この作品は『騎士王の新たな戦い』及び『あかいあくまの新たな戦い』と同じ設定です。 また、ごく一部ではありますが、『Fate/hollow ataraxia』のエピソードを用いている部分があります。 従いまして、『Fate/hollow ataraxia』を未プレイであり今後プレイされるご予定のある方や、現在プレイ中であり、未だコンプリートが完了しておられない方にはお勧め致しません。 どうぞご了承下さいませ。 |
『正義の味方の女難な日々』 〜その4〜 by イイペーコー |
並行世界からの来訪者なのか、或いは同じ時系列における未来からやってきた衛宮士郎の娘なのか。 衛宮カレンという幼い少女が、遠坂家の家宝のひとつである宝箱を通してこの世界にやってきてから既に3日が過ぎていた。 「――で、そのカレンちゃんは、現在進行形で士郎と一緒にお風呂に入っているワケ?」 「はい。最初の頃は士郎も恥ずかしがって嫌がっていたのですが、あの子がいつも父親と一緒に入浴していたと強く主張するものですから」 夕闇迫る頃合いになって、いつものように衛宮家へと集い始めた女性陣。 既に台所で夕食の準備に取り掛かっている桜に続いて、凛が姿を見せた所である。 おそらくはもう間もなく大河やイリヤスフィール、そしてルヴィアゼリッタも衛宮家の門を潜ってくる事だろう。 居間に陣取った形の凛とセイバーは、恥ずかしそうにしながらも娘との入浴というシチュエーションを味わっている士郎の姿を想像したのだろう。 互いに苦笑いを浮かべた後、息を合わせたかのように、深い溜め息を漏らす2人であった。 その2人に限らず、この3日間は女性陣にとって、あまり居心地の良いものではなかったようだ。 衛宮カレン――本人の弁によれば現在は小学校の1年生との事であり、7才になったばかりであると言う。 幼いながらもカレン嬢は言葉巧みな話術を有していて、凛や桜、或いはルヴィアゼリッタが、何度となく会話を誘導して母親の名前を聞き出そうとするのであるが、一呼吸開けて何かしら考え込んだ後にこんな風に答えるのだ。 『何を聞きたいの? 凛“おば”様。 私、子供だから良く判んないよ』 “おば様”――という呼称は実にクリティカルに少女達にダメージを与えていく。 うっかりとカレン嬢が、日常の呼び名のままに、自分の事を“母様”と呼んでくれるのではないかと期待していた凛、桜、ルヴィアゼリッタの面々は揃いも揃って撃沈の憂き目に遭っているのであった。 「あの娘――とんだ曲者よね。 見た目は士郎そっくりだけど、母親の影響なのか、それとも周囲の大人達の影響なのか、年の割には随分と手強いし。 まったくもう――いったい誰に似たのかしらね」 「はぁ――確かにそうですね」 相槌を打ったセイバーであったが、その面持ちは苦笑いを浮かべている。 誰が母親であるのかは別として、幼いのに弁が立ち周囲の女性陣を手玉に取っている様子を見れば、カレン嬢が凛の影響を大きく受けているのだろうと言う事は容易に想像が出来たからである。 「もっとも、あの娘の母親が誰なのかは、ある程度判っているんだけどね」 「そうなのですか?」 士郎の娘、カレンの母親を特定しつつあるという凛の物言いにセイバーは驚きを隠せなかった。 セイバーとて、カレンの母親が誰であるのか心から知りたいと考えていたし、他ならぬ士郎の遺伝子を継いでいる娘である。 自身がその子の母親でありたいと願って止まなかった。 しかし、親と子という関係構築においては心に深い傷を持っている彼女である。 忘れようとしても決して忘れる事のできない心の傷痕が大きな壁となって、凛や桜、或いはルヴィアゼリッタ達が積極的にカレンにアプローチを見せる中、思うようにカレンと接する事が出来ずに距離を置いていたセイバーであった。 「知りたいなら教えてあげてもいいわよ。 あの子はね、おそらくはセイバーか桜の娘よ」 「え? あ、そ、そうなのですか?」 思わず声が裏返ってしまい、テーブルに両の手を突きながら腰を浮かせてしまうセイバー。 そんな彼女に再び腰を下ろすように手で合図しながら、おもむろに口を開く凛であった。 「あらかじめに言っておくけれど、私の推測では、あの子――衛宮カレンは異世界から紛れ込んできたと思っているわ。 つまり、私達とは異なる時系列の並行世界の士郎の娘だという訳」 「はあ、そうなのですか。 しかし、どういった根拠からあの娘の母親が桜、もしくは私であると特定出来たのでしょう?」 疑問符を浮かべながら小首を傾げているセイバー。 一方、凛の方はと言えば、どんなに客観的に説明しようと冷静さを保っているように装いつつも、士郎が他の女性と結ばれるというケースを口にする事に抵抗があるのだろう。 無理に浮かべている笑顔が強張っているようにも受け取れる。 「それはね、消去法よ。 まず、あの時の――そう私の家の物置で初めてあの子が現れた時に口にしていた言葉からして、母親が私、セイバー、桜、イリヤ、そしてルヴィアの5人に絞られる事は判るわよね? ――で、大きなポイントがあの子のファミリーネームよ。 あの子の名前は“衛宮カレン”――つまり、“遠坂”でもなければ、“エーデルフェルト”でもない。 私もそうだけど、ルヴィアだって自分の家系を継ぐ定めを背負っているんだもの。 あの朴念仁をいつの日か“遠坂士郎”にして見せようと思っているけれど、“衛宮凛”になるつもりはないわ」 「む。その最後の言い草には些か不満を感じますが、なるほど言われてみれば、その通りですね。 例えば、桜ならば喜んで衛宮家に嫁ぐ事を選択する筈でしょう。 もっとも、相手が誰であれシロウの伴侶の座を渡すつもりはありませんが」 「まあまあ、そのセイバーの気構えはとりあえず置いといて――セイバーだって同じ気持ちでしょ? 将来、“アルトリア・エミヤ”を名乗る事に抵抗はないでしょうし」 「えっ、あのっ、衛宮アルトリアですかっ。 それは確かに実に心地良い響きを感じます」 純な彼女らしい一面が顔を覗かせて思わず頬を赤く染めるセイバーを目の当たりにして、少々面白く無さそうに頬を膨らませながら言葉を繋ぐ凛であった。 「説明を続けるわよ。 その理屈でいくと候補者の中から私とルヴィアが消えて、残るは3人なんだけど――イリヤはねぇ、さすがにあの幼児体型で子供を産めるとは思えないと考えたの。 今ではすっかり成長は止まってしまっているみたいだしね。 まあ、何らかのきっかけで、また再び成長が始まるという可能性はあると思うけど、とりあえずあの子の母親候補という点から見れば、可能性はかなり低いと考えた訳。 で――残るは貴女と桜よ。 そもそも英霊の身で子供を身篭る事のできるような奇跡が他の並行世界でも起こりうるのかどうか。 そう考えると、可能性が最も高いのは桜という事になるのかしらね」 「その強引な論理には容易に同意しかねますが、凛、そもそもあの娘が私達とは異なる時系列の並行世界から紛れ込んできたという根拠は何なのでしょうか?」 「それは勿論、士郎の娘だというあの子の苗字が“遠坂”じゃないからよ――って、言いたい所だけど、それはまあ置いといて。 本当の理由はね、彼女がここに来る際に媒体として使ったのがあの宝箱だからよ。 あの宝箱が第二魔法を応用して内部を特殊な屈折空間にしている事は説明したわよね。 そもそも、第二魔法とは並行世界を移動するものだし、だからこそかつてルヴィアが宝箱の中から電話を掛けて他の並行世界の人物と会話を交わす事が出来た訳よ。 今回は更に発展的な効果が発揮されて、並行世界を繋ぐ扉の役目を果たしてしまったのだと思うわ。 要するに幾ら士郎の娘だと言っても、異世界の士郎の事なんだもの。 どんな女と結婚するのか、或いは結婚したのか、気にしても仕方ないわ」 気にしていないと言ってはいるが、何度となくカレンによって“凛おば様”と呼称されて、精神的なダメージを受けている彼女である。 それが強がりである事は言うまでもあるまい。 「リンっ、問題はソコじゃないわよっ!」 それは唐突であった。 がらりと居間の襖が開かれたかと思うと、怒りの為か頬を紅潮させているイリヤスフィールが姿を現した。 そして小さな両の手の拳をぎゅっと握り締め、そのまま天を突かんばかりに勢い良く振り上げた。 「この際、未来だろうが並行世界だろうがソッチのシロウがあの子に占領されちゃうのは仕方ないわ! でも、なんで今この瞬間まで、あの小悪魔にシロウを独占されなきゃいけないのよー!」 振り上げた拳をぶんぶんと振り回し、不満の意をありありと示すイリヤスフィール。 その仕草たるやこの衛宮家では最年長者でありながら、その実は最も子供っぽい様子を覗かせている藤村大河を彷彿とさせた。 「私だってまだシロウと一緒にお風呂に入ったコトが無いのにーっ!」と更に心の叫びを露にしたイリヤスフィールだったのであるが――そんな所へぱたぱたと軽快な足音をたてて駆け込んできたのは、先程からの話題の中心である衛宮カレン嬢であった。 士郎と共にゆっくりと湯船に浸かったのだろう――パジャマ越しではあるが、ほかほかと温まったその身体から立ちのぼる仄かな湯気を漂わせている。 上気して赤く染まった頬もまた、いかに父親との入浴が心地良いものであったのかを雄弁に物語っているようである。 そして声を荒げているイリヤスフィールの姿が目に留まった途端、勝ち誇ったような笑みを覗かせながらポツリと呟いてみせた。 「女の嫉妬はみっともないと思うよー。 そんな人に私の大切な父様 はたして、わざわざその事を口にする為だけに居間へとやって来たのか? くるりと踵を返し、「父様〜カレンの髪を拭いて〜」と此見よがしに大きな声をあげたカレン。 その立ち去る間際に僅かに一瞬であるが立ち止まり、淋しげな面持ちを浮かべて、セイバーの方へと視線を向けた彼女――しかし、それはまさに瞬きひとつの間でしかない。 すぐに騒々しい足音を立てつつ、士郎の部屋へと駆け戻っていくカレンであった。 (あの娘――私を見ていたのでしょうか?) そんな彼女の僅かな変化に気付いたのは、視線を向けられた当の本人のセイバーのみである。 ヒットアンドアウェイ戦法とばかりに攻撃ならぬ口撃を受けた上に反撃の暇 「きぃーっ! また、あの小悪魔め〜っ!」 つい先日までは、間違いなく衛宮家では小悪魔と言えば彼女の代名詞であった筈である。 そのイリヤスフィールをもってしても、“小悪魔”と呼称させ、手玉に取られてしまう有様に台所から様子を窺いに来た桜共々、またしても深い溜め息をついてしまう凛であった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 明けて翌朝。 衛宮家に集う面々は、ごく一部を除いて概ね朝は強い傾向にあると言えよう。 その代表格のひとり、日頃から朝の目覚めは早い方であるセイバーであったが、その日は特段に早く目が覚めてしまっていた。 未だ完全には夜が明けやらぬ頃合いであり、起床の時刻を近所の一番鶏と競い合っているのではないかと思われる節すらある士郎ですら襖を挟んだ隣の部屋で、彼の娘と共に安眠を貪っている筈である。 いつもよりかなり早く目が覚めてしまったからといって、そのような早朝にセイバーに成すべき役割がある筈もない。 とはいえ、二度寝を決め込む程に自堕落な選択を好むような彼女でもない。 心から愛して止まない自身のマスターの睡眠の妨げにならぬよう、静かに寝床から抜け出ると、彼女にとって心身共に落ち着く場所のひとつである道場へと足を向けるセイバーであった。 いかに比較的温暖な土地柄であるここ冬木市であっても、師走というこの時期、そして日の出前という時間帯である為にかなり冷え込んでいる。 僅かに身震いを覗かせた後、「この程度の寒さで――私もまだまだ修行が足りないという事ですね」と、誰に話し掛ける訳でもなく、独り言のように呟くセイバーであった。 がらりと引戸を開けて道場に足を踏み入れ、心を落ち着けようとする際には彼女の指定席となっている道場内の片隅にまで歩みを進め、すっかりと凍てつくように冷え切っている板の間に腰を下ろして正座の姿勢をとった。 そして静かに目を閉じたセイバー。 そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、昨夜のカレンの淋しげな表情であった。 僅かに一瞬ではあったが、幼いその少女は間違いなく何かを言いたげな様子で視線を向けていた。 その事を察しながらも、セイバーは彼女の後を追って士郎の部屋へと向かう事は出来なかったのである。 「私はやはりあの娘を避けているのでしょうか――」 独り言のように呟くセイバー。 生涯において二度目の初潮を迎え、士郎の子を宿す可能性が芽生えた事に一人の女として喜びを感じた筈であった。 しかしながらその一方では、戦乱の世ゆえの歪んだ定めとはいえ、我が子と生死をかけて戦わざるをえなかった心の傷がそう簡単に癒える筈もない。 いつの日か彼女の心の傷痕も時間が解決してくれるのかもしれないが、その猶予を得る前に唐突に直面した士郎の娘という存在に、心穏やかに振る舞う事が出来ずにいる彼女であったのだった。 「そうなの?」 他には誰も居ない筈の道場にもうひとりの人影があった事に、迂闊にもセイバーは事前に気付く事が出来なかった。 おそらくはセイバーの後を追って、そっと付いてきていたのだろう。 道場の入口の辺りに佇んでいるその人影は日頃の快活な様子からは想像も出来ない程に儚げであり、今にも消え去ってしまいそうな危うさを感じさせていた。 「カレンの事――避けているの? 私の事が嫌いだから?」 まさかこの時間帯に彼女――衛宮カレンが起きていようとは。 まさか、彼女が自分の後を追うように道場にやってくるとは。 そして――まさか、思わず洩らした先程の独り言を聞かれてしまうとは。 あまりの予想の範疇外の出来事にセイバーは声すらあげる事ができず、ただただ呆然として彼女を見つめるばかりであった。 しかし、そのセイバーの戸惑いを、問い掛けに対する答えを欲していた幼子 「やっぱり、私は要らない子供なんだっ!」 小さな身体から絞り出すような悲痛の声を上げたカレンは、踵を返して道場の外へと走り去っていく。 「ま、待ちなさいっ!」 すっかりと固まってしまっていたセイバーがどうにかそう叫んだ時――既にカレンの姿はそこに無かった。 慌てて後を追うように道場の外へと飛び出したセイバーであったが、庭を見渡しても彼女の姿を見つける事はできなかった。 或いは父親である士郎の傍へと戻ったのか――と。 そうであって欲しい。どうかカレンが士郎の部屋に居て欲しいと願いながら、未だ彼が就寝中であろう事は知りつつも、廊下に響く足音に気を配る余裕もなく、足早に士郎の部屋の前へと駆け寄ると迷う事無くその扉を勢い良く開け放った。 「シロウっ! カレンはここに居ますかっ?!」 「ふぁい?」 寝惚け眼の士郎が僅かに寝床から身を起こした所へセイバーは構う事無く歩み寄り、半ば強引に彼のパジャマの襟を掴んで士郎を引き起こした。 「ですから! カレンはここに居ないのかと聞いているのです!」 必死にカレンの姿を探そうとしているセイバーなのであるが――いかに朝は強い士郎とはいえ、夜が完全に明ける前に起こされた直後ではまともに思考が機能しない。 強引に叩き起こされたあげくに何やら緊迫した形相を浮かべている意中の少女を前にして、咄嗟に怒られていると勘違いしたのであろう。 あたふたと言い訳じみた物言いを覗かせる士郎であった。 「せ、セイバー、そのっ、確かに一緒に寝てたけど、これは浮気じゃないぞっ。 だってほら、まだ俺自身実感はないけど、カレンは俺の娘だし――。 それに、俺が愛しているのはセイバーだけだしっ!」 「だ、誰が浮気をしたと言いましたかっ! そんな事はどうでもいいのです! ――いえ、その決してどうでも良い訳ではありませんが、ともかくっ!」 朴念仁な士郎が“愛している”などと色恋めいた物言いを口にする事はそう多くはない。 唐突に面と向かって彼からその言葉が零れると、思わず頬を真っ赤に染め上げてしまうセイバーであったのだが――胸が熱くなるそのフレーズを深く噛み締めていたい気持ちを懸命に振り払い、この場に居ない少女の名を改めて口にしたセイバーであった。 「カレンはここに居ないのですか?!」 士郎の布団を払い除けたが、そこにも彼女の姿はない。 もはやこの場に立ち止まっていても仕方ないと判断すると、セイバーはくるりと踵を返し、「おい、セイバー、どうしたんだ?!」と問い掛ける士郎の声を無視して彼の部屋を後にした。 日中は大所帯と化すこの家も夜になれば、カレンを除けば基本的には本来の住人である士郎とセイバーの2人だけである。 時折、何らかの理由から凛や桜が泊まっていく事もあったが、昨夜はその2人も帰宅している。 カレンが他のどこかの部屋に身を潜めている事を願いつつ、セイバーは一部屋ずつ丁寧に見て回ったのであるが、そのどの部屋にも彼女の姿を見つける事はできなかった。 「カレンっ! 返事をして下さいっ!」 離れの各部屋も全て探し終えて母屋へと駆け戻った所で、寝巻きから普段着に着替えてきた士郎と玄関で鉢合わせたセイバー。 心配そうに現れた彼の顔を見た途端、こみ上げてくる不安な思いと深い後悔の念が頂点にまで達したのだろう。 普段の凛とした彼女の物腰など微塵も感じられない程に慌てふためいた姿をそのままに、セイバーはその場でわなわなと肩を震わせながら跪いた。 「ああ、カレン――私が、私がいけないのです」 尋常ならぬセイバーの様子。 そして、彼女の言葉の節々からカレンの行方が判らないという事――そして、それが緊急を要する事態になっている事を察した士郎は、そっとセイバーの傍に歩み寄ると、彼女の肩に手を掛け、意識して詰問するような口調にならないように気を配りながら口を開いた。 「セイバー、カレンの姿が見当たらないんだな? それならば、今は悔やむよりも行動する事が優先だぞ。 家の中に居ないのなら、外を探そう。 さあ、一緒に行こう」 色恋めいた事を除けば、士郎は実に手際が良い。 一旦その場を離れて、素早く自分の分とセイバーの分のジャンバーを手にして、更にサイズが合わない事は承知の上でカレンに着せる為に自身の厚手のセーターをナップサックに詰めて玄関に立ち戻った。 「カレンの靴は玄関にあるぞ。 まさか、裸足で外へ出たのかな?」 「いえ――おそらくは縁側から降りた所に置いてあった突っ掛けを履いている筈です。 しかし、上着を羽織らず寝巻きのままでしたし、靴下も履いてなかったと思います。 この寒空の下をあの格好でさ迷っていたら――本当に、本当に申し訳ありません」 彼女を立ち止まらせたままでは、更に思考が悪い方へと向かってしまうだろう。 そう考えた士郎は先を急がせるように彼女にジャンパーを羽織らせると、靴を履いて玄関先へと歩み出た。 「さあ、セイバー、急ごう。 子供の足だからな――きっとそんなに遠くまでは行ってないだろう。 2人で手分けして探すぞ」 「判りました――お詫びは、彼女を見つけてからにします。 今はシロウが言う通り、行動すべき時でしょう」 きりりと引き締めた面持ちを取り戻したセイバーの様子に心の内でそっと安堵すると、士郎は30分後に門の前で落ち合う事を彼女と取り決めて、門の前で互いに左と右に分かれて姿を消したカレンを探し始めた。 薄っすらと夜も明け始め、次第に顔を覗かせ始めた朝の陽の光の恩恵によって辺りが明るくなりつつあった。 カレンを探す為には好都合であったが、一方では一日を通して最も気温が下がる時間帯である。 抵抗力の低い幼い少女をこの寒空の下から一刻も早く見つけ出したいと願って、士郎とセイバーはそれぞれに懸命に走り続けた。 時折、立ち止まって彼女の名を大声で呼びつつ、見逃すまいと辺りに気を配りながらカレンを探し続けていく。 しかし、どうしても彼女の姿を見つける事ができず、出掛けに約束した30分が経過してしまう。 お互いにもう一方が見つけていて欲しいと願いつつ衛宮家の大きな門の前に駆け戻ってきたのは、ほぼ同じ頃合いであった。 「セイバー、カレンは見つかったか?」 「いいえ、残念ながら。 その様子ですと、シロウの方も見つからなかったようですね」 互いに空振りに終わった事を落胆しつつも、ゆっくりと立ち止まってはいられない。 士郎は必死にカレンが向かいそうな場所を思い浮かべた。 仮に並行世界或いは未来において彼女が衛宮家に住んでいたとしても、この世界における近隣においてはカレンが立ち寄りそうな場所はそう多くはない。 「あ――そうか、きっと遠坂の家だ」 「なるほどっ! 元々、凛の家の物置にある宝箱からこの世界にやってきたのですから、カレンも凛の家に向かう道順をきっと覚えているでしょう」 「急ごう、セイバー。 正直、こんな朝方に遠坂を起こしてしまうのは後が怖いけど、今はカレンを見つける事が先決だからな」 「はい!」 未だ確固たる根拠はないものの、ただ闇雲に辺りを探すよりも、凛の屋敷にカレンが居る可能性は高いように思えたセイバーであった。 士郎も同じ気持ちなのだろう――互いに重苦しい雰囲気を滲ませていた先程までの空気が一気に四散し、活気付いた胸の内をそのままに示すように、日頃から鍛え上げているその身体を躍動させて再び走り始めた。 向かう先は無論深山町の洋館が立ち並ぶ丘の頂上――幽霊屋敷こと遠坂邸である。 士郎の後に追随するかのように走りながら、セイバーはカレンにもう一度会った後、どのように彼女に対して接するべきなのか、思い巡らせていた。 戦場で我が子と相対して剣の切っ先を向け合った苦い記憶が脳裏を過ぎる。 仮に衛宮カレンの母親がセイバー自身であったとして――それでも。 例えそれでも、自らに人として母親になれる資格があるものだろうか――と、セイバーは自らを責め続けた。 せめてもっと時間的に猶予があれば、彼女にとって唯一無二のパートナーである士郎と共に、“母”となる道筋を順序立てて探し求める事が出来たのかもしれない。 しかし、今この向かう先には将来の自分自身が腹を痛めて授かる事になるのであろう娘が待っている。 彼女の母親について、未だ明確な答えがあった訳ではないものの、セイバーは確信に近い感覚を得ていた。 あの娘は――衛宮カレンは、私の娘だろう――と。 (私はいったいどんな顔をしてあの娘に会えばいいのだろう――) 迂闊な独り言によって彼女を傷つけたばかりでもある。 或いは自重して士郎一人を向かわせるべきだろうかと悩み――そして、ほんの僅かであったが、ため息を洩らしたセイバーであった。 ――と、その時である。 遠坂邸へと向かう足取りは決して緩めず、そして自身の背後を走るセイバーの方へと振り返る事もせず――士郎は口を開いた。 彼をよく知る周囲の面々から鈍感であると指摘されており、また自分自身でも決して人の感情に対して鋭敏な感性は持ち合わせていないと自覚している士郎であったが、この瞬間だけはセイバーが僅かに洩らしたそのため息を聞き逃す事は無かったのだ。 「セイバー、ひとつ言っておくぞ。 あの子が――カレンが並行世界のどこからかやって来たのか、それとも俺達の未来の世界からやって来たのか判らないけどさ。 ――でも、これだけははっきりと判っている」 士郎は何を言おうとしているのか。 この自らの悩みについて核心に触れる何かを口にしようとしているのか――思わずセイバーは息を呑んで彼の言葉が紡がれるのを待った。 「英霊が子供を産めるものなのかどうか、それは別問題として――。 更に言えば、セイバーがかつて親子の絆という点ではどんなに不遇の星回りだったかと言う事も、悪いがこの際、別問題にさせて貰う」 ブリテンの英雄、アーサー王の伝説は無論士郎とて把握している。 その悲運に満ちた結末も然りである。 それでも敢えて“別問題”と切り捨てたのは、自身の王としての過去については、例え取り返しのつかないものであり、加えてそれが何も生み出さないマイナス思考であると判っていても頑なに主張を曲げない彼女の性格を推し量ってのものである。 セイバーの為に、と言えば決して頷かない彼女であるが、俺の為だと言えば、彼女が否とは言えない事を士郎は判っていたのだ。 「将来、俺が子供を授かりたいと思う時があるとしたら――。 その相手は、セイバー、おまえだけなんだからな。 我が侭だ、横暴だと、セイバーは怒るかもしれないけれど。 俺はおまえ以外の女性と結婚する気なんかこれっぽっちも無いんだからな。 とんでもない奴に関わってしまったと思っているかもしれないけどさ。 そう言う訳だから、観念して欲しい」 「し、シロウ……」 彼が朴訥であり、およそ女性に対して気の利いた台詞など吐ける男ではない事など、他でもない士郎にとっても唯一人のパートナーであるセイバーは百も承知である。 そして、自らの命すら勘定に入れず、常に他人の事ばかりを慮っている性格の持ち主である士郎が自らの欲望の為に、そんな物言いをする筈のない事も充分に判っていた。 (私に女として、そして母としての幸せを味わって欲しいと――そう言っているのですね?シロウ) こんなにも心温かな男性 セイバーは、未だ振り返る事も無く走り続けている彼の背に向かって、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を返した。 「ご心配なく! とっくの昔に観念していますとも! ええ、たとえ貴方が嫌だと言った所で離してあげるものですか!」 貴方を守ると誓ったこの身なのに、こうして助けられてばかりなのですね――と、自責の念を浮かべつつ、それでいて頼もしい彼の背を眩しそうに見つめるセイバーであった。 「それならば――セイバー。 衛宮カレンがどんな世界からやって来たのか判らないけれど、今この瞬間は、あの子の両親となり得るのは、俺とおまえしか居ない事も判ってくれるよな? きっとカレンはそう遠からず元の世界へ戻っていくと思う。 でも、その時までは、この世界の父親として、そして母親として、彼女に良い思い出を作ってあげような」 走りながら僅かに振り返り、士郎はセイバーへと視線を向けた。 その彼の目が穏やかに自身を見つめてくれている事を嬉しく思いながら――同じ様に自分自身もまた彼女――衛宮カレンの事を穏やかに、そして優しく見つめてあげなくては――と誓うセイバーであった。 「承知しました! ええ、他ならぬ士郎の娘なのですから――貴方は勿論の事、衛宮カレンもまた幸せにする事は私の責務でありましょう!」 母は強し――とばかりにそう答えたセイバー。 そう――彼女のその面持ちは既に“母”の顔をしていたのであった。
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