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『騎乗兵の策略』 
(30万ヒット達成記念)

by イイペーコー



 草木も眠る丑三つ時――よりも少々早い丑の刻。
 すっかりと闇夜に包まれた冬木市深山町の町外れ――とある寂れた神社の境内をひゅるるるーと凍てつく北風が通り過ぎていく。
 いかに比較的温暖な土地柄といえども2月も中旬というこの時期は流石に寒い。
 世のジョシコウセイ達が丈の短いスカートで、太股ぎりぎりのラインの素肌を露にしつつ、その寒さに堪え忍んでいる今日この頃である。

 猫は炬燵で丸くなる。
 犬だって本当は寒くて散歩に行きたくない――と思っているかもしれない程に、ここ数日はかなり冷え込んでいる。

 しかし、人生における最大の勝負所を迎えていると言っても過言ではない某少女にとっては、自身が発しているドス黒い――もとい、聖なる漆黒のオーラの影響なのか、それとも内面に秘めた実に執念深い――もとい、清らかなれどひたすらに切なる願いの波及効果なのか、彼女――間桐桜は寒さなど微塵も感じている様子はない。

 その寂れた神社の境内に姿を現した間桐桜は、彼女のピュアなハートをありのままに醸し出すかのように純白の衣装を身に纏っている。
 所謂、“どうぞ私を先輩の色に染めて下さい”――の状態である。
 そう――間違っても“白装束”などという特殊な儀式の際に身に付けるような物と混同して誤った描写をしてはならない。

 そして、何かしらの一途な想いを込めているのか白い鉢巻きを頭に巻いて――お、おそらくは暗い足下を照らす為だろう――その鉢巻きに蝋燭風の装飾をあしらったペンライトを両耳の辺りに各1本ずつ括りつけてある、ようだ。
 ナニゆえに三人称形式の情景描写で不安めいて口籠ってしまうのか謎であるが、決して追求してはならない。
 間桐桜を怒らせてはならないのである――なにしろ彼女には杏里ちゃんと真由ちゃんという漢字にすればなんとなく萌えキャラっぽいが、その実はとっても怖いパートナーが密かに付き従っているという噂なのだ。

 ちなみにソレは“ボクらだけの秘密だよッ”――という所である。
 良い子は決して他人に言い触らしてはならないし、お父さんやお母さんに尋ねてもいけない。

 さて、話を戻そう。
 我らのヒロイン――間桐桜嬢であるが、しずしずと境内の一角にある神木に向けて歩み寄ると、清らかな純白の装いの着物の懐から――藁で出来ていると思しき人の形をした物を取り出し、神木の幹の表面にそっと押し当てた。
 よく見ると、その藁の人形には名札が付けられてあり、平仮名で「せんぱい(はーと)」と書かれていたりする。
 そして更に取り出した五寸釘――その鋭く尖った先端を藁の人形の胸の辺りに添えて、最後に取り出したハンマーを振り上げた。

 おいおい、それって“丑の刻参り”ぢゃないのかっ?――というツッコミが賢明な読者の皆様から入りそうである。
 全く以ってご尤もなのであるが、ソコは決して追求してはならない。
 もう一言、更に厳しい突っ込みを入れようものなら、その次の瞬間には貴殿の背後には怪しく蠢く影が迫ってしまうコトだろうから。

 閑話休題――である。

 繰り返そう。我らのヒロイン、魔桐桜嬢なのだ。
 一見、怪しく見えるその行為も、きっと何かしらの純な乙女の事情が介在しているに違いない。

 はて、微妙に誤字が混ざってしまったような気もするのであるが――残念ながら容易には校正ができないと思われるので先に進めよう。

 ほら、耳を澄ませば、彼女の清らかな声が聞こえてくる。


「先輩のばかーっ! 2年以上も通い妻を続けているのにーっ!」


 かこーん、かこーんと、響く打撃音。
 どうやら、かなりの力を込めてハンマーを振るい、釘を打ち込んでいるようだ。


「どうして私の気持ちに気づいてくれないんですかーっ!」


 更に更にかこーん、かこーんと深夜に金属音が響いていく。

 えー、その。かなりフラストレーションの度合いが高まっているようである。
 これはひとえに鈍感の代名詞とも言えよう衛宮士郎が全て悪いのであろう――と言うか、士郎よ――何とかしなさい(汗)


「こんなにもっ、こんなにも先輩のことが大好きなのにーっ!」


 その振り上げたハンマーを握る手に更に力が篭る。
 そのまま勢いに任せて力強く釘を打ち込んだ所で、面持ちを真っ赤に染め上げながら、思わず桜はその場でしゃがみ込んだ。
 そして熱く火照った頬に両の手の平を添えながら身をくねらせる。


「あ?! そ、そのっ、好きって言っちゃった――先輩のことっ!」


 誰かに聞かれたのではないかと、思わずきょろきょろと周囲を窺い――幸いにも辺りに人影がない事を確認すると、ほっとその成長著しい大きな胸を撫で下ろす彼女であった。
 そもそも、万が一にも近辺をうろついていた輩が居たとしても、深い溜め息を漏らしながら桜を見守っているライダーが看過する筈はあるまい。

 ギリシャ生まれの彼女は、倭の国には何と異様な方法で深愛の情の深さを示す儀式があるものだ――と、はたして感じているものなのかどうか。
 或いは日頃の彼女のライフスタイルと言えよう膨大な読書量から得た知識によって、桜の振る舞いが少々常軌を逸脱し掛けている事を把握できているものなのか。
 元より基本的には無口なライダーであるが、今も静かに桜を見守るのみである。
 黙して語らず。
 ライダーのチャームポイントのひとつと言えよう眼鏡の奥で覗かせている優しげでありながら、どこか困っているような瞳が彼女の胸の内を僅かながらも代弁しているのかもしれない。

 桜とライダー、それは勿論言うまでもなくマスターとサーヴァントの関係である。
 衛宮士郎とセイバー、或いは遠坂凛とアーチャーの例をあげるまでもなく、マスターとサーヴァントはどこかしら似通っている部分があると言えよう。
 桜とライダーも言わずもがなであり、女性として魅力的なその体型も局部的には共通項があったし、好みやら性格もよく似ている所があるのだが――。


「お願いですから、サクラのあのような一面までは私と一緒にしないで下さい」


 誰に向かって言った訳ではあるまい。
 人知れず溜め息と共に独り言を漏らすライダーであった。


「やはり、サクラに忠告してあげるべきでしょうか――。
 それは明らかに呪いを込めるような儀式であり、本来行いたかった筈の“お百度参り”とは異なるという事を」


 ぜひ、それは指摘して欲しいものである。
 ある意味では純な乙女の切なる姿と言えよう――士郎への想いを成就させたいと願って平安時代より伝わる古式ゆかしき“お百度参り”を始めた桜なのであるが、その根本である“手法”を大きく間違ってしまう辺りは、ここ一番というところで大ポカをやらかす遠坂の血筋を色濃く引いているという証なのだろうか。

 いかにバーサーカーやランサーなどの英霊から痛恨の一撃を受けてもなおしぶとく生き残った衛宮士郎と言えど、その気になれば無尽蔵とも言える程の魔力を汲み出す事のできる彼女が、計百回も祈り(呪い?)を込めて客観的には丑の刻参りと同様の行為を繰り返してしまったなら、そのターゲットとなった士郎はかなりの精神的ダメージを受けてしまうかもしれない。


「しかし、たとえどのような手法であったとしても、こんなにも熱く切なくサクラから想われているのです。
 やはり、士郎は幸せ者という事でしょう」


 はたして彼女――ライダーが本心からそのように考えているのかどうか、少々疑問ではある。
 ともあれ、今日は間桐桜にとって決戦の日――バレンタイン・デー。
 彼女の意気込みはひしひしと伝わってくる所である。


「今年こそはっ! 今年のバレンタイン・デーこそは!」


 そう――今年こそは、熱く蕩けそうな告白と共に思い人である士郎にチョコレートを捧げ、長年の想いが成就する事だろう。


「今年こそは、先輩のハートをえぐり出して――」


「サクラ、それを言うなら“鷲掴みして”――です。
 心臓ハートを抉り出してしまっては、いかに丈夫な士郎とはいえ亡き者と化してしまいます」


「え、あ、そう、それよ、うん。その鷲掴み。
 先輩のハートを鷲掴みして、私のたわわな胸でスリスリと――」


「サクラ、それ以上は年齢指定制限の描写に抵触してしまいそうな恐れがあります。
 パイでスリスリはとても危険な行為かと思われますが」


「あ――う、うん、判ってるってば。
 とにかく、今年こそマンガンホウジュウしなくっちゃ!」


「サクラ……満貫を放銃してどうするのです。
 満願は成就すべきものでしょう」


 麻雀にまで及んでいるライダーの幅広い知識はさておいて。
 ねえ、やっぱり今年もダメだと思う?――と、思わず読者の皆さんに同意を求めてしまいたくなる不安な気持ちを抑えつつ、先を急がなくてはならない。
 ただでさえ冗長な文章だと言われる事の多い拙作である。
 これ以上、不必要にファイルサイズを膨らませる訳にはいかない。


「さて、これで“お百度参り”も無事に終わったし、早く間桐邸うちに戻ってチョコを仕上げなくっちゃ。
 邪魔をしないように石化させちゃった兄さんも、そろそろ元通りに戻してあげなくちゃいけないし」


 嗚呼、哀れ――間桐慎二。
 溜まりに溜まった桜の日記帳あんさつちょうの☆印。
 それにも関わらず、溢れんばかりの愛情を一杯に注いで桜が準備した手作りチョコをあろう事かつまみ食いしてしまった慎二は、彼女の逆鱗に触れ、言葉にするのも恥ずかしい格好のままライダーの魔眼によって石化させられているのである。


「はぁ、それは構いませんが――宜しいのですか?
 どうせならばバレンタイン・デーが終わるまで、あのまま放置しておいても良いかと思うのですが。
 シンジの事です――また性懲りも無く桜が作り直したチョコレートをつまみ食いしてしまうかもしれませんし」


 ライダーにとって、この際慎二が再び桜を怒らせる振る舞いをして、想像を絶するような仕打ちを彼が受ける事になったとしても、それは自業自得の範疇であり問題は無いと考えていた。
 しかし、その為に――もしも、桜が手作りチョコを士郎に手渡す事が出来なくなってしまったならば、桜はどんなにか嘆くであろうし、深く落胆して1週間ぐらいは立ち直れなくなってしまうかもしれない。
 事実、昨年の今頃はバレンタインどころの状態に無かった為に、結局桜は士郎にチョコを贈る事が出来ず、またすっかりとバレンタイン・デー自体を失念していた訳でもあり、桜はその事に気付いた日から三日三晩に渡って泣き崩れた日々を送ったのであった。
 その時の桜の様子を思い出し、今年こそは無事に桜が士郎にチョコを手渡す事が出来るようにと祈らざるにいられないライダーなのである。


(それに――サクラが先に渡してくれませんと、私も士郎にチョコレートを贈る事が出来ませんし)


 ほんのりと僅かに頬を赤く染めたライダーであったが、幸いに士郎へ手渡すチョコの事で頭の中が一杯になっていた桜はその様子に気付く筈も無い。
 ある種の視点で見れば異様と言えなくも無い白装束の姿のまま、半ばスキップをしながら帰路へとついた桜であった。

 余談であるが――その自宅への帰り道の途中で、早起きの新聞配達のオニーサンが、走り去る彼女の後ろ姿を目撃してしまい「でっ、出たぁぁぁぁ!」と腰を抜かしながら絶叫してしまったという。
 こうして――幽霊屋敷と噂されている某洋館に加えて、またひとつこの深山町に怪しげな噂が加わってしまったのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 2月14日、午前5時半――間桐邸。
 かつては異様な空気を周囲に漂わせていたこの屋敷も、今では近隣の住人に穏やかな雰囲気を感じさせる程に落ち着きを取り戻していた。

 夜明け前であるこの時間帯でありながら、間桐桜は日頃からこの時刻には既に目を覚ましている。
 意中の相手である衛宮士郎の朝ご飯を準備する為、同年代の少女達よりは遥かに早いこの時間に起床して身支度を整え、皆勤賞として表彰される程に足繁く彼の家へと通っているのである。
 本来の登校時間を考えれば、あと小一時間程度遅く起床したとしても全く問題はないのであるが――衛宮士郎は人一倍に朝が強く、彼の寝顔を堪能し、そして優しい新妻のように声を掛けて起こしてあげる――という桜にとっての至福のひとときを味わう為には、一番鶏よりも早い起床はやむを得ない所であった。

 もっとも、今日は起床直後という様子ではない。
 彼女にとって第二の本拠地と言えよう間桐邸の台所で、1時間ほど前からなにやら熱心に作業を行っている。

 余談であるが、桜にとっての本拠地が衛宮家の台所である事は言うまでもない。
 最近では師匠である士郎の立場が危うくなる程に、衛宮家の台所を取り仕切っているのは桜であり、事細かな調理器具の保管場所から調味料の類、各種食材の保管量に至るまで彼女が全て把握している。
 このままの流れで、今後衛宮家の財政面のやりくりまで彼女が引き受けるようになれば、民法上における内縁の妻という取扱いの認定がおりる可能性すらあるのかもしれない。

 閑話休題――その間桐家の台所での作業であるが、それは言うまでも無く手作りチョコの製作である。
 大半の作業は昨夜の内に完了しており、士郎への切なる想いを込めて、今はその大きなハート型のチョコの表面に“大好きです、先輩”という彼女にしては少々背伸びをしていると思しきメッセージ付きのプレートを添えようとしている所である。


「さてと――これで出来上がりっと」


 何しろ、慎二の妨害つまみぐいがあった事もあり、一時はどうなる事かと思われた程である。
 ほっと安堵の溜め息と共に笑みを覗かせる桜であった。


「見事な出来栄えです。
 さすがはサクラですね」


 手伝う事が何も無くとも、マスターである桜が睡眠時間を削り熱心に作業をしている最中にライダーが身を休める事など出来る筈も無い。
 ずっと桜の傍に居て見守っていた彼女が、思わずそうコメントを口にしたのは心からの本心であろう。

 士郎の手の平に乗せてもおそらくは余りある程の大きさを有するそのチョコレートは、前述の通りにハート型をしており、1センチほどの厚みの中はホワイトチョコ、ビターチョコ、そして生チョコの三層に分かれている。
 蕩ける甘さと程よい苦さが口の中で広がりつつ、ふんわりとした生チョコの触感を楽しむ事のできるこの一品ならば、専門店で販売したとしても人気商品になる事だろう。


「ふふっ、ありがとう、ライダー。
 これでようやく今年こそは――」


「そうですね。今年こそはサクラの想いが士郎へと届く事でしょう」


「もう、ライダーったら」


 頬を赤く染めつつ、思わず照れるように視線を逸らす桜。
 実に年相応の少女らしい仕草と言えよう。


「しかし、意外です。
 てっきり、サクラの事ですからチョコレートには怪しげな薬など――例えば媚薬の類を混ぜるのかと思っていました」


「――ライダー。
 貴女が私の事をどう思っているのか、よく判ったわ。
 そうね、一週間ぐらい先輩の家への出入りを禁止しようかしら」


「はあ――私の食事は士郎が作ってくれますので、それでも構いませんが――宜しいのですか?
 サクラが1週間もの間、士郎分の補給を絶つなど想像し難いのですが」


「なんで私が先輩絶ちをしなくちゃいけないのよっ!
 出入り禁止になるのはライダーの方なの!」


「そうですか――私はこの間桐家の出入りを禁じられるのですね。
 それならば仕方ありません。
 これからは衛宮家にお世話になる事に致しましょう」


 はたしてどこまでが本気で、どこまでが冗談なのやら。
 感情を露にして怒りの矛先を彼女に向ける桜なのであるが、のらりくらりとライダーはかわしてしまう。

 ともかく発言の内容が本気であれ冗談であれ、ライダーにとって、一日たりとも衛宮家の門をくぐらない日がある事など考えられないのであろう。

 たとえ士郎のサーヴァントであるセイバーの面前であっても、桜と同様に士郎の事は自分自身にとって守護の対象であると公言して憚らないライダーである。
 叶うものなら、既に自室までも存在している衛宮家へと完全に移り住みたい気持ちであるのかもしれない。


「全くもう、本当にこういう所ってライダーには敵わないわ」


「恐れ入ります。
 ――さて、そんな事よりも、サクラ。
 今朝は普段よりも些か時間が過ぎてしまっているようです。
 この士郎への手作りチョコの包装は私に任せて下さい。
 どうぞ、サクラは身支度を――」


「そ、そうね! それじゃ悪いけど、お願いできるかしら?」


 ちらりと壁掛けの時計へと視線を向けると、ライダーの指摘通りにいつもの時刻よりも10分ほど遅れ気味であった。
 このままでは毎日の楽しみである士郎の寝顔を見損なってしまうかもしれない。
 まして今日はバレンタイン・デー。
 セイバー、凛、イリヤスフィール等々、強敵ライバルの多いこの状況下である。
 出来ることなら誰よりも早く一番にチョコレートを士郎に手渡したいと桜は考えていた。

 その為には、もはや一刻の猶予もあるまい。
 日頃からセイバーの起床の時間は早いものであったし、朝が苦手な凛も、この勝負の日には目覚まし時計を1ダースぐらい準備してでも早起きをするかもしれない。

 あたふたと身に付けていたエプロンを外して自室へと向かった桜は、その背中でライダーがニヤリと意味深な笑みを浮かべていた事に気付く筈もなかった。


「ふふふ――ええ、この私に全て任せて頂きましょう」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 同日、午前6時――衛宮邸。
 いつものように魔術の鍛錬をしながら、ついそのまま寝入ってしまったのだろう――薄暗い中にも僅かに朝日が差し込まれているその土蔵には、衛宮士郎の姿があった。
 桜やセイバー達から何度となく注意を受けても、その習慣はなかなか直る事はないようだ。
 もっとも、鍛錬の途中でそのまま眠ってしまう事を想定してか、毛布を持ち込むようになったのは進歩の証と言えるのかもしれないが。

 とはいえ、今朝は一段と冷え込んだ朝を迎えていた。
 毛布に包まるように眠っていた彼ではあったが、その冷気のせいもあってか、先程から毛布の中でもぞもぞと身を動かしている。


「うう、寒い――」


 むくりと身体を起こすなり、ぶるぶると身を震わせる。
 こうして土蔵で一夜を明かした翌朝は、たいていの場合は桜に起こされる事が多く、その度に「またこんな所で眠ってしまったのですか」――と小言を受けていたのであるが、幸いに今朝は、自発的に目を覚ます事が出来た。

 何故か夢見が悪かったのだろうか。
 一際に底冷えのする土蔵で眠っていたと言うのに、士郎が身に付けていたシャツはぐっしょりと汗で濡れていた。

 知らず識らず胸の辺りに手を当てて、何かしらの太い杭のような物で何度も心の臓を貫かれたような疑似体験を僅かに思い出す。


「ううっ、よく思い出せないけど――変な夢を見たような気がするなぁ。
 確か、白装束姿の若い女性が居て――」


 ――あまり、詳しくは思い出さない方が賢明だろう。
 そもそも、夢見が悪かった程度で済んで何よりであったと言うべきだろうか。

 無意識の内に防衛本能が働いたのかもしれない。
 これ以上、深入りしては危険だと。
 異様な黒い影を蠢かす少女の後姿が見えたような気がしたのは、気のせい、気の迷い、錯覚、五里霧中――である。

 明らかに底冷えしている室温によるものではない寒さを感じて身震いした後、士郎は強制的に思考を変えた。


「とにかく寒いな、うん。
 これからは毛布だけじゃ足りないようだし、寝袋を探しておくとするか」


 根本的に自分の部屋に戻って床につくという選択肢を真っ先に思い浮かべない辺り、彼を取り巻く少女達の心配事のひとつが解消される日はまだまだ先のようである。
 兎にも角にも、このまま土蔵に居続けては、また誰かに目撃されて注意を受けてしまいかねない。

 のそのそとその場で立ち上がり、持ち込んだ毛布を抱えて土蔵を後にしようとしていた士郎であったのだが――その扉を開けた所で、ばったりと見知った人物と鉢合わせた。


「やっぱり、ここにいたんですね、先輩っ」


「うわっ、さ、桜。
 いや、別に俺はここで眠っていた訳じゃないぞ。うん」


 言い分けじみた物言いを見せた所で、手にしている毛布が昨晩の彼の寝床が何処であったのかを雄弁に語っている。
 この彼の悪い癖を矯正するのは容易ではない――と、溜め息混じりに苦笑いを浮かべる桜であった。


(同じ寝室で一緒に寝るようにすれば、先輩が夜中に土蔵へ行かないように監視できるのにな)


 そんな思いを巡らす桜であったが、もしもその想像の内容を口にしていたなら、土蔵の屋根の上からそっと見守っているライダーから、『サクラ、それは同棲を通り越して同衾です』――と、即座に突っ込みが入った事だろう。


「先輩、こんな所で眠っていると、その内本当に身体を壊してしまいますよ」


「あーうん、その、すまない。
 これからは気をつけるようにするよ」


「判っていると思いますけど、毛布の代わりに今度は寝袋を持参するとか、そんな方法も却下ですからね?
 これからはちゃんと自分の部屋で眠って下さい」


 やはり――と言うべきか。
 一枚も二枚も桜の方が上手うわてである。
 すっかりと士郎の性格を把握し尽している彼女にとっては、彼の行動パターンも予測できているようだ。


「あうっ、その――判った」


 桜には敵わないなぁ――と、苦笑いを添えつつ呟く士郎であった。


『サクラ、急いだ方が宜しいかと。
 普段の朝ならば、もう少し遅い筈のリンやイリヤスフィールが衛宮邸を目指して急速接近中です。
 そして家の中でも、セイバーが目を覚まして士郎を探している模様です。
 このままでは、遅かれ早かれ土蔵の前で鉢合わせしてしまうものと思われます』


『そ、そうなの?
 うん、判ったわ――急いで先輩にチョコを渡さなくっちゃ』


 ラインの繋がっているマスターとサーヴァントならではと言えようか。
 2人にとって、声に出さなくとも会話を交わす事ぐらいは造作も無い。
 ライダーに促され、桜は背中に隠すように持っていた例の手作りのチョコレートが入った箱を士郎の前に差し出した。


「先輩っ、あのっ――これを」


 手の平大よりもやや大きめのその小箱は、暖色系のカラフルなカラーリングの包装紙で包まれ、更には品の良い薄い桜色のリボンをワンポイントにあしらっている。
 今日という日――つまりは2月14日という若い男女にとっては特別な日である事を付加要素とすれば、世の年頃の男性ならば10000人の内、9999人までがその小箱の中身を間髪置かずに悟った事だろう。
 しかし、当該の人物――稀有種と言っても過言ではない程に鈍感ぶりを極めている衛宮士郎は、その1万人の内の残り1人であったようだ。


「ん?――どうした桜。これ、随分と綺麗な包装だな。
 今日は誰かの誕生日だったっけ?」


 こんな彼の反応も桜にとっては想定の範囲内だったようだ。
 僅かに苦笑いを浮かべたものの、辛うじて平静を留める事ができた。
 しかし、その様子を土蔵の屋根の上から見守っていたライダーにとっては、あまりにも予想外の士郎の一言であったようで、思わず屋根から足を滑らしてしまう所であった。


(士郎――いくら鈍感と言っても、程があるでしょう!)


 届けとばかりに心の叫びを上げて、射抜くように士郎を睨み据えるライダー。
 この後、桜に続いてチョコを手渡そうと考えていた彼女としては、そのあまりに難攻不落ぶりを露にしている強敵を前に深い溜め息を禁じえなかった。


「あ、あのですね、これはその――」


 何度も何度もイメージトレーニングを重ねてきた桜であったのだが――当の本人を前にすると、その一言がどうしても出てこない。
 小箱の中のハート型のチョコの表面に添えてある“大好きです、先輩”というプレートの文字の通りに告げる事が出来れば良いのであろうが、間桐桜という少女は基本的に純な乙女である。
 確かに少々常軌を逸するような行為を覗かせる事もあるが、根本的な所は控え目であるし、純情可憐であると言っていいだろう。

 いかに相手が日頃から家族のように親しく接してきた士郎であっても――いや、相手が士郎だからこそ、その一言を告げるのは容易ではなかった。


(もしも、もしも――受け取って貰えなかったら――)


 妹分ではなく、ひとりの女性として見て欲しい――と。
 そしてあらん限りの想いを込めて告白して――それでもなお、その気持ちを士郎が受け入れてくれなかったならば。


“ごめん――桜。
 俺は桜の事を実の妹のように思っているし、これからもその気持ちは変わらないと思う”


 衛宮家に通うようになって明るくなった桜であるが、本質はネガティブな性格である。
 そんな彼女のマイナス思考の一面が、想像の中で告白に対して否定的な言葉を返す士郎の姿を作り出してしまう。


「あの、私、その――」


 やはり、告白できない。


 桜の面持ちに陰が落ちる。
 すっかりと俯いてしまった彼女の手が次第に震え始め、両手に持っていたその小箱を落としそうになってしまう。

 そんな時であった。


『勇気を出して下さい、サクラ』


 それは日頃の抑揚をあまり感じさせないライダーの物言いからは想像も出来ないような――力強くて、そして溢れんばかりの優しさを滲ませた一言であった。


『今日のこの日の為に頑張ったのでしょう?
 大丈夫――きっと士郎はサクラの想いを受け止めてくれます』


『で、でも……私、先輩になんて言ったらいいのか――』


 数え切れない程に練習をしてきたと言うのに、暗記した筈のその言葉は宙に散るように桜の脳裏から消え去っていた。


『大丈夫です。どうぞ私に任せて下さい。
 いいですね? 今から私が伝える言葉をそのまま口にして下さい』


『う、うん――判ったわ、ライダー』


 救いを求めるように桜は俯いていた面持ちを上げた。
 僅かに視界の隅に土蔵の屋根の上で見守っているライダーの姿を捉えつつ、心配そうな表情で自身を見つめている士郎へと視線を向ける。


『先輩、私の気持ちを知って欲しいのです――』


 そっとアドバイスしてくれているライダーの言葉の通りに、おそるおそるといった様子ではあったが、桜は話し始めた。


「せ、先輩。私の、き、気持ちを知って欲しいのです」


 いかに士郎が鈍感とはいえ、桜の様子が徒ならぬ事は流石に察していた。
 これから桜は何を告げようとしているのか――短いながらも彼の人生経験を遡り、必死にその内容を推し量ろうとしているようである。
 とはいえ、バレンタイン・デーにチョコレートを貰った経験など、彼の姉貴分である藤村大河に貰った事を除けば、その他には一度もない士郎である。
 桜の心情をどんなに思い浮かべようとしても、確固たる答えを導く事はできなかった。


「う、うん――」


 結果、士郎は幼い少年のように、ただ頷くより他なかった。
 そんな中、ライダーの言葉を頼りに、桜の告白は続いたのである。


「出会った頃から、“衛宮士郎”という人が好きでした。
 先輩の事が大好きなんです。
 だから、これを――これを受け取って下さい」


 言葉はライダーから借りたものでも、その気持ちは1%すらも偽りの無い桜の本心である。
 頬をこれ以上ない程に赤く染めつつも、桜はしっかりとそう告げて、手にしていた小箱をそっと士郎に差し出したのであった。


「あ、ありがとう――」


 妹だと――実際には友人の妹であるが、ずっと妹のような存在だと思っていたその少女は、いつの間にか恋する乙女へと成長を遂げていた。
 遅まきながら、この時初めてその事に気がついた士郎であった。

 しかし士郎にしてみれば、桜からのその告白は完全に虚を衝かれたようなものである。
 その為に気の利いた言葉を探そうとしても、なかなか思い浮かべる事ができない。
 とりあえずはお礼の言葉を口にしたものの、どう返事をすれば良いのか、戸惑いを隠せない士郎であった。

 そんな時である。
 桜の脳裏にライダーからのアドバイスがそっと届いた。


『サクラ、更にこう続けて下さい。
 私の気持ちの全ては、この箱の中のチョコレートに添えています。
 どうぞチョコと一緒に受け取って下さい――と』


 彼女のおかげで勇気を振り絞り、士郎に告白できた桜である。
 その言葉の意味を推し量る事も無く、一言一句洩れる事無く士郎にそう伝えた。


「先輩、私の気持ちの全ては、この箱の中のチョコレートに添えています。
 どうぞ――チョコと一緒に受け取って下さい」


「う、うん――判った。
 それじゃ、喜んで受け取らせてもらうぞ、桜」


 チョコレートという単語を耳にして、ようやく今日がバレンタイン・デーであった事に気付きながら、兎にも角にも桜がそう言っているのだから、そのチョコレートに添えてある何らかのメッセージを見てみようと思ったのだろう。
「この場で開けていいのか?」と桜に問いかけ、「はいぃっ」と彼女が声を裏返しながら反射的にそう答えたのを待って、士郎は受け取ったその小箱の包装を丁寧に解いていった。

 優しい彼らしい振る舞いであると言えよう。
 綺麗に外した包装紙とリボンを大切にポケットにしまい込み、そしていよいよその小箱の蓋に手を掛けた。

 ――と、事ここに至ってようやく桜は、先程のライダーのアドバイスに違和感を覚えた。
 桜がチョコに添えたメッセージは“大好きです、先輩”というその一言である。
 その言葉はつい先程勇気を出して士郎に告げたばかりであり、なぜその言葉を強調するように繰り返す必要があるのか?
 無論、手作りのチョコレートという想いを込めた物に添えたメッセージなのであるから、それなりに意味はあるのであろうが、既にその想いを告げ終えた今となっては、“私の気持ちの全ては〜”と念押しする程ではないように思えたのであった。


(ライダーのことだから間違った事は言ってないと思うけど――)


 そんな僅かな違和感を気にしつつも、とりあえずはチョコレートの入った小箱を開けようとしている士郎の反応が気になる桜であった。
 添えてあるメッセージの事は勿論ありのままの気持ちであるし、何の問題もない。
 肝心のチョコレートの方も、何度も味見をして確認済みである。


(大丈夫――うん、きっと大丈夫の……筈)


 頬を赤く染めつつ、実に嬉しそうな笑顔を覗かせて、士郎はゆっくりと小箱の蓋を開けていく。
 そして――その中身を目にしたのだろう。
 ハート型のチョコレートが目に留まったのか、その見事な出来栄えに目尻を下げた士郎であったのだが。

 ある一点に目が留まった途端、その彼の笑顔がみるみる内に強張ってしまう。
 その士郎の様子をじっと見つめていた桜は、彼のその表情の変化に戸惑いを隠せない。

 何かとんでもない失敗をしてしまったのだろうか?――と、首を傾げる桜であったが、皆目見当がつかない。
 おそるおそる「あの――先輩?」と桜が声を掛けると、士郎はなんとも複雑極まりない困惑しているような様子で苦笑いを浮かべつつ口を開いた。


「桜――このチョコレートに添えてある言葉が、桜の気持ちの全てだったよな?」


「は、はい。間違いありませんっ」


 大好きだというその気持ちに嘘偽りなど微塵も無い。
 だからこそ、胸を張ってそう答えた桜なのであるが――。


「よく判ったよ、桜の気持ちが。
 女の子にこんな大切な事を先に言わせてしまって、本当に申し訳ない」


「はい?」


 何かしらの決心がついたのだろう。
 先程まで浮かべていた苦笑いは影をひそめ、士郎は実に神妙な面持ちを浮かべ、こほん――と咳払いによる間を置いた後、おもむろに口を開いた。


「結婚しよう、桜。
 2人で幸せな家庭を作ろう」


「は、はいぃぃ?!」


 ケッコンしよう? 血痕しよう? それとも結構ですよ? ええ私は元気ですよ。
 それから、ごはんですよ――はモモヤの人気商品ですよねっ。
 ――と、士郎が口にした爆弾発言が脳裏で木霊してしまい、支離滅裂な思考のループに陥ってしまう桜であった。

 そんな彼女を他所に、士郎はチョコレートの入った小箱を片手に持ちながら、もう片方の手で桜をそっと抱き寄せた。


「えええ?! あ、あのっ、せ、せんぱいっ?!」


「ごめんな、桜。
 俺は、こんな風に桜からプロポーズされるまで、桜の事をひとりの女の子として見る事が出来ていなかったと思う。
 でも、今は違うぞ。
 俺は桜が好きだ――その気持ちにはっきりと気が付いたよ」


「はい? ぷ、ぷろぽーず――ですか? 私が?」


「違うのか? だってほら、このチョコに添えてあるプレートに書いてあるぞ」


 差し出されたそのチョコが入った小箱の中を覗き込む桜。
 そんな彼女の目に飛び込んできたそのメッセージプレートには、はっきりとこのように表記されていたのである。


“私を衛宮桜にして下さい”――と。


 エミヤサクラ、えみやさくら、衛宮桜――なんて素晴らしい響きなのかしら。
 ――と、またしても思考が飛んでしまい危うく妄想の世界にループしそうになってしまった桜なのであるが。


『サクラ――何を戸惑っているのです。
 ただ一言、答えれば良いのです。“不束な私ですが宜しくお願いします”――と。
 早くそう告げないと士郎が不審に思ってしまいます』


 そんなライダーの助言の声に背を押され、怪訝な表情を浮かべ始めた士郎に向かって、桜は慌ててこう答えたのである。







「せ、先輩っ!
 こんなフシダラな私ですが、お嫁さんにして下さいっ!」







 世に幾千、幾万と愛を告白する若者がいて。
 世に幾千万、幾億と将来の約束を交わす恋人達がいる事だろう。
 ――しかし、そのプロポーズの際に自らをふしだらであると告げた女性は他に皆無であろう。

 兎にも角にも桜の想いは見事に成就して、その年の春、士郎が穂群原学園を卒業すると同時に間桐桜は衛宮桜へと、その姓を変えたのであった。

 将来は夫婦仲良く協力して、小料理屋を営む事を夢見ているそうである。










「ときにサクラ。
 倭の国には昔から側室なる制度があるとの事で」


「この現代の日本にそんなものはありませんっ!」


「主君の為に忠勤を励んで、功を成した者には相応の褒美があって然るべきかと思いますが」


 説明するまでもないが、バレンタインのチョコレートに添えたメッセージプレートを差し替えたのはライダーである。
 彼女の機転(?)によって、衛宮家の花嫁の座を桜がその手にしたのは事実であるのだろう。


「だからと言って、それとこれとは別でしょ!
 先輩だけは絶対にダメっ!」


 高校三年生になった衛宮桜は、学生の身分でありながら間桐の家を出て名実共に衛宮家へと嫁いだ。
 本当は士郎との甘い新婚生活を味わいたかった桜であったが、士郎のサーヴァントであるセイバーは彼の傍を決して離れようとはせず、そしてまた桜のサーヴァントであるライダーも同様に衛宮家へと移り住んでいたのである。

 それだけではない。
 藤村大河は以前と同様に朝夕と食事を目当てに足繁く通い続け、敗軍の将と化した筈の遠坂凛もまた、留学先の倫敦から頻繁に帰国して衛宮家にて逗留する機会は決して少なくはなかった。
 また殆ど毎日のようにメイド2人を引き連れて衛宮家を訪れては、ガラス戸の桟などの汚れている場所を小まめに探し歩いて、「あら、サクラお義姉さま――夜の営みばかりお盛んで、日頃のお掃除は手を抜いておられるのではなくって?」――と、小姑ぶりを発揮しているイリヤスフィールであった。


「せっかく、先輩と結婚できたのに、なんだかちっとも昔と変わっていない気がするわ」


 ――と思わず溜め息を漏らしてしまう新妻・桜であった。


「サクラ、随分とお疲れのようですね。
 ならば今夜の夜伽は私が代わって差し上げましょう。
 ええ、マスターのご負担を減らすように努めるのはサーヴァントとしての当然の責務ですから」


「ダメだって言ってるでしょ!
 そういう便乗みたいな事を許す筈がないでしょ!」


「サクラ、騎乗A+のスキルを有する私です。
 “乗る”と名が付くなら、便乗商法だろうが○乗位だろうがお任せ下さい。
 経験未熟な士郎であっても巧みに乗りこなして見せましょう」


 ――と、こんな風に仲の良い(?)姉妹のように戯れる事も日常茶飯事である。
 どうやら、心穏やかに桜が新妻気分を堪能できる日が到来するのは、まだまだ先のようである。







「ときにサクラ――」


 また今度はどんな主張を展開して困らせてくれるのだろうか――と、桜が苦笑いを浮かべて待ち構えていると、ライダーは静かに笑みを浮かべてこう続けたのであった。


「あの時――サクラの告白の為に述べた言葉ですが。
 そう――“出会った頃から、衛宮士郎という人が好きでした”というあの言葉は、私の本心なのですよ」


「え――?」


 仄かに頬を赤く染め、彼女の眼鏡の奥に覗かせる魅惑的な瞳には士郎への熱い想いを感じさせる。
 遠くを見つめているようなその視線の先には、彼女のマスターの伴侶となった士郎の姿が映っているのだろうか。
 その切なる気持ちは決してよこしまなものではなく、実に一途な想いである事をひしひしと伝えたのであった。


「ライダー……貴女、本当に先輩の事を」


 そう口にして申し訳無さそうに俯いた桜であったのだが――彼女のサーヴァントは自らのマスターに悲しげな気持ちを僅かな間とはいえ抱かせる事などさせはしない。


「ふふふ、そう申し上げたなら、今夜の寝所でのお勤めを代わって下さるのですか?」


 先程までの神妙そうな様子はどこへやら。
 実に彼女らしくない仕草と言えようか――舌をぺろりと覗かせて腹を抱えながら笑い始めるライダーであった。


「もうー! ライダーったら、また私をからかったのねー!」



 今日も桜の元気な声が衛宮邸に響き渡る。
 そう――そんな彼女の明るい声が他の何よりも一番大好きなライダーであった。
 その為ならば――そう、衛宮桜の幸せの為ならば、彼女はそれがいかなる策略であったとしても、これからも企てていく事になるのだろう。





- おわり -


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