした様子で目を丸くしたまま、きょろきょろと辺りを窺っています。


「あの……私、今、“先輩”って――」


 その時でした。
 大河を抱えて離れへと行っていたシロウが慌てた様子で駆け戻ってきたのです。


「どうしたんだ、桜。
 随分と大きな声で俺を呼んでいたみたいだけど、何かあったのか?」


「え、あ、先輩、それがその――」


 シロウの呼び名を連呼していた桜ですが、どうやら彼女自身も何故そんな事をしたのか判っていないようで、困った表情を覗かせています。


「士郎、なんでもないのよ。
 ちょっと黒っぽい小さな塊が目に留まって、ゴキブリと勘違いした桜が悲鳴をあげちゃったワケなの。
 ほら、本当に大丈夫だから、士郎は藤村先生に水を持って行ってあげたら?
 酔っ払って眠っちゃったワケだし、目が覚めた時に水を飲みたくなると思うわよ」


 助け舟のつもりでしょうか――そう告げた凛の説明に納得したシロウは「それもそうだな」と口にすると、そそくさと台所へ立ち寄り冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを手にすると、再び離れの方へと向かって行きます。

 その足音が遠ざかっていったのを期に、それまで黙したまま様子を窺っていたルヴィアゼリッタが鋭い眼光を凛に向けて口を開きました。


「ミス・トオサカ。貴女、妙な術式をそのカードに組みましたわね?」


「妙な、とは随分ね。
 とにかく時間がないから手短に説明するわ。
 ほら、桜、惚けてないであなたも聞きなさい。
 士郎に聞かれる訳にはいかないから小声で説明するわよ」


 そう言うと、凛は桜に指示して年賀状の束を炬燵のテーブルの上に置かせると、告げた通りに小声で話し始めました。
 結果、つられて私達も炬燵に座り直して顔を寄せ合う格好となります。


「この束の中には私が出した年賀状が含まれているわ。
 そしてルヴィアの見立てた通り、その年賀状にはとある術式が組んであるの。
 端的に言えば自白を強制する魔術という所かしら」


「自白って、さっきソレを手にしたサクラはシロウの事を何度も呼んでいただけだと思うけど――って、ああ、そういう事なのね」


 なにやら悪巧みをしているに違いない凛の意図を察したのでしょう。
 イリヤスフィールは、その幼い顔立ちには不釣合いと言えましょう――小悪魔的な笑みを浮かべて頷いています。
 凛の意図を理解できたのはルヴィアゼリッタも同様のようで、「全く、貴女って言う人はどこまで下品なのかしら」と呟きつつも、何故か頬を赤く染めています。

 どうやらその彼女の企みを理解できていないのは、私と桜だけのようで、自然と互いに視線を合わせて小首を傾げる格好になりました。


「戸惑っているセイバーと桜のために説明してあげる。
 この束の中のどこかに入っている私から士郎に宛てた年賀状を手にした途端、好意を持っている異性の名を10回続けて口にしてしまうのよ。
 仮に無意識の内に秘めた好意を持っていても、包み隠さず口にしてしまうというワケ。
 もしも複数の相手に対して好意を持っていたら、その度合いに応じて、名前を呼ぶ回数に差が生じてくるの。
 例えば士郎だったら、セイバーの名前を5回、そして私の名前を5回呼んでしまうという感じにね」


「あら、シロウだったら、きっと心から大好きな“イリヤ”っていう女の子の名前を大きな声で7回ぐらい叫んでくれると思うけど。
 まあ、残り3回は可哀想だからセイバーに譲ってあげるわ」


「皆さん、何を仰っているのかしら。
 シェロならば、きっと時空を超えた縁を持つわたくしの名を迷う事無く連呼する筈ですわ。
 ええ、まあ確かに表面上の恋人であるセイバーの名を多少は口にしてしまっても、わたくしは怒ったりしませんことよ」


 あいた口が塞がらぬとはこの事でしょう。
 シロウにとって生涯に渡って唯一の伴侶となり得るのは言うまでも無く私なのですから。
 そして将来の衛宮家の嫁として、シロウを道化人にさせるような振る舞いを見逃す訳にはいきません。


「凛――そして、イリヤスフィール、ルヴィアゼリッタ。
 何やらシロウを遊び道具であるかのように勘違いしているようですが、まさか私がそのような戯事を看過すると思いましたか?
 そのような忌まわしい術式が組まれている年賀状など、私の剣で一刀両断にしてくれましょう」


 どんな術式であったとしても、優れた対魔力の能力を有している私には無効です。
 この束の中の凛の年賀状など、すぐに探し出してシロウが戻ってくる前に処分してしまいましょう。


「あら、セイバー。
 貴女、ひょっとして不安なの?
 士郎の口から、貴女以外の女性の名前が告げられるかもしれないという事が」


「なッ! そんな事はありませんっ!
 ええ、微塵も心配などしていませんとも。
 私はシロウを信じているのですからっ」


「じゃあ、問題ないじゃない。
 私が作ったこの年賀状を士郎が手に取ったなら、きっとセイバーの名前をきっちり10回分、口にしてくれるわよ。
 さっきの桜みたいに一点の曇りもなくね」


「ね、姉さん――」


 唐突に話を振られて、桜は頬を真っ赤に染め上げて俯いてしまいました。
 確かに先程の桜の言葉には迷いなど無く実に一途だったと言えましょう。
 それ程にシロウに対して想いを募らせているという事なのでしょうね。

 ここに居合わせている他の誰よりも、桜はシロウとの付き合いが長い。
 ならば、いかに鈍感なシロウといえども彼女のその想いに対して感じる所があったとしてもおかしくはありません。

 そして、それは凛に対しても然り。
 このような謀をするなど計算高い一面もありますが、本質は心優しい性格ですし、それに何と言っても、かつてシロウは彼女に憧れていた時期があったと聞いています。
 もしかすると、凛はシロウにとって初恋の相手なのかもしれません。
 付け加えるなら――凛はシロウのファーストキスの相手でもあります。
 そんな彼女への思いをシロウが払拭しているとは言いきれないような気がしてきました…。

 一方、イリヤスフィールに対してのシロウの気持ちは妹に対するようなものだと思っていますが油断はできません。
 彼女はことシロウの事に関して言えば遠慮を知りませんから。
 するするとすぐにシロウの懐へと擦り寄っていきますし、それは精神的な一面においても同様なのかもしれません。
 シロウにとっても、唯ひとりの身内という親近感もあるでしょう。
 いつ何時、妹のような存在から、異性の存在へと変化するかもしれませんし。

 そういう意味では出会ったその日から異性という部分を前面に出しているルヴィアゼリッタは、シロウにとって印象深い存在なのかもしれません。
 なにしろ初対面で熱い抱擁の洗礼を受けてしまったのですから。
 しかも――悔しい部分ではありますが、彼女は私と違って実に“女性”を印象付けるたわわな胸の膨らみを有しています。
 シロウも健全な男性のひとりなのですから、やはり彼女のように女性らしい柔らかさを感じさせる肢体に惹かれてしまう一面があってもおかしくはありません。
 更に彼女には高貴な淑女という雰囲気が満ちていますし、男性にとっては眩しい存在でありましょう。

 そうですね――私は凛の指摘の通り、不安を感じているのでしょう。
 勿論、シロウに愛されていると信じています。
 しかし、ひょっとしたらシロウはどこか私に対して不満を感じているのかもしれません。

 私はこんな筋肉質の身体ですし、桜やルヴィアゼリッタのように豊かな胸で異性としての魅力を訴える事もできません。
 そして凛や桜のように料理の腕を揮う事もできません。
 また、イリヤスフィールのように素直な気持ちを示す事も性格上できませんし、また女性としての愛らしい仕草なども無縁です。

 ――段々とシロウに愛されているという自信も薄れていくような気がします。
 シロウはいったい、私のどこを好きになってくれたのでしょうか。
 それとも、彼に好かれているというその事自体が大きな勘違いなのでしょうか……。


 そんな風に頭を悩ませていた為に私は気付く事ができませんでした。
 そう――シロウがこの部屋へと戻ってきていた事に。


「なんだよ、みんなして顔を付き合わせるようにして。
 何かあったのか?」


 背後から聞こえたシロウの声に私は反応できず、石化してしまったかのように身体が硬直してしまいました。


 だめ、“それ”を見てはいけません。
 そして、触ってはいけません。


 ――必死にそう伝えようとしているのに声がでません。
 冷静になれば、シロウとはラインが繋がっているのですから、言葉にしなくても意思を伝える事はできた筈です。

 しかし、不安な気持ちに苛まれていた私は、そんな事すら思い出せず、ただ呆然とシロウの一挙手一投足を見つめていたのでした。


「お、年賀状が届いていたのか。
 今年は随分とたくさん届いたみたいだな」


 まるで処刑台に立たされたような心境で私が見つめているとも知らず、シロウは暢気な声をあげながら、炬燵のテーブルの上に置かれてあった年賀状を手に取ったのです。

 ああ、遂に私はシロウの秘められていた想いを知ってしまうのでしょうか……。

 凛、桜、イリヤスフィール、そしてルヴィアゼリッタ。
 彼女達の名前を高々に連呼するシロウの姿を目の当たりにしてしまうのでしょうか。

 その時、私は冷静で居られる事が――はたして出来るのでしょうか。


 そして――凛をはじめとして、皆が息を呑んで見守る中。
 シロウは先程の桜と同じ様に身体を大きく振るわせた後、直立不動の姿勢で大きく口を開いたのです。



「セイバぁぁっ、セイバーっ、セイバー、セイバー、せいばぁっ!
 セイバー、セイバーっ、せいっばぁ、せいばあ、セイ、ばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 心の内から響き渡るような、力強く、そして暖かな声、でした…。
 ――そして辺りは誰もが言葉を失ってしまったかのように声をあげる事ができずにいました。

 そのただならぬ雰囲気を察したのでしょう。
 我に返ったシロウは慌てた様子で口を開きました。


「わ、悪い、驚かせてしまって。
 なんで俺、急にセイバーのことを何度も呼んでしまったんだろう。
 ――って、セイバー、なんで泣いているんだ?!」


 え――わたし、泣いている……のですか?

 そう答えたいのに声がでません。
 ただ、確かに頬を熱いものが伝っていく感覚は判りました。

 すると、いつの間に私の傍に来ていたのか。
 凛はそっと私の肩に手を添えると、穏やかな声でこう言ってくれたのでした。


「ほら、セイバー。
 貴女のマスターが10回も心を込めて名前を呼んでくれたのよ。
 それなら貴女もきちんと言葉を返す必要がある筈でしょ」


 辺りを見渡すと、凛だけではありません。
 イリヤスフィールも、ルヴィアゼリッタも、そして桜も。

 恋敵である筈の私に優しい目を向けて見つめてくれています。
 まるで、私の背を押してくれるように。

 そんな彼女達の優しさに助けられながら、私は流れ落ちる涙を拭く事も忘れて、ようやく口を開く事ができました。


「私は、シロウと出会えて、本当に良かった……。
 そして貴方を好きになって本当に良かった」


 しみじみと、想い込めてそう告げたのですが、事情を判っていないシロウはただ慌てふためくばかりで――。


「い、いや、ちょっと、セイバー、その気持ちは俺としても嬉しい限りだけどっ。
 みんなが見ている前で、そこはかとストレートすぎるような気がするぞっ」


「なに言ってるの、士郎。
 アンタの方こそ、衆人環視の前で愛の告白をしたようなものよ」

「お兄ちゃんらしいと言うか、なんと言うか」

「まあ、それぐらい一途な方でないとエーデルフェルト家の婿は務まりませんし」

「でも、私、負けませんからね、セイバーさん」


 苦笑いを浮かべつつ口々にそう告げた面々に囲まれながら、シロウは困りきった様子で「なんでさ」といつもの口癖を呟いています。

 時折、彼の精悍な姿を目の当たりにしてどきどきとさせられたりもしますが、こんな風に保護欲を掻き立てられる姿もまた私の大好きなシロウの一面です。

 これからもずっと私はシロウの傍に居て、そんな姿を見つめることができるのでしょう。
 ええ、それもまた私にとっては至福の喜びのひとつ。

 そして、心優しい恋敵達の存在も、私にとって無くてはならないものなのかもしれません。


 こうして、新年の初日は騒々しくも、私にとって想いを深める良き日となりました。
 そして、一年の計は元旦にあり――です。
 今年もやはり、シロウを巡る私の戦いは楽観できるものではないのでしょう。

 ええ、勿論、元より油断などするつもりはありません。
 “任しておきなさい、これは決して負ける事を許されぬ乙女の戦いなのですから”――と、我が娘に誓ったのですから。

 窓から宙を見上げると、青い空が広がっています。
 その澄み切った空の向こうで、娘達が応援しているような――そんな気がした新年の初日でありました。





- つづく -


 元ネタは「護くんに女神の祝福を!」の“リップサーヴィス”です。


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