『誕生日の追走劇』 
(遠坂凛誕生日記念)

by イイペーコー



 光陰矢のごとし――とは良く言ったもので。
 学校の先生も忙しくて走りまわるという師走は元より、1月は行く月、2月は逃げる月と言われている通り、体感的にこの時期は時の流れを早く感じてしまう。

 既に如月に突入している自室のカレンダーを見つめながら、私は深い溜め息を洩らした。

 そう、今日は節分――2月3日。
 つまり明日は、一応私がこの世に生を受けた日で。

 恥ずかしい話、最近まで異性と付き合った経験など全く無かった私だけに説得力は皆無なのだろうけれど、彼氏彼女の関係ならば、恋人の誕生日がいつなのか普通は気になるものではないだろうか。

 無論、私もアイツの――衛宮士郎の誕生日はとても気になる所で、以前、その手の質問をした事はあったのだけれど、例の大火災を境にして士郎はそれ以前の記憶を殆ど持っていなくて。
 その辺りは士郎にとってとても辛い過去の部分である事は想像に難くなく――結果的にあまり詳しく問い掛ける事も出来ず現在に至っている。
 どうやら士郎は本当の苗字も全く判らず、当然のように誕生日は不明のままだという事らしい。
 勿論、戸籍上は登録された生年月日が存在しているのだろうけれど、そこまで踏み込んで尋ねる勇気がまだ私にはない。
 戸籍上の誕生日が士郎にとってどんな意味合いを持っているのか、事前に彼の気持ちを知っておかないと、知らない内に士郎を傷つけてしまうのかもしれないのだから。

 自分にはこれ程に臆病な一面があったのだと、驚く事が多い。

 魔術師として大成し、一歩でも半歩でも魔法の領域へと手を伸ばし近付いていかなくてはならないという遠坂家当主としてのスタンスは踏まえつつ、遠坂凛個人としてのもうひとつの大きな目標は、士郎を真人間にして、思いっきりハッピーにする事なのだ。

 だから、ちょっとぐらい慎重になってしまったとしても仕方がないと思う。
 今でも充分に親密な関係になれたと思ってはいるけれど、更にもっと踏み込んで、アイツにとってなくてはならない存在になれたと自覚できたなら、その辺のデリケートな部分の情報も聞いてみようかと思っている訳なのだけれど――。


「それはそれ、これはこれ――よね」


 そう。今からちょうど1年前にこの街で繰り広げられた聖杯戦争。
 その戦いの中、私はアイツと結ばれて――そう、押しも押されもせぬ恋人同士になっ た。
 ――というコトは付き合い始めて1年が経とうとしているのに。


「なのになんで、あの唐変木は私の誕生日を知ろうとしないのよ、もう」


 もう随分と長く誰かに誕生日を祝って貰ったような記憶がない。
 親しい友達付き合いをしている綾子にさえ誕生日は教えていないし、その手の話題にならないように避けてきたから。
 魔術師たるもの、そのような俗世間の慣習に一喜一憂してはいけないと思ってそうしてきたのだけれど……。


「士郎にだけは私の誕生日を知っていて貰いたいって思っていたのに――あのバカ」


 あからさまに私の誕生日を伝える訳にはいかなかった。
 だって、それはお祝いをして欲しいと強要しているようなものになってしまうから。

 それでも、それとなく士郎の方から自主的に私の誕生日を尋ねてくるようなシチュエーションになるように努力はしてみたのだ。

 たとえば、普段は決して読まないティーン向けの雑誌を買い、『誕生日に出かけたいデートスポット』などのページを開けて士郎の家の居間に置いてみたり、朝のニュース番組の占いコーナーを見ながら、「ええと、水瓶座の今日の運勢は?」などと士郎に聞こえるように呟いてみたりしてみたのだけれど――。

 そう、難攻不落の衛宮砦は簡単には陥落しない。
 色恋めいた事を除けば、士郎は実にきめ細かく機微な部分まで敏感に心配りが出来る性格だと言うのに、何故か乙女心を察する点に限ると今日日の小学生に負けてしまうのではないかと思える程に、とにかく鈍い。

 2年近くも桜のような美少女が通い妻を続けてきたのに、その想いに気付かなかった男だけに、その鈍感ぶりは筋金入りだと思う。

 これはとても教育のしがいがあるだろうし、かなりの苦労を伴うものだろうと、当面については半ば諦めてはいるものの、恋人の誕生日ぐらいは把握しておこうと考える思考回路が欲しかった。
 高校卒業後の渡英に向けて、魔術の基礎の会得やら語学の勉強などの追い込みもあるし、精神的にも時間的にも余裕はないのだろうけれど――それでも、やっぱり。

 何度目になるのか判らない溜め息を洩らしている間に、規則正しく時を刻み続けていた壁掛け時計の長針と短針は重なり合って12の文字盤を指し示し、日付が変わった事を教えてくれて――。

 衛宮家に足繁く通っているおかげで規則正しい食生活を保つようになったせいか、いつもこの時間になれば自然と睡魔が訪れる。
 魔術師としてピークを迎える時間帯になる前に眠くなってしまう習慣は決して褒められた事ではないのだろう。

 けれどそんな日常に埋没しつつある今の自分をどこか心地良いと感じそうになっている自分がいて、いつも葛藤してしまうのだ。
 このままではいけない、と。

 とりあえず、瞼が重くなってしまったのだから、今夜はもう眠ってしまおう。
 早く眠ってしまわないと、明日の朝が早起きできないし。
 そして早起きしないと、士郎の家でアイツと一緒に朝ご飯を食べる事ができないから。

 そうだ。明日一日は――って、実際にはもう今日のことだけれど、士郎の前では笑顔を見せてあげない事にしよう。
 恋人の誕生日の存在を知らず、気にせず、スルーしてしまう極悪人には、相応の罰が必要だと思うから。

 そうだ、そうしよう――と、我ながら子供っぽい思考だと苦笑いを浮かべつつ、すっかりと重くなってしまった瞼を堪えようとする努力を放棄して、安眠を貪るべくベッドに横になったのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「うわ、寝坊しちゃった……」


 明けて翌日、2月4日の朝。
 元々、私は朝が苦手で。
 それでも最近は余裕を持って早く起床し、眠い目を擦りつつも、毎朝のように衛宮家へと足を運んで、士郎と一緒に(藤村先生や桜も一緒だが)朝食を摂る習慣が定着していたのだけれど――。

 予想外に熟睡してしまったのか、気がつくと目覚まし時計の針は、いつもの起床時間をとっくに過ぎ去っていて、久しぶりに朝食抜きを余儀なくされてしまった。

 それでも学校を遅刻する訳にはいかない。
 慌てて支度を済ませ、どうにも優れない気分に溜め息を洩らしつつ、学校へと向かう。
 そこで改めて気がついたのだ。
 私の最近の規則正しい生活サイクルは、きちんと朝ご飯を食べるようにしているからではなく、毎朝士郎の顔を見て一緒に食事して、そして一緒に登校し、一日の活力となる“士郎分”をたっぷりと摂取していたからこそ、心地良いリズムを刻むことが出来ていたのだ――という事に。

 こんな時は自分の運の悪さを呪ってしまう。
 いや、運が悪いのは士郎の方か――きっとそうだろう。
 私と士郎は3年生になってもクラスは別々で。
 せめて学校に着いたなら、早々にアイツの顔を見つけて、このなんとも言い表し難い気分の悪さを払拭したいと考えていたのに、こんな時に限って顔を合わせる機会に恵まれず、1時限目の授業が始まってしまう。

 ならば授業の合間の休憩時間に――と思っているのに、こんな時に限って、教師の要領の悪さも手伝い休憩時間に入っても授業が長引いてしまったり、体育の授業の為に更衣が必要になったりと、その機会を逸してしまった。

 仕方ない。
 ここは私も我慢の二文字。

 今日はアイツに笑顔を見せてやるものか――という誓いを破るつもりはないけれど、一刻も早く、そして充分に“士郎分”を補給しなければ、精神衛生上好ましくない。

 そこで私は4時限目の授業を終えると、速攻で士郎の教室へと向かったのだ。
 気が利くアイツなら、きっと私の分のお弁当も作っていてくれている筈だし、少しばかり気候的には寒いけれど、お昼休みは屋上で一緒にお昼を食べよう。

 ――ああ、それなのに。もうっ。


「衛宮なら、柳洞に連れられてどこかに行ってしまったぞ。
 工具箱を持っていたから、たぶん、生徒会絡みでどこかの備品の修理だと思うけど」


 柳洞一成っ――あの男めっ。
 そんなに私の邪魔をしたいと言うのね?

 そう言えば、いつだったか綾子がこう言っていたっけ――。

『アンタが気をつけるべき相手は、間桐じゃないかもしれないわ。
 柳洞こそが真の恋敵になるのかもしれないわね』

 その言葉の意味を嫌という程に感じているわ。
 ええ、現在進行形で。

 その足で生徒会室を覗いても案の定士郎はいやしないし。
 どこに篭っているのか判らないのでは探すのはとても大変だろう。
 やむを得ず、私は自分の教室へと戻ったのだけれど――。


「おーい、遠坂。
 ついさっき、アンタのダンナがやってきて、お弁当を預けていったぞ」

「ほう、愛妻弁当とは羨ましい。
 しかも衛宮は料理上手と聞いている。いや実に羨ましいものだ」

「鐘ちゃん、衛宮くんは男の子だから“愛妻弁当”はちょっと違うと思うけど」

「けっ、男のクセに貢ぐように彼女に弁当を作ってあげるなんて情けねー。
 あたしは別に羨ましくないぞっ」

「蒔の字、口もとに涎と思しき体液を付着させていては説得力なぞ皆無に等しいと思うが」


 ――と、楽しげに談笑しているクラスメート達が私を迎えてくれたのだった。
 つまり、おとなしく教室で待っていたら士郎に会えたと言う訳?
 今日は仏滅だったかしら――と、日頃から信心深くはないけれど、あまりに酷い今日の星回りの悪さを六曜のせいではないかと勘繰ってしまう私だった。


 そしてこんな日はどんなに努力を重ねても、思い通りに事は運べないもので。
 たぶん無理だろうと思いつつも、5時限目と6時限目の間の休憩時間も士郎の教室へと向かったものの、やはり空振りに終わってしまい――ええ、もうフラストレーションの度合いは右肩上がりに急上昇中。

 たかだか半日程度、士郎と顔を会わせていないだけなのに精神状態は不安定極まりない。
 うっかりと優等生の仮面がずれ落ちそうになっていたみたいで、「おい遠坂、アンタ凄い顔してるぞ」――と注意をしてくれた綾子だった。
 一瞬、肉食獣に睨まれているかと思った――との事で、後で聞いた話では、私のその表情を見て、三枝さんはぶるぶると怖がるように震えていたらしい。


 それもこれも悪いのは士郎よ。
 ちゃんと私に“士郎分”を供給しなさいっ。


 思わずそんな独り言を口にしてしまう所だった――しかもホームルームの真っ最中に。
 危ない危ない――うっかり、そんな事を口走ってしまったら、せっかく真面目な優等生としての確固たる立ち位置を築いてきたと言うのに、その印象が足下から音を立てて崩壊してしまう所だったわ。

 む? クラスメートの皆が一斉に私の方を見て、一様に驚いた表情を見せているけれど、何かあったのかしら。


「遠坂……なんて恥ずかしいヤツ」

「なるほど、既に彼女は大人の領域へと足を踏み入れ、しかも充足には至らない苛立ちを感じているという事だな」

「えっ、それって、まさか衛宮くんと遠坂さんって?!」


 ぼそぼそと遠くの方で、私と士郎の事が何やら囁かれているような気がしたのだけれど、おそらくは気のせいだろう。
 僅かな間、妙な空気が流れた後、兎にも角にもホームルームは無事に終わって、私はいそいそと帰り支度を整えると、足早に教室を後にした。

 そう、急がなければ、また柳洞くんに邪魔されてしまう可能性が高いと思うから。
 こんな事なら、普段からもう少し携帯電話に慣れておけば良かったわね。
 だいたい携帯電話って、電話機のブンザイでやたらと機能が多すぎだし、ボタンも多すぎなのよ。
 だから、使い辛くて結局持ち歩かない習慣になってしまうし。

 そして今日何度目になる事だろう。
 士郎とばったり出会っても良いように、例によって笑顔は見せず、意識して仏頂面を浮かべてアイツの教室へ――。
 ああ、それなのに、それなのにっ。


「衛宮なら、柳洞に連れられて――」


 連れられて――以下同文という訳ね。
 諸悪の根源は柳洞くんとしても、士郎のヤツめっ。
 今日丸一日、かっ、彼女のっ――そう、自分の彼女の顔を一度も見ていないのに、暢気に工具箱かかえて校内をほっつき歩いているなんてどういう了見なのかしら。

 魔術の講義よりも先に、教えなければならない事が見つかったような気がするわ。

 そしてどうやら持久戦を避けられぬ展開のようね。
 ええ、こうなったら、士郎が立ち寄りそうな場所を片っ端から探してあげるわよ。

 そして士郎を見つけ出して。
 恋人の誕生日をスルーした罰と――今日一日、私に顔を見せなかった罰をたっぷりと与えてあげる事にしよう。

 ええ、きっと大丈夫。
 どこかの教室か準備室あたりに潜り込んでいる筈よ。
 ものの10分もあれば探し当てて見せるわ。



 ――と。
 意気揚々と握り拳を宙に突き上げて、校内中を駆け足気味に回ってアイツの姿を探し始めた私だったのだけれど――。


「いないっ。どこにも居ない。
 なんで。どうして?」


 士郎を探し始めて約1時間後。
 1年生の教室から3年生の教室までは勿論の事、理科室や音楽室などの類の教室も可能な限り覗いてみたのだけれど、士郎の姿はどこにも見当たらない。
 ならば体育館や弓道場なのかと思って探す範囲を広げてみたのだけれど結果は同じだった。

 それから更にどれぐらいの時間が経った事だろう。
 この時期は比較的日暮れが早い。
 段々と空が赤く染まっていく。

 士郎に会いたい。
 もうこの際、今日は封印しようと思っていた笑顔をアイツに見せてあげても構わないから。
 溜まりに溜まった不満もこの際、水に流しても構わないから。

 早く、士郎の顔を見て――そして安心したい。

 ひょっとしたら、もうこのままずっと士郎に会えなくなってしまうのではないか――と、心の底で感じ始めている妙な心配を早く払拭したい。

 アイツはアーチャーじゃない。
 だから、私の前から消え去ったりはしない。
 そして、アイツをアーチャーと同じ道へ進ませてはならない。

 そんな思いを巡らせながら、結局は徒労に終わってしまった疲労感に苛まれつつ、最後に足を運んだ校舎の屋上から一階へ降りようと、重い足取りで階段を歩いていたその時だった。

 そう――それはいつの日だったか、まるで体験した事があるようなデジャビュ。
 階段の途中の踊り場に差し掛かったその時、アイツの声が聞こえてきたのだ。


「あれ。遠坂、まだ残っていたのか?」


 俯いていた顔を上げて声の上がった方へと視線を向けると、今日一日、どんなにか会いたくて仕方が無くて探し求めていたアイツの姿がそこにあった。

 愛用している工具箱を左手に持って。
 どこか狭い場所へ潜り込んでいたのか、頬に付いた油汚れをそのままに。
 私の大好きな飾り気のない笑顔を浮かべて、アイツは――衛宮士郎はそこに居たのだ。


「こ――」


 嗚呼、また私はとんでもなく自分自身を制御できなくなってしまっている。
 やっと会えた――その昂る思いをどう表せばいいのか。

 ええい、やっぱり士郎が悪い。
 私の士郎のくせに、私の誕生日に、私の傍にいないアンタが悪いっ。

 だからこう続けて叫んでしまったのだ。
 ええ、私は悪くない――と思う。


「此所で逢ったが百年目――っ!」


 思わず放ってしまったガンドを士郎は間一髪の所で身を翻しながらよけて見せた。
 そして慌てて身を起こして口を開く。


「遠坂っ、いきなり何をするんだよっ。
 こんな人目のある所で魔術なんか使って。
 ――って、そもそもなんで怒ってるんだ?」


「あら、衛宮くん、じゃあ聞くけど、ここは人目のある所かしら?」


 既に部活の無い生徒達は皆下校を終えたのだろう。
 辺りはすっかりと静まり返っている。
 ああ、またしても既視感。
 何かこう懐かしいような感覚だった。


「いや、確かに人目はないみたいだが――なんでさ?」


 理由はいっぱいある。
 私の誕生日に気付いてなかった事。いや、そもそも気付こうとしなかった事。
 私よりも柳洞くんなんかを優先した事。
 私を不安な気持ちにさせた事。
 でも、一番なのは――やっぱり。

 ええ、やはり、私は我が侭な性格なのだろう――相手が士郎限定だけど。


「アンタが私の傍に居てくれないからよっ!」


 踊り場から長駆階下へ飛び降りた私の勢いに圧倒されたのか、士郎は慌てて私に背を向けて脱兎の如く走り始めた。


「こらっ、逃げるなっ!
 大人しくヤられちゃいなさいっ!」


 本気で当てる気は無いと思う――たぶん。
 ガンドを放ちながらすぐに周囲に結界を張り、他の生徒が入って来られないように細工しつつ、士郎を追う。


「これじゃなんとかに刃物だーっ!」


「この、言うに事欠いてそれかーっ!」


 ああ、なんだか本当に懐かしいような――そんな思いが脳裏を過ぎったものの、それに構っているヒマはない。
 逃がすものかと強い念を込めて、私は手にしていた弁当箱を士郎に向けて思いっきり投げつけたのだった。


「ぐはっ!」


 まるでスローモーションのように私の目に映ったその光景。
 私が投げた弁当箱はものの見事にその角張った部分が士郎の後頭部を直撃し、鈍い金属音と共に悲鳴をあげた士郎はその場に崩れ落ちたのだった。


「ふん、やっと捕まえたわよ」


「いや、ほんとに痛かったって。
 弁当箱の角が当たったんだぞ」


 廊下に座り込んだまま後頭部をさすりながら士郎は口を尖らせた。
 きっと私の振る舞いに対して、不満の気持ちを更に口にするつもりなのだろう。
 けれど論戦なら私が士郎に負ける筈などない。
 さて、どんな風に丸め込んでやろうかと身構えていた私に、士郎はこんな事を言い始めたのだった。


「それにしても、1年前と全く同じ2月4日に遠坂に追いかけ回される事になるなんてな。
 確かに痛かったけど、それ以上に懐かしく感じたよ」


「え? 士郎を追いかけた――って、あの時の事?
 うそ、あれって去年の2月4日だったかしら?」


 聖杯戦争が始まって早々の頃。
 あの時、マスターとしての危機意識を持っていなかった士郎に激怒した私はガンドを乱れ撃ちさせながら追いかけ回した。
 結局、あの時はライダーが介入してきて、それどころではなくなってしまったのだけれど。


「嘘じゃないって。
 遠坂の誕生日だからな――特別に印象に残っていたから間違いないよ」


「へ? 私の、たんじょうび?」


 ああ、我ながらなんて間の抜けた声をあげてしまったのだろう。
 いや、そんな事よりも何よりも――。


「士郎、あなた私の誕生日を知っていたの?
 いったいどうやって知ったのよ?」


 士郎と接点のある面々の中で私の誕生日を知っているのは桜だけ。
 つい先日、その桜本人に確認した時には、士郎から私の誕生日について尋ねられた事は無かったって言っていたのに。

 それに、そもそも今の言い回しだと、随分前から知っていたような口ぶりだった。


「え、言わなきゃ駄目か?」


「当然っ」


 すると、士郎は苦笑いを浮かべ、困ったように頭を掻きながら口を開いた。


「いや、実を言うとだな。
 その昔、校内の廊下に落ちていたとある女の子の生徒手帳を拾った事があったんだ。
 勿論、すぐに落し物として届け出たんだけど――たまたまその生徒手帳の持ち主に憧れていた時期があってさ。
 悪いとは思いつつ、名前の傍に書いてあった生年月日の欄を見てしまったワケで――。

 だから、1年前の今日――憧れていたその女の子の誕生日に、当の本人から追いかけられるはめになるなんて、何の因果だろうかって思ったんだ」


「な――え、そんなの……」


 そんなの――聞いてない。
 聞いてないって言うか、そんなの反則よ。
 そう、反則に決まってる。
 1年前の2月4日よりも早く、士郎が私の誕生日を知っていたなんて。


「ストーカーまがいの事をしてしまったのは謝る。
 本当にごめん。
 でも、これはそのお詫びのつもりじゃないぞ。
 遠坂凛の彼氏としてのプレゼントなんだからな」


 そう言うと――士郎は懐から綺麗な包装に包まれた小箱を取り出した。
 赤いリボンが添えられたその箱は手の平に収まるようなサイズで。

 この男はっ――。
 いつもいつも鈍感なクセに、いつもいつも不意打ちを私に食らわせる。


「遠坂、誕生日、おめでとう」


 本当に飾り気のないその一言だけれど。
 そう、余計な装飾のない一言だからこそ、いつもは胸の奥の引き出しの中にそっと隠してある年相応の少女としての部分へとストレートに飛び込んでくる。

 魔術師の道を極めるためにはそんな弱い部分を切り捨てなければ――と思っているのに、こうやって士郎は、私が魔術師である前にひとりの少女である事を思い出させてしまう。

 きっと、今日――士郎が私の誕生日の事を知らずに何事も無く過ぎ去っていたなら。
 私は少しだけ、その弱い部分を捨て去る事が出来たのかもしれないのに。

 だから、反則だと思う。
 こんなに幸せな気持ちにさせるなんて。

 幸せにさせるのは私の役目で、幸せになるのは士郎でなければならないのに。


「覚悟しておきなさい、士郎。
 私は受けた仕打ちは決して忘れないわ」


「へ、仕打ちって、そんな――」


「そう仕打ちよ。
 私をこんなに幸せな気持ちにさせたのだから相応の覚悟をしておきなさい。
 とりあえず、当面はバレンタインデー。
 そしてちょっと気が早いけれど、クリスマスの日も。
 ええ、それから勿論、“衛宮”の姓を受けた士郎の誕生日も、生涯忘れられないぐらい、たっぷりと幸せな気分を味わわせてやるんだからね」


 それが本当の士郎の誕生日かどうか、この際関係ない。
 衛宮士郎として、しっかりと生きているアイツを祝う日として、一年に一度決めた日があっても良いと思うから。

 そんな私の意図を察してくれたのか。
 士郎はぽつりと「やっぱり遠坂には敵わないな」と呟きながら苦笑いを浮べたのだった。









 さて、明けて翌日の朝。
 今日は士郎の家できちんと朝ご飯を食べた後、意気揚々と元気一杯に学校へと向かったのだった。


「ほら、士郎――ぐずぐずしていたら置いていくわよ」


 今日は朝からたっぷりと“士郎分”も補給したし。
 それに何と言っても、左手の薬指から心地良い熱を感じるような気がして、心躍る気持ちなのだ。


「遠坂、その指輪さ――早速使ってくれているのは嬉しいけど、学校に行く時は外した方が――」


「あら、出かける時には女性として身だしなみに気を配るべきでしょ。
 士郎、そんな事より、左手の方の薬指にはめている事はノープロブレムなのかしら?」


「なッ?! 左手の薬指? そう言えば――」


「士郎、気付くの遅すぎー」


 そう――私の左手の薬指には、士郎からプレゼントされたアメジストの指輪が紫色に輝いている。
 私の誕生石をわざわざ選んでくれたのだから、コレはそういうつもりなのだと理解しても差し支えはないだろう。


「いや、そういう指輪は将来ちゃんと――」


 そんな嬉しい言葉を耳にして、私の足取りはなお一層に軽くなる。

 アメジストは古代エジプト時代の頃から護符として使われてきた。
 そんな点から考えても、私にぴったりの宝石だと言えるのだろう。
 そして――その宝石言葉は“恋愛成就”だという事らしい。
 はたして、そこまで士郎は考えたのだろうか。


「遠坂っ、ちょっと待てってばー」


 おそらく士郎の事だ、宝石言葉なんてそこまで深く考えてはいなかったのだろう。
 けれど、これだけは言える。


「心配しなくても、ちゃんと成就させて見せるわよっ!」


「へ? 何のコトだ?」


「今はまだ判らなくていいの。
 そう、士郎は黙って私に付いてくればいいの!」


 未だ肌寒い朝。
 身も引き締まる冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで。
 私と士郎は学校へと続く坂道を駆けていく。

 この先に――そう、2人の向かう行く手に何が待っていても。
 きっとどんな困難な道のりでも一緒に進んで行ける。

 あらためてそう実感した誕生日の翌朝だった。





- おわり -


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