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今夜の番組チェック



『最後に、これは忠告じゃなくて命令。
 士郎。やるからには死んでも勝ちなさい。
 私が起きた時、アンタがくたばってたら許さないから』


 ――アゾット剣を託し、そう言って彼を見送った時。
 それは限りなく勝算の低い戦いだと認識していたけれど、彼はその戦いに勝って、必ず帰ってくる――という確信に近い予感があった。

 けれど、それは彼にとって本当の意味で勝利と言えるのかどうか。
 少なくとも心から願った結果にはならないだろうという思いはあった。

 何故ならば、最後の戦いに無事勝利して――そして悪しき根源であると判った聖杯をこの世から消滅させたならば、士郎が心を寄せた彼女――セイバーは、現世に留まる事が出来ずに彼の下から去ってしまう訳だから。

 情けなくも最後のその戦いに参加出来ず、彼らを見送る事しか出来ない自分が歯痒くて。 
 せめて、士郎が帰ってきたら、全身全霊をもって彼を支えてあげなくては――と心に誓っていたのだ。

 それは聖杯戦争を共に戦い、互いに背中を預け合った戦友としての責務。
 アイツはきっと、傷付いてボロボロになって帰ってくるだろう。
 受けた身体の手傷は勿論、愛するセイバーを失った心の傷を癒してあげなくては――と。

 そう誓っていたと言うのに。
 アイツったら――。


 『約束通りに無事に帰ってきたぞ』――って、それはもう満面に笑みを浮かべちゃって。
 その笑顔の理由は至って簡単。
 元気そうに笑顔を覗かせ士郎に背負われて帰ってきたイリヤの存在もあっただろう。
 けれど、もっと大きな要因は――そう、傷付き疲れ切った士郎に支えるように、頬をうっすらと赤く染めたセイバーが彼の傍に寄り添っていたから。

 無事でなによりね――と、取って付けたような言葉を返すのが精一杯。
 もっと気の利いた労いの言葉を掛けてあげるつもりでいたのに、戦い終えて穏やかな表情を浮かべて仲睦まじそうに目と目を合わせる2人の様子を目の当たりにしていると、何故か胸をチクチクと針で突付かれているような痛みを感じてしまって、視線を逸らすように俯いてしまった私だった。




『あかいあくまの新たな戦い』 
〜その1〜

by イイペーコー




 何故、私は衛宮邸ここに通い続けているのだろう。
 聖杯戦争も終わり、その戦いの同盟関係も自然に解消されて、もはやこの家に足を運ぶ理由など残っていないと言うのに。

 元々、士郎と私は他人同士。
 もっとも、一方的にではあったが、私の方は随分と昔から彼の事を知ってはいたのだけれど――それでもやはり、客観的には縁もゆかりも無い只の同学年の生徒同士でしかない関係なのだ。

 そして私は極力俗世間との関係を絶たなければならない遠坂家という魔術師の家柄の正統な後継者であって。
 魔術師の端くれとはいえ、アウトサイダー的な位置付けにある彼と接点を持ち続ける事は、デメリットはあれども、メリットは皆無と言っても間違いないだろう。

 まして彼は――私の手によって、その事実を隠蔽したとはいえ、聖杯戦争の真の勝利者。
 幸いにも、聖杯戦争の偽りの顛末を纏めたレポートの検閲を終えた魔術協会から事実確認等の接触は無いとはいえ、これからも再調査が行われないという保証はない。
 ならば、冬木の管理者である私が彼と親交を深め続けるなど避けるべき事なのだろうけれど。


「士郎――おかわり頂戴」


 そんな危惧を抱きながらも、今夜もこうして衛宮家の食卓の席につき、ごく自然にご飯のおかわりを彼に頼んでしまっている私は――やはり、どうかしてしまっているのかもしれない。

 いい加減にこんな生活は止めよう――と。
 何度となく結論を出した筈なのに。

 放課後になり、そのまま自宅に戻ろうともせず、気が付くとこの家の門をくぐってしまっている自分がいる。
 そんな私に対して、セイバーはまた来たのかと言いたげな面持ちでいつも出迎える。
 彼女にしてみれば、ここは士郎とセイバーの家であり――そして露骨な表現を用いれば、二人の愛の巣でもあるのだろう。

 セイバーにしてみれば、いかにかつての戦友であったとしても、恋人同士の蜜月なひとときを妨げるお邪魔虫のような存在にしか思えないのだろう。
 もっとも、そのお邪魔虫は私ひとりではない。
 もとよりこの家に出入りしていた藤村先生。
 そして、セイバーと士郎の関係を快く思っていないだろう私の妹――間桐桜。
 彼女が久しぶりに衛宮家を訪れてみたら、意中の彼――士郎に恋人が出来てしまっていたのだから、心中は穏やかではない筈だろう。
 桜が時折覗かせている憂いだ面持ちと深いため息の意味に気付いていないのは、鈍感大魔王の士郎ただひとりに違いない。

 更にあともう一人。
 聖杯戦争の為だけにアインツベルン家が準備したホムンクルス。
 もっとも、この家ではそんな話はご法度で――血は繋がっていなくても、彼女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、士郎の事を実の兄のように慕っている。

 そのイリヤの体調を診てあげる――というのが、この家を訪問している私の言い訳のひとつになっている。
 もっとも、本格的にイリヤの身体の診断を行う時には遠坂邸うちの設備が必要な訳で――衛宮家への訪問理由としては、少々説得力に欠けてしまっている所なのだ。


「それにしても、最近の遠坂は、よくおかわりするようになったなぁ。
 以前はびっくりするぐらい少食だったのにな」


 笑顔で私の茶碗にご飯を装いながら、そんな言い草を覗かせる士郎を私が黙って看過できる筈も無く、つい喧嘩腰のような口調で反論してしまう。


「何よ、悪い?
 週に三度も勉強を教えてあげているんだから、その授業料と思えば安いものでしょ」


 一緒に食卓を囲んでいる藤村先生の手前、その本当の所は口に出来ないけれど――それは私が衛宮家を訪れているもうひとつの言い訳と言えるのだろう。
 聖杯戦争が終わってから、週に三度のペースで士郎に魔術の基礎を教えているのだ。
 もっとも、士郎の方から教えて欲しいと願い出てきた訳じゃない。
 難癖をつけて半ば押し売りするように私の方から魔術の講師役を買って出たのだ。


「そんな事を言っている訳じゃないってば。
 たくさんご飯を食べてくれるようになって嬉しいと思っているだけだからさ」


 そんな事は言われなくったって判っている。
 士郎はそういう人なのだ。
 色恋めいた事は人一倍鈍いけれど、常に相手の事を慮って――誰彼なしに優しく接するという奇特な性格の持ち主で。
 急騰しているだろう衛宮家のエンゲル係数を気にしつつも、その事を他の誰かに対して不満めいたように口にするような奴じゃない。

 それなのに――どうして私はこんなにも素直じゃないのだろう。
 どうしてこんなにも憎まれ口を叩いてしまうのだろう。


「何よ、それ。
 人を底なし胃袋の大食漢のように言わないで貰える?
 そもそもレディーに対して食事量を話題にするなんて、全くデリカシーの欠片もないのね」


 みるみると表情を強張らせていくセイバーの姿を視界の隅で捉えつつ、意を決した彼女が口を開く前に、タイミングを見計らって「もういいわ」と、捨て台詞を残しつつ席を立つ。
 ああ、本当に私ってば性格悪いのかも。
 ついでに言えば――士郎が作ってくれた絶品のカレイの煮物をもう一切れぐらい食べたかった。
 そして、最後に煮汁をご飯にかけて食べようと思っていたのに――う〜ん、残念。

 でも、そんな事よりも、和やかな食卓の雰囲気を悪くさせてしまった事と――そして折角一工夫二工夫と手を掛け時間を掛けて料理をしてくれた士郎に申し訳なくて――離れの殆ど自室と化した洋間に身を隠すと自己嫌悪の深いため息を漏らしてしまう私だった。


「なんで私、ここに居るんだろ」


 答えの無い問いかけ。
 そして、勿論その問いに答えてくれる人など居ない。


「明日からもう止めよう――ここに来るのは」


 ずっと今までも独りっきりで生きてきたのだから。
 むしろその生活スタイルを好んでいたのだから。
 こんな家族ごっこのような雰囲気に埋没する日々に終止符を打てばいい。

 どの道、あと一年後には、この冬木の地を離れて倫敦へ向かう身なのだから。

 ならば、今すぐにでも荷物を纏めて自宅に帰れば良いのだろうけれど――せめて今夜ぐらいは、居心地の良かったこの部屋で安眠を貪りたい。

 寝巻きに着替える事すら面倒で、そのままベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めて。
 今日、何度目になるのだろう――ため息をついて。

 そして思わず、無意識の内に私は口を開いていた。


「士郎のバカ――」


 士郎は別に悪い事などしていない。
 強制的に巻き込まれる形で参加した聖杯戦争の時も、彼は未熟な魔術師としての部分を、本来魔術師としては適当ではないと思われる程に誠実な姿勢と、ひたむきな努力で補い、様々な強運の手助けがあったとはいえ、あの壮絶だった戦いを無事に生き抜いたという結果は無条件で褒め称えてあげるべきだろう。

 そんな特異事例を除いて日常に目を向けても、士郎の欠点など重箱の隅を突付いても見つける事は難しい。

 生活態度は律して清々しく。
 それはセイバーという恋人を得てからも特に乱れた様子はない。
 四六時中見張っている訳ではないから確信めいたものではないけれど、あの2人――聖杯戦争が終わってからは、今日日の中学生よりも清らかでプラトニックな関係なのではないだろうか。

 学校生活においては生徒会御用達の便利屋で、点数を数え切れない程に校内の備品を修理して、生徒会予算は勿論の事、学園の修繕費と消耗工具備品費の節減に随分と貢献しているという。
 その飛躍的な節減効果を受けて、「来春になっても衛宮士郎を卒業させるな」というどこまで本気でどこまでが冗談なのか判別し難い声が学園の経理部から洩れ聞こえているという。

 ぶっきらぼうな普段の言動もあって、異性からの人気は今ひとつという所なのだけれど、士郎に助けて貰った経験のある女の子達からは注目の的であるらしい。
 下心など微塵も見せずに――そして勿論その対象の性別が男か女かなどは関係なく、困っている人を見かけると放っておけずに手助けをしているようだ。

 今の所は互いにけん制し合って、直接士郎に対してアクションを起こそうとしている女の子は居ないようだけれど、それもきっと時間の問題なのかもしれない。
 全く――たかだかパンクした自転車のタイヤやらチェーンを直して貰ったぐらいで何を考えているのやら。

 私なんて――死線の狭間で互いに背中を預けて戦い、そして共に手と手を取り合って助け合った仲なのだから。
 そんな私を差し置いて、士郎にちょっかいを出そうとするなんてとんでもないわ。


 ――って、なんで士郎に興味を持っている女の子達と私を比べなきゃならないの?
 それになんだか胸がどきどきと高鳴ってたりするんですけど、これってナニ?

 まさか――まさか、まさか、まさか。
 まさか――私ってば、士郎の事を――?

 で、でも、ちょっと待て、私っ。
 士郎には既にセイバーという恋人が居て――私は2人を祝福しようと――。


 そんな時だった。
 私の頭の中で――先の尖った尻尾をフリフリとちらつかせている私そっくりの顔をした悪魔がしゃしゃり出てきて、そっとこんな風に呟いたのだ。


『凛、あなたは魔術師でしょ?
 魔術師たる者、欲する物があれば、ありとあらゆる方法――そう、どんなに腹黒い手段を用いてでも――そして奪い取ってでも手に入れるべきよ』



「で、でもっ――士郎とセイバーは互いに惹かれ合っているのよ。
 一歩譲って。そう仮に私がひょっとしたら士郎の事を好きであったとしても、あの2人の間に私の割り込む隙間なんて――」


『隙間が無ければ、こじ開ければいいでしょ?
 別の女の方を見ているとしても、強引にこっちの方に振り向かせればいいの。
 今という時間がゴールラインでは無くて――将来という時の流れの中では、遠坂凛が衛宮士郎と結ばれるゴールラインが待っている可能性は無限大にあるのだから』



「私と士郎が結ばれる?
 で、でも、そんな事になったらセイバーが――」


『断っておくけれど――あなた、極端に男運が無いから。
 そりゃ十把一絡げでどこの馬の骨とも知れない輩でも良いのなら苦も無くパートナーを選ぶ事が出来るでしょうけれど。
 これから先、衛宮士郎以上の男と出会える確率は、小惑星が地球に激突してしまうケースよりも低いわよ。

 勿論、淋しい独り身でも構わないと言うのなら放っておいてもいいけれど。
 でも、いいの?
 あなたには遠坂家の血筋を守り残していくという定めがあるのよ。
 遠坂家の遺伝子を次の代に残す為には衛宮士郎が必要なの。

 この際、衛宮士郎を押し倒してでも――』



「しっ、士郎を押し倒す――?!」


 思わず伏せていた顔を上げて、絶叫に近いそんな声を上げてしまった私なのだけれど。


「俺がどうかしたのか?」


 耳に飛び込んできた彼の言葉に、全身が凍ってしまったかのように固まってしまう。
 それはもう、きっと耳たぶまで真っ赤に染まっていると確信できるぐらい顔が火照ってしまって――高鳴っていた胸の動悸が更に激しくなっていく有様を必死に耐えつつ口を開いたのだけれど。


「あ、あ、あ、あ゛――」


 上手く言葉が出てこない。
 ――と、言うより口が回らない。
 ただ、突然の侵入者に対して指を向けるのが精一杯で。


「断っておくけど、何度もノックはしたんだからな。
 返事が無いんで、もう眠ってしまったのかと思ったけどさ、さすがに寝るにはまだ早すぎる時間だし――それに今夜は遠坂に魔術の基礎を教わる日だったからさ」


 いつもコイツは――衛宮士郎は、私の事を驚かせるっ。
 よりによってこんなタイミングで――。
 士郎を奪い取るとか――士郎と結ばれるとか――士郎と私の遺伝子を――とか。
 きちんと理論武装して身構えている時ならまだしも、こんな支離滅裂な思考のループに陥っている隙を突かれてしまったら。

 ――って、隙?
 すき? スキ? 好きぃ――っ?!
 ああん、まだループから抜け出せないっ。


「どうした、遠坂? 顔が赤いぞ?
 ひょっとして、風邪でも引いたのか?」


 ちょ、ちょっと待ちなさい、士郎っ。
 あの、そんな、にじり寄って来て、まさか――あの嬉し恥ずかしラブコメのお約束――おでことおでこをぴったり合わせちゃったりしようと思っているワケ?

 ――って、合わせちゃう?
 合わせる、合わせる時、合わせちゃって――愛しちゃってぇ?

 だ、ダメだわ。 どんどん思考が暴走しちゃう。
 おまけに連想して発展させてしまっているその思考に、かなり無理があるし。

 そうこうしている内に、士郎ってば、私の目の前まで歩み寄ってきて、何気に目と目を合わせちゃったりしていて。

 ここまで来ると、おでこピタ――って合わせちゃうのは九分九厘間違いない所かしら。
 ――って、九分九厘というコトは、残りの九割一厘はこのままキスしちゃう確率って言う所?

 と、とにかくっ。
 ここはやっぱり、目を閉じて――士郎に全てを任せるべきね。

 それに冷静になって考えてみると、既に私って士郎にファースト・キスを捧げちゃっている訳だし、なんだ何の問題もない訳じゃないの。
 ひょっとしたら、士郎もあの時のキスが初めてだったのかもしれないし――って、間違いないわね。うん。
 きっと、士郎のファースト・キスの相手は私だった筈。
 
 こうなったら、“おでこ・とぅー・おでこ”だろうが、“マウス・トゥー・マウス”だろうが、士郎に全権委任よ。
 さあ、かかってらっしゃいっ。


 ――と、(少なくてもセイバーよりは)大きな胸を高鳴らせて待っていた私に。


 ぴとっ――って。
 士郎ってば、重ねてきやがりましたよ――――手の平を。
 熱を測るように私の額に手を当てて、もう一方の手を自分の額に。

 そうよね――士郎に限って、据え膳を喜んで頂いちゃうような真似をする訳ないか。


「やっぱり、ちょっと熱があるみたいだな。
 風邪薬を飲む程じゃなさそうだけど、とりあえず今夜はこのまま泊まっていくといいさ」


「え――いいの?」


 私が泊まっていく事をセイバーが嫌がるからだけでなく、士郎の倫理観は骨董的な程に古い所がある。
 聖杯戦争の時は緊急事態だったからこそ首を縦に振るしか無かった訳だけれど、最近では「嫁入り前の娘が他所の家に軽々しく泊まっていくのは良くない」――と、ひと昔前のオジサンっぽい主張を展開して見せるのだ。

 そんな士郎が自ら泊まっていけと言うなんて――。


「だってさ、病人に夜道を歩かせる訳にはいかないからな。
 それはそうと、遠坂が残した晩メシのおかずとご飯で雑炊を作ったんだけど――風邪を引いているんじゃ食べれそうにないか?」


「えっ? 雑炊?
 ひょっとして、カレイの煮付けとその煮汁で?」


 道理で美味しそうな匂いがすると思った。
 士郎は笑顔で頷きながらそっと立ち上がり、部屋の入口にある棚の上に仮置きしていた小さ目の土鍋が乗っているお盆を手にとって、再び私の傍に歩み寄ってきて――。


「食欲なかったら無理しなくてもいいからな。
 遠坂が食べなくても、藤ねえやセイバーが食べてくれると思うし」


「た、食べる。
 私の為に作ってくれた士郎の手料理だもの。
 お腹が一杯でも食べるわよ」


 そうよ。誰がセイバーに渡すものですか。
 士郎の手料理も――そして士郎本人も。

 鰹のだしをベースに程良く煮汁で味付けされた雑炊を――お茶碗に装っている間も惜しくて、土鍋からそのままレンゲで掬い取るように食べていく。
 傍では「行儀悪いぞ」って苦笑いしている士郎が居て――ああ、何て言い表したら良いのだろう――この幸せな気持ちを。


「そっか。 だから私――」


 だから私は衛宮邸ここに通い続けているのだろう。
 メリットやらデメリットやらの損得勘定なんて元から関係無かったんだ。
 そしてこれから先――仮にどんなに男運とやらが良くて、世間一般の評価ではレベルの高い男達や格好の良い男達と出会える機会が待っているとしても――そんなこと関係無かったんだ。

 ただ、コイツの――衛宮士郎の傍に居たくて。
 この美味しい雑炊のように温かい士郎の優しさに触れていたくて。

 ふふっ――こんな事じゃ、士郎の事を鈍感だなんて言えないわね。
 今日この瞬間まで自分の本当の気持ちに気付く事が出来なかったのだから。


「ありがと、士郎――美味しかったわ」


 すっかりと平らげて空になった土鍋を返しながら――そのままこの想いを士郎に伝えようかと思ったのだけれど。
 やはり、その前に宣戦布告が必要よね。

 明日の朝一番に――そしてみんなの目の前で、堂々とセイバーに告げよう。

 たとえ今は、士郎の心の全てをセイバーが掴んでいるとしても。
 そう遠くない将来に――いいえ、どんなに時間が掛かっても、士郎のハートはこの遠坂凛が鷲掴みにして見せると。

 それがどんなに不利な戦いであったとしても、私は決して挫けたりはしない。
 そもそも不利云々と言うのなら、聖杯戦争の最中に嫌という程に圧倒的に不利な戦いに直面し、それを乗り越えてきた私なのだから。
 これからのセイバーとの戦いが――或いはそれが桜やイリヤまで巻き込んだ熾烈なものになったとしても。

 最後の最後で笑うのはこの私。

 そう――純白のウェディングドレスを身に纏い、満面の笑顔で士郎と共にバージンロードを歩くのは遠坂凛、ただひとり――よ。


 でも、最後の最後で――って言っても、せめて子供を産める年齢までには決着をつけなくっちゃね。
 遠坂家の血を引く正統な後継者を残す義務があるのだから――。

 その後継者を残すためには。


「ねえ、士郎――協力して貰うわよ」


「ん? 何を協力するんだ?
 普段から世話になっている遠坂のお願いなら、なるべく手を貸したいとは思うけどさ。
 それって――俺に出来る事なのか?」


「ふふん。出来るもナニも、この“協力”については士郎にしか頼めないコトなのよ」


「む。そこまでは言われたら、協力しない訳にはいかないな。
 ――で、いったい俺は何をすればいいんだ?」


 畏まってその場に正座して、真剣な面持ちで正面から私の目を見つめる士郎。
 全くもう、堅物と言うか、朴念仁と言うか――それともやっぱり鈍感大魔王と呼んであげるべきか。
 こんな狭い密室で女の子と2人っきりになって――その目の前の女の子から意味深に協力して欲しいとか言われたら――って、士郎に限って気付く訳はないか。
 そもそも、そんな所も引っ括めて衛宮士郎という男の子を好きになってしまったのだから。


「今は内緒。 その内、気が向いたら教えてあげるわ」


「む。なんでさ。
 協力しようにも教えてくれなかったら、手の出しようがないじゃないか」


「判っているわよ。
 そもそも、手を出す云々って、士郎の方から手を出してくれれば何の問題もないんだけど」


「なんだよ、それ。 ますます訳が判らないぞ」


「だから、今は判らなくてもいいんだってば」


 知らなかった――。
 相手が士郎だと、こんな些細な会話を交わす事すら楽しかったんだ。

 聖杯戦争の真っ只中の頃は、そんな楽しいだのという気持ちに浸る余裕すら無かったから。
 もっとも、その頃にこの想いに気付いていれば、士郎をセイバーに奪われずに済んだのだろうか。

 ううん、そんな事はないか。

 士郎とセイバー。
 この2人が出会えたのは、まさしく運命Fateなのだから。
 運命によって出会った2人が惹かれ合ったのは当然の事。

 けれど、その運命に立ち向かってこそ、魔術師たる遠坂家の血を引く証と言うものよ。


「――負ける訳にはいかないわよね」


 両の手の力こぶしをぐっと握り締めて。
 宙を仰ぎ見て、天井に遮られそこには見えぬ夜空の月を心眼で捉え――まさに月の女神のイメージにぴったりのセイバーをその月に重ねて。
 当の本人には明日の朝に告げる宣戦布告を一足早く済ませた私だった。


 ――で、そんな清々しい気持ちに浸っていた私の傍で。


「あくまがいる――やっぱり、あかいあくまだ――」


 ――と、フトドキな発言を口にしている赤毛の少年に天誅を加えてやったのは別の話。
 ともあれ、新たな戦いに身を投じようとしている今の自分を殊のほか気に入っている私だった。





- つづく -


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